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レビュー

【書評連載「物語は。」】ポストコロナの時代に問われるべき 異色の「ハイブリッド戦争」文学——三崎亜記『みしらぬ国戦争』【評者:吉田大助】

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へ
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(本記事は「小説 野性時代 2025年4月号」に掲載された内容を転載したものです)

書評連載「物語は。」第134回

『みしらぬ国戦争』三崎亜記(KADOKAWA)



評者:吉田大助

ポストコロナの時代に問われるべき
異色の「ハイブリッド戦争」文学

 三崎亜記のデビュー作『となり町戦争』は衝撃だった。技術革新により映像が生中継されたことでスペクタクル化し、「テレビゲーム戦争」と呼ばれた湾岸戦争以降の、戦争のリアリティを感じられない時代の空気が見事に物語化されていたのだ。ただ、二十年経った今読み返してみると、同作の「見えない戦争」というモチーフは今なおフレッシュだが、戦争そのものの表象は旧来のイメージの延長線上にあったことに気づく。二十年後に発表され、『となり町戦争』を本歌取りした『みしらぬ国戦争』は、そのイメージが過激なほどアップデートされている。ハイブリッド戦争――侵攻・侵略と聞いて想起される軍事的な手段と、ネット世論の操作といった非軍事的な手段を組み合わせて行われる現代的な戦争――という言葉が一般化しつつある現代においては、ネット端末を有する誰もが戦争の従事者となり得る。そのリアリティが、物語に如実に反映されている。
 物語の前半は「ユイ」と「奥崎」の視点が交互に現れる。この国は、およそ二年前から通称UNCと呼ばれる敵国に侵略されていた。ユイは「徴集者」の任務に就き、浜辺に流れ着いた異物を確認する日々を送っている。事故で幼い頃の記憶を失っている彼女は、誰も読むことができない文字が刻まれたペンダントを大切にしていた。その文字こそが、自分の過去を知るための鍵なのではないか? 浜辺の漂着物や街なかで時おり見かけるその文字を撮影し、ヒントを求めて自らのホームページにアップしていく。戦時体制に移行し言論統制が敷かれたSNS上では、「ミシラヌ」というユートピア国家の存在がささやかれていて……。
 奥崎は、この国の為政者が極秘裏に設置した国家保安庁「特別対策班」のリーダーを務めている。実のところ、「戦争なんて、ホントにやってるの?」――この一言こそが、国民の本音だった。為政者たちはUNCに侵略されているとアナウンスするものの、その姿はしっぽすら見えない。見えない国家による「見えない戦争」が見えないままでは、国民の恐怖心を薄れさせ厭戦感情をも搔き立てる。そこで奥崎らは、侵略は確かに行われているのだと周知すべく「顕戦作戦」と称したテロ活動を行っていたのだ。一連の情報工作は、国民のための正しい行動だと思っていたが……。
 物語の三分の一を過ぎたところで、「見えない戦争」の真実が明かされてからが、この物語の真のスタートだ。この国の為政者は「見えない戦争」を終わらせるのではなく継続させるために、国民に対してどのような情報戦を仕掛けていったか。それを国民はどのように受け入れていったのかが、周到に丁寧に、何重もの驚きをまぶしながら徐々に明らかなものとなっていく。
 本作の想像力の根幹にあるのは、ハイブリッド戦争という言葉を有名にしたウクライナ戦争ではなく、コロナ禍だ。「ウイルスとの戦争」とも称されたコロナ禍が始まった頃、日本社会では自粛警察が跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、お上による個人の自由意志の剝奪を国民の側から求めた。従順な羊となることの怖さを、たった数年前の出来事にもかかわらず忘れてしまってはいないだろうか、と本作は問いかけているように思うのだ。批評性が物語に昇華していると感じられたのは、アートやカルチャー、フィクションは不要不急だけれども大切だ……という議論で終わらず、それらは時に国家や社会制度に対する不満から国民の目をそらさせる、ガス抜きとして機能してしまう危険性を描いている点だ。この観点を、フィクションで目にすることはこれまであまりなかった。最後に、本作に登場するセリフを一つだけ引用したい。「情報が溢れている時代だからこそ逆に、我々はコントロールされやすいのかもしれないって、そう思わないか?」。そう思う、と感じた人はぜひ、本書を手に取ってみてほしい。

【あわせて読みたい】
『となり町戦争』三崎亜記(集英社文庫)



書き出しの一文は、〈となり町との戦争がはじまる〉。ある日突然、隣接する町同士で始まった戦争は、「公共事業」として運営されていた。日常生活があまりにも日常すぎて、戦争をしているというリアリティを感じられない主人公が、残酷なリアルと直面するシーンの感情描写が白眉。


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