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【書評】“どんでん返しの帝王”中山七里はノンシリーズも面白い! 社会派あり人情ものあり、注目の5作品を紹介【評者:野本由起】

 デビュー作『さよならドビュッシー』をはじめとするピアニスト・岬洋介シリーズ、リーガルサスペンスの御子柴礼司シリーズなど、人気シリーズを数多く抱えるミステリー作家の中山七里さん。二転三転するラストで読者に衝撃を与え、“どんでん返しの帝王”の異名を持つ中山さんですが、その醍醐味を味わえるのはシリーズ作品だけではありません。この記事では、ノンシリーズ5作品の魅力に迫ります。

どんでん返しの帝王・中山七里
特選ノンシリーズ5作!

評者:野本由起

 中山七里さんといえば、鮮烈なラストで読者をあっと言わせる“どんでん返しの帝王”。驚異的なペースで執筆する速筆家としても知られ、デビュー15年にして著書は80冊超。「読むより速く書く」をモットーに、ハイクオリティな新刊作品を約2ヵ月に1冊刊行、そして文庫化作品をこれまた約2ヵ月に1冊に刊行、つまりほぼ毎月何かしらを発表しているのだから恐れ入る。
 だが、作品数が多い分、何から読めばいいのか迷ってしまう人もいるはず。そこで今回は、シリーズものよりもハードルが低く、なおかつ中山さんの作風の幅広さを感じられるノンシリーズ5作品をレーダーチャートとともに紹介しよう。

『棘の家』(角川文庫)



 中山作品には、生活保護制度や安楽死の是非など、社会問題を扱ったものが少なくない。このたび文庫化された『棘の家』で描くのは、いじめ問題。さらにはインターネットで増幅する悪意、家族の闇にも斬り込んでいく。

 穂刈慎一は、クラスでのいじめから目を逸らすような事なかれ主義の中学校教師。元小学校教師の妻・里美、中学2年生の息子・駿、小学6年生の娘・由佳と4人で暮らしているが、仕事に追われて子どもたちとはろくに話す時間もない。そんな中、由佳が校舎の3階から飛び降り自殺を図り、大けがをしてしまう。その原因は、あるグループからのいじめ。事情を知った妻は激昂するが、穂刈は教師という立場を気にして体裁を繕ってしまう。学校側に容赦なく詰め寄る妻、穂刈を責める息子。穂刈家に、にわかに不協和音が響き始める。

 いじめがあったと認定されれば、教員の人事権を握る教育委員会から低い評価を下される。だから、学校側はいじめを隠蔽しようと躍起になる。そんな事情を知るからこそ、クラスのいじめを見過ごしてきた穂刈だが、今度は自分が被害者の親に。しかも、加害児童とされる少女の名前がインターネットに書き込まれたため、事態は予想外の展開を迎えることになる。

 被害者と加害者が目まぐるしく入れ替わり、無責任なネット民は“正義”を盾に加害者を寄ってたかって攻撃。マスコミの報道も過熱し、大波にもまれるような日々の中、いつしか家族一人ひとりが抱える暗部も明らかにされていく。ラストには意外な真相が待ち受けるが、後に残るのは爽快感よりもずっしりした重さ。人間の弱さ、人生の苦みを味わわせてくれる作品だ。

『秋山善吉工務店』(光文社文庫)



 家族やいじめなど『棘の家』と共通のテーマを扱いつつも、まったく違う読後感を味わえるのが『秋山善吉工務店』だ。タイトルにある秋山善吉は、昔気質の頑固な職人。彼を軸に、昭和のホームドラマのような人情味あふれるミステリーが展開される。

 火災により夫の史親と家を失った秋山景子は、ふたりの息子を抱え、やむなく夫の実家の工務店に身を寄せることになる。だが、景子も長男の雅彦も、夫の父であるいかめしい善吉が苦手で、同居は気が進まない。慣れない環境に戸惑いながら、おそるおそる新生活をスタートさせるのだった。

