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試し読み

幼い頃、双子の妹は私の目の前で「消失した」。ミステリ界&ホラー界が大注目する新人、飛躍の第2作! 新名智『あさとほ』試し読み#1

話題沸騰&続々重版!「読む人を消す物語」をめぐる長編ホラーミステリ

綾辻行人さん&有栖川有栖さんより「100%本格ミステリ」「長編ホラーの傑作」と激賞され、『虚魚そらざかな』でデビューした新名智さん。ミステリ界とホラー界の期待を背負う新名さんの第二作『あさとほ』は、7月1日(金)の刊行後、「王様のブランチ」(TBS系毎週土曜あさ9時30分より生放送)での特集をきっかけに大ブレイク。重版が止まらぬ話題作になっています。
本作は、 “読んだ人を消す”という謎めいた古典文学「あさとほ」を幼馴染みの夏日と明人が追う長編小説。
現実が歪んでゆくような静かな恐怖と、過去の傷で繋がる幼馴染みふたりのドラマが鮮烈な、青春ホラーミステリの完成形ともいうべき面白さを、大ボリュームの試し読みでお確かめください。



新名智特設サイトはこちら
https://kadobun.jp/special/niina-satoshi/

『あさとほ』試し読み#1

 物語の一行目は重要だ。そこでは往々にして作品のテーマがすでに書かれている。結末まで読んでから一行目に戻ってくると、そこで初めて隠された意味に気づく、ということもある。
 もし人生がひとつの物語だとしたら、最初の出来事というものには深い意味がなければならないことになる。ところがなかなかそういうことにはならない。理由は簡単で、人生は物語などではないからだ。状況が何十年も変わらないことはざらにあり、蛇足めいた描写や、意味をなさない表現が山ほど出てくる。
 わたしにとってもっとも古い記憶も、やはりそういうものだった。わたしと、わたしの双子の妹のあおが、並んでテレビを見ている。番組が具体的になんだったのかはわからない。アニメだったような気もするけど、もしかしたら人形劇だったかもしれない。とにかく、それは何かストーリーがあるものだったことだけはっきりと覚えている。両親はそばにおらず、わたしたちふたりだけで、熱心に画面を眺めていた。
 物語はクライマックスを乗り越え、終わりに向かっていく。主人公が最後に何かをしようとしたとき、母が部屋にばたばたと入ってきた。まだ見てたの、もう行くよと声をかけて、リモコンを手に取り、テレビを消した。
 その途端、青葉がわっと泣き出した。母が慌ててテレビをつけ直すが、もう番組は終わっている。母は謝ったけれど、青葉は泣きやまなかった。おしまいの肝心なところを見逃したせいで、すべてが台無しになった。青葉はそういう意味のことを言って泣いていた。
 どういうわけか、わたしは泣かなかった。当時のわたしは青葉よりませていたのかもしれない。青葉は母に無理やり抱えられ、車に乗せられた。それから車は、たぶん、病院だか保育園だかに向かって走り出した。
 まだべそをかいている青葉に、わたしはそっと話しかけた。あの話の最後はね、こうなんだよ。青葉が聞きそびれた主人公の最後の台詞せりふをわたしが口にすると、彼女は目を丸くした。涙はもう止まっている。どうしてわかったの、と言われたわたしは得意げに答える。
 だって、そういうお話なんだもの。
 実際、あの話の最後が、わたしの考えた通りになっていたのかはわからない。でも青葉はそれを信じて納得した。よくできたお話とはそういうものだと思う。自分が望む終わり方はあらかじめ決まっていて、ただその通りになるのを待っているのだ。
 そうであるならば、これからわたしがする話にも、わたし自身が望む終わり方というものが、最初から用意されているのかもしれない。わたしが自覚できていないだけで、わたしはもう、この話の一番美しい結末を知っている、そういうこともあるだろう。
 わたしと青葉は、長野県の小さな町で育った。そこは山に囲まれたいくつかの集落を足し合わせたような町で、もっともひらけたところには、りゆう川という大きな川が流れている。わたしたちの家があったのは、中心部を外れた集落のひとつだった。
 近所に住んでいるのはお年寄りばかりだったけれど、小学二年生のとき、男の子が引っ越してきた。きりあきという名前のその子は、わたしたちよりひとつ年下で、同じ小学校に通い始めた。
 わたしたちはふたりとも、彼のことを気に入っていた。素直でおとなしい性格だったし、きやしやな手足はまるで女の子みたいにきれいだったからだ。とくに青葉のほうが、明人のことをしきりに意識していた。運命の出会いだ、と彼女は言った。わたしは笑ってしまった。夢見がちな青葉に対して、わたしは小さい頃から妙に冷めていた。明人のことを王子様みたいに持ち上げる青葉のことがおかしくてたまらなかった。明人の両親は平凡な会社員だし、家は平屋の県営住宅で、とても王子様が住むところじゃない。
 それに、近所に住んでいるとはいえ、付き合いはまったくなかった。青葉は人見知りする性格だし、明人も活動的なほうじゃなかったから、ほとんど会話を交わすこともない。彼はわたしたちのことを、たまに通学路ですれ違う知らない上級生くらいにしか思っていなかったと思う。
 青葉はそのことを残念に思っていたようだが、だからといって何か行動を起こす様子もなかった。そうしているうちに一年経ち、二年経った。興味を失ったのかと思うと、そういうわけでもないらしい。あるとき、理由を教えてくれた。
「もし、わたしたちが運命で結ばれているなら、きっと何かが起きるから」
「何かって、何?」
「何かは何かだよ。なつだってよく言うじゃない。お話には必ず、そういう何かがあるんだって」
 パターンを見つけて、結末を当てたがるというわたしの悪癖を、その頃には青葉もよく承知していた。
「まずは、ふたりが特別になれるような事件が起きるんでしょ」
 それはそうだ。お話の最初のほうでヒロインはたいてい、曲がり角でかっこいい転校生とぶつかったり、借りた本の貸し出しカードで名前を見つけたり、なんやかんやあって彼とひとつ屋根の下で暮らすことになったりする。
「でもそれは、お話の中だけのことだよ。本当じゃないもの」
「一緒でしょう?」
「あのねえ」わたしはわざと教え諭すような口ぶりで言った。「お話は、作者の人が考えて、どうするか決めてるの。嫌なことがあったら、そのあとにはいいことが起きるように、って。でも現実の世界にはそんな人いないから、何が起きるかなんてわからないんだよ」
 小学四年生にしては気の利いた理屈だった。それでも、青葉は理解していないのか、する気がないのか、うっすら笑ってわたしの顔を見つめていた。
「何?」
「だったらね、お話にしちゃえばいいんだよ。自分が作者になって、何が起きるか決めちゃえばいいの」
「そんなこと無理だよ」
「わたしはもう決めちゃったよ。わたしと明人くんとの間には、もうすぐ素敵なことが起きて……それで、特別なふたりになるんだ、って」
 彼女の言っていることはめちゃくちゃだったけど、そのあとで起きたