三つ星級のパニックホラー小説、ここに誕生!――荻原浩『我らが緑の大地』レビュー
評者:さわや書店 栗澤順一
あわただしい朝のリビングに、情報番組が流れている。どうやら「野菜」に関するニュースを取り上げているようだ。価格が高騰し続け、白菜は平年の2.7倍、同じくキャベツは2.5倍、葱は1.5倍の高値とのこと。主な産地での昨夏の高温に加え、冬期の低温・少雨の影響による不作だという。テレビでは「献立に悩みます」というマダムが、スーパーの野菜売り場でインタビューに答えている。その姿を画面越しに目にしながら、何か腑に落ちず、ふと考えてしまう。果たして原因を、異常気象だけで片付けてよいのだろうか?
本書は、植物や野菜、野生動物などのいわゆる「自然界」の反乱をテーマにした、パニック・サスペンスだ。
物語は、スタートアップ企業であるグリーンプラネットの研究員の村岡野乃が、研究農場の草取りに励む姿から始まる。傍らでは、社長で研究者でもある真室が、数名のスポンサー候補に場内を案内していた。一見、長閑な光景が広がっており、そのゆったりとしたリズムに、知らぬ間に読者は惹きこまれていく。これから修羅場が待ち受けているとも知らずに。
コマツナの発信するメッセージの解明やトマトの防衛能力の実証、薔薇の会話の解読……。野乃を始めとする農場のスタッフの紹介を兼ねながら、農場で行われている植物を使っての研究の内容が次々と明らかになるくだりは、違和感がまったくない。リアルに物語が進行するため、農場での実験結果も実在するものではないか、とついつい錯覚してしまうほどだ。スマホで「薔薇 会話」で検索してしまった読者も多いことだろう。もちろん、私もそのひとりだ。
といいつつも、著者は序盤から「種」を蒔くことを怠らない。あくまでも農場の日常のなかに、異常を起こした大豆やハシブトガラスの襲撃、さらに研究所がある夜黒森の山火事と、不穏な動きを散りばめていく。それも流れるように、だ。そして、アカシアに洗脳された由井彰一が真室を殺害した事件をきっかけに、溜めに溜めたそれらの「種」を爆発させ、物語の推進力に変えているのだ。
終盤、次々に邪魔してくる植物や動物を避けながら由井の襲撃から逃走を図る野乃とその息子の一樹。手に汗握るクライマックスシーンは、前半のゆったりとした流れとは真逆のスピード感が味わえる。この辺りの緩急自在の構成は、お見事のひとことだ。しかも、単身赴任中の夫・逸郎も巻き込み、いつの間にか家族小説の体を成しているではないか。そのお陰で、読後の余韻も穏やかなものにしてしまった。決して震えながらページを閉じるだけの物語ではないのだ。
それにしても、だ。広げれば、どこまでも広げることが出来る大きなテーマを、起承転結のあるひとつの物語にまとめる筆力は並大抵のものではない。しかも専門的な知識を織り込みながらも読者を選ばず、かといって安易に都合の良い設定を作り出さずに、である。まさしく著者の手腕が発揮されている一冊で、プロフィール欄において今後間違いなく代表作として加筆されることだろう。
ということで、あっという間に『我らが緑の大地』を読み終えてしまった。頭の中でストーリーの復習をしながらテレビの電源を入れてくつろぐ。すると今度はコメの価格高騰のニュースが流れていた。原因は不作ではなく、業者による買い占めの問題ではないか、とのこと。某大学の農業流通を専門としている教授の解説を聞きながら、ふと本書のラストが頭をよぎった。実は密かに水面下で危機は続いているのではないか。実は密かにコメの反乱は始まっているのではないか。実は密かにキャベツの反乱は起こっているのではないか。実は密かに……。
作品紹介
書 名:我らが緑の大地
著 者:荻原 浩
発売日:2025年02月27日
『手始めに、有害な生物を駆除する。害虫、病原菌、草食動物、そして人間』
植物の「魔の手」から
逃れられるか!?
人類の命運を託されたのは、
ワーママ研究者と、その息子
震撼のパニックサスペンス!
スタートアップ企業・グリーンプラネットに勤める村岡野乃は、植物の「会話(コミュニケーション)」について研究している。コマツナは虫にかじられると毒を合成したり、SOSを出して虫の天敵を呼び寄せたりするなど、植物もほかの生物と同様、驚くべき知性を持っていることがわかってきた。ある日、農場の視察に訪れた企業の社員が、改良された大豆を食べて救急搬送される事件が発生。さらには、原因不明の山火事や、飢えて狂暴化した猿による襲撃、森を走る「謎の野人」の目撃情報など、奇怪な出来事が相次いでいた。野乃は一連の事件を「植物による反乱」ととらえ立ち向かおうとするが……?
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