 しかも、次男の太一は小学校でいじめに遭い、雅彦は闇バイトに巻き込まれ、パートを始めた景子はモンスターカスタマーに金を無心され……とトラブルが続発。そんな中、母子を叱咤し、まっとうな生き方を教えてくれるのが善吉だ。その気風の良さや、追い込まれた母子が打開策を模索し、形勢を逆転させるさまに胸がすく。

 1章では太一、2章では雅彦と、視点人物は章ごとに切り替わっていく。こうした出来事を貫く縦軸が、すべての発端となった火災をめぐる謎だ。そもそも火事はなぜ起きたのか。その背景には、家族内の問題があったのではないか。放火を疑う刑事の捜査が進むにつれて、思いがけない事実が明かされ、「え、まさか……」と思うような人物が捜査線上に浮上。人情ものでありながら、ミステリーとしてもしっかりした強度を保っている。

 文庫の解説によると、この作品は編集者からのオーダーにすべて応えたものだそう。「アットホームな家族もので」「スリリングで」「キャラでスピンオフが作れるような」など9つほどの要望をすべて満たしたうえで、これだけ完成度の高いミステリーに仕立て上げるのだから参ってしまう。さまざまな要素が盛り込まれているが、心温まるミステリーを好む人に特におすすめしたい。

『笑え、シャイロック』(角川文庫)



 登場人物の熱血度で言えば、『笑え、シャイロック』の主人公・結城も秋山善吉に引けを取らない。シャイロックとは、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』に登場するユダヤ人の金貸しのこと。この小説では、巨大銀行で不良債権回収にあたる渉外部の男たち、つまり現代のシャイロックたちの仕事ぶりが描かれる。

 入社3年目の結城は、花形の営業部から日陰の部署とされる渉外部への異動を命じられる。しかも、上司は「シャイロック山賀」の異名を持つ、伝説の不良債権回収屋・山賀。異動初日から山賀の回収業務に連れまわされる結城だったが、山賀の鮮やかな手腕、銀行マンとしての哲学や矜持に触れ、すぐさま彼に憧れを抱くようになる。だが、物語は意外な展開を迎える。山賀が何者かに殺されたのだ。

 熾烈な回収により、債務者から逆恨みされたのか。それとも別の事情があるのか。山賀の仕事を引き継いだ結城は、刑事の依頼を受け、債務者たちが犯人である可能性を探ることに。ぼんくら経営者、新興宗教団体、元国会議員、反社会的勢力など、ひと癖もふた癖もある債務者たちに、結城はひとり立ち向かっていく。

 山賀が乗り移ったかのように、時に奇策を講じながら、債務者たちから次々に金を取り立てていくさまはスカッと爽快。山賀殺しの犯人を突き止めるミステリーとしてだけでなく、金融業界のビジネス小説としても読みごたえがある。そのうえ、山賀の薫陶を受けた結城は、巨大銀行が抱える構造的な問題にもメスを入れていく。バブルが崩壊してもなお、銀行はこれまでその場しのぎの対応を行い、債権回収を先送りにしてきた。そもそも山賀は、両親がバブルに翻弄されて家業を畳んだという過去を持つ。「真っ当に返済できないのは、最初に真っ当な貸し方をしなかったせいだ」 と主張し、銀行の責任逃れ体質に一石を投じるため金融業界に飛び込んできた人物だ。その遺志を受け継いだ結城が、「こんな時、山賀ならどうするか」と考えながら困難を乗り越え、銀行マンとして成長していくさまに胸が熱くなるはずだ。

『こちら空港警察』(KADOKAWA)


 お仕事小説で言えば、『こちら空港警察』も押さえておきたい一冊だ。空港警察とは、その名のとおり空港内で警備や犯罪の取り締まりなどを行う警察のこと。違法薬物や銃刀類などの密輸入、不法入国などの犯罪者を検挙する役割を果たしている。

