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特集

『となり町戦争』から20年ぶりに「見えない戦争」を描く――三崎亜記『みしらぬ国戦争』刊行記念エッセイ

3月17日、三崎亜記さんデビュー20周年記念作品『みしらぬ国戦争』が刊行となりました。

『となり町戦争』から20年ぶりに「見えない戦争」を描く、まさに原点回帰であり最高到達点と言える本作。三崎さんの刊行記念エッセイをご覧ください。

三崎亜記『みしらぬ国戦争』刊行記念エッセイ


撮影:干川修


見えない戦争2.0

 作家デビューから20年…つまりは『となり町戦争』が出版されてから、はやいもので、もう20年だ。
 『となり町戦争』を書くに到ったきっかけは、1991年の湾岸戦争だ。「戦争をしてはいけない」と平和教育で刷り込まれてきたはずの私たちは、「お金だけを出す戦争参加」という、まったく新しい形の戦争の姿を突きつけられて、戦争の大義をたやすく肯定してしまった。戦争というものが形を変えて入り込めば、私たちの日常はいともたやすく「戦時中」へと様変わりしてしまうのではないだろうか……。そんなうっすらとした恐怖感が私の中に残り続け、15年近くの時を経た2005年に、『となり町戦争』として世に問うこととなった。
 それから更に、20年の月日が経過した。この20年の間に、私たちは様々な「人生観を揺るがす事態」に遭遇した。東日本大震災をはじめとする、日常をあっけなく破壊する自然災害の数々。新型コロナウイルスによる世界的パンデミック。そして、この時代によもや起きるとは思ってもいなかった、大国による侵略戦争……。これらの出来事の中で、私が新たな戦争の物語を書くことになったきっかけは「戦争」ではなく、震災に端を発し、コロナ禍において日常化していった、「自粛」という意識だ。
 自粛とは、自ら進んで行いや態度を慎むことだ。だが実際には、「自粛を強く要請する」と政府からお達しされ、羽目を外して遊んでいると、「○○県には来ないでください」と車に張り紙がされるような、他者から強制されるものになった。芸能人やインフルエンサーの不祥事でも「活動自粛」は定番だが、その多くは、「自粛に追い込まれた」と表現される。自粛というものが、その大前提である「自主性」を失い、「他者から強いられるもの」となる中で、私たちはすっかり「自粛慣れ」してしまい、自ら進んで自粛の横並び意識を他人に向けるようになってしまった。その自粛意識は、いつしか私たちの行動や発言までをも縛るようになった気がしている。コロナ禍を乗り越えた今も、私たちは自らの心を縮めたまま、「自粛」ならぬ「自縮」の閉塞感の中で、それを窮屈だと感じることもなく生活しているのではないだろうか?
 もし、その国民の自粛意識をうまくコントロールできるなら、国家は強権を発動せずとも、国民を意のままに扱えるのではないか? たとえ「正しい」はずの社会の動きでも、芽を摘み、封じることができるのではないか……? そんな自粛慣れした社会へのうっすらとした恐怖から、『みしらぬ国戦争』の構想は始まった。
 『となり町戦争』は、「見えない戦争」の物語だった。湾岸戦争での「ピンポイント爆撃」という、死者の姿も見えない、痛みも感じない戦争の姿が、そのモチーフになっている。だがそれは、スマホもなければ、SNSもYouTubeもない時代の「見えない戦争」であり、情報共有や拡散の手段が限られていた中だからこそ成立し得た物語設定だっただろう。YouTubeでリアルタイムの映像が共有でき、SNSによって即座に情報拡散できる現代において、同じ形の「見えない戦争」は通用しない。
 だが、20年経った今、真実の「見えなさ」の質が変わってきている気がしないだろうか? スマホで簡単に情報が手に入る時代だが、インターネットは今や玉石混交の情報の坩堝と化し、フェイクニュースも横行している。検索しても何が本当なのかわからず、調べれば調べるほど真実は遠ざかってしまう。SNSはといえば、自分の主義主張にそった意見にばかり接することでエコーチェンバー化し、心地よい情報に安住することで、人々は自分に不都合な真実と向き合おうともしない。そして動画サイトもまた、AIやディープフェイクの発達で、あたかも真実であるかのような映像が簡単に乱造され、真実の「見えなさ」に拍車を掛けている。そんな時代の「見えない戦争」の物語では、「隠された見えなさ」ではなく、見ようと思っても真実がどれなのかはっきりしない「見えなさ」を描くべきだろう。
 童話の世界では、「王様は裸だ!」と一人が叫んだら、人々の呪縛は解けて、真実があからさまになる。だが、現実世界ではどうだろう? 勇気ある告発者が「王様は裸だ!」と叫んでも、人々は薄ら笑いを浮かべて、見えないふりをするだろう。それどころか、「陰謀論」と揶揄して真実に無理やり蓋をして、告発者の個人情報を晒して声どころか存在すらも封じてしまう……。『みしらぬ国戦争』は、ある意味現代版の「裸の王様」の物語なのかもしれない。ただし、裸なのは王様ではない。真実を見ようとしない私たち一人一人だ。隠された「見えなさ」から、何が真実なのかわからない「見えなさ」へと変貌した今の時代の、「見えない戦争2.0」の世界をお楽しみください。

プロフィール

三崎亜記(みさき・あき)
1970年、福岡県生まれ。熊本大学文学部卒。2004年、「となり町戦争」で第17回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、同作で第18回三島由紀夫賞、第133回直木賞にもノミネートされる。その他の著書に『バスジャック』『失われた町』『鼓笛隊の襲来』『廃墟建築士』『刻まれない明日』『ニセモノの妻』『メビウス・ファクトリー』『博多さっぱそうらん記』『名もなき本棚』「コロヨシ‼」シリーズなどがある。

作品紹介



書 名:みしらぬ国戦争
著 者:三崎亜記
発売日:2025年03月17日

私たちは見えない「敵」と戦っている――。

国名も位置も分からない未確認隣接国家〈UNC〉の侵略で、「交戦状態」となったこの国。2年間続く戦争に人々は飽き飽きし、数字だけで伝えられる戦況を他人事のように感じていた。海岸の漂着物を確認するという徴集業務に従事するユイも、そんな「日常」を送る1人。ユイの目的はただ1つ、両親の形見に刻まれた謎の文字を解明し、幼い頃失った記憶を取り戻すことだ。その文字の記された漂着物を拾い集める男性、文字と同じ言語の歌を歌う少女らと交流を深めながら、その秘密に迫ろうとするユイだったが――。
みしらぬ敵、みしらぬ文字、みしらぬ歌、みしらぬ戦争。全てが繋がるとき明らかになる、戦争の“真実”とは?

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322401000681/
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