 航空会社のグランドスタッフとして成田空港で働く咲良は、日々カスタマーハラスメントに悩まされていた。空港警察が巡回しているものの、民事不介入の原則により客とのトラブルに口を挟むことはない。そのため、咲良たちは空港警察を役立たずとみなしていた。そんな中、新たな署長として着任したのが仁志村だ。社交的で温厚そうに見えるが、じつは「鬼村」の異名を取るほどの冷血漢らしい。柔和な笑顔とは裏腹に、さまざまな事件を無慈悲に解決する仁志村とは、一体どんな人物なのか。

 物語は5章から成り、前半は咲良のお仕事小説のような雰囲気が感じられる。だが、3章では中国公安部が絡んだ殺人事件が起き、続く4章ではテロリストによるハイジャック事件が発生。事件のスケールが大きくなるほど、犯人を追い詰める仁志村も冷徹さが増していく。犯人検挙のためなら手段を選ばない苛烈さは、痛快であると同時に空恐ろしさも感じさせる。そんな仁志村の人物像が、本書の大きな読みどころになっている。

 なお、本作には「逃亡刑事」シリーズ(PHP文芸文庫)に登場する高頭冴子も顔を覗かせている。こうしたクロスオーバーも中山作品の魅力のひとつであり、他の小説にも手を伸ばしたくなる一因だ。

『死にゆく者の祈り』(新潮文庫)


 最後に紹介する『死にゆく者の祈り』でも、一風変わった職業を扱っている。主人公の高輪顕真は教誨師。浄土真宗の僧侶であり、東京拘置所で死刑囚と最期の時まで向き合ったり、囚人たちに講話を聞かせたりといった活動をしている。

 ある時、囚人たちの前で話をしていた顕真は、その中に思いがけない顔を見つける。その男は、大学時代のサークル仲間であり、忘れがたい絆で結ばれた関根要一。聞けば彼は、5年前に何の面識もないカップルを公園で殺害し、死刑判決を受けたという。だが、かつての関根を知る顕真には、にわかに信じられない。教誨師として関根と月に一回面接する機会を得た顕真は、事件について独自に調査を進めていく。

 調べれば調べるほど、浮かび上がる不可解な謎。関根は本当に殺人を犯したのか。なぜ控訴もせずに死刑を受け入れたのか。当時の資料をあたり、事件関係者から話を訊くうちに、顕真は「関根は無実ではないか」という疑念を抱きはじめる。だが、その一方で関根の死刑執行の時は刻々と迫りくる。タイムリミットが迫る中、決死の覚悟で死刑を食い止めようとする過程では手に汗握るスリルを味わえる。

 しかも、謎はそれだけではない。顕真がなぜ出家したのかという彼自身の背景、関根と過ごした大学時代のエピソードも語られていく。中盤からは、事件発生当時に捜査を担当した刑事も加わり、バディもののような雰囲気も味わえる。ラストには意表を突いた展開も待ち受け、“どんでん返しの帝王”ならではの作品に仕上がっている。

 中山作品には『テミスの剣』『ネメシスの使者』(ともに文春文庫)という司法をテーマにしたシリーズもあるが、スリルとスピード感に関してはこの作品に軍配が上がるのではないだろうか。まさにページをめくる手が止まらない、一気読み必至のサスペンスだ。

 ミステリーを主軸にしつつ、社会問題を掘り下げた作品から人情もの、ビジネス小説など、多彩な作品で読者を魅了する中山七里さん。読めば読むほど、その変幻自在な作風、どんでん返しの衝撃に心をつかまれるはずだ。

作品情報



書 名:棘の家
著 者: 中山七里
定価: 902円 (本体820円+税)
発売日:2025年04月25日
判 型:文庫判

家族全員、容疑者。人間の裏の顔を描く家族ミステリ。

穂刈は、クラスで起こるいじめに目を逸らすような、事なかれ主義の中学教師だった。
しかし小6の娘がいじめで飛び降り自殺をはかり、被害者の親になってしまう。
加害児童への復讐を誓う妻。穂刈を責める息子。家庭は崩壊寸前だった。
そんな中、犯人と疑われていた少女の名前が何者かにインターネットに書き込まれてしまう。
追い込まれた穂刈は、教育者としての矜持と、父親としての責任のあいだで揺れ動く……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322410000623/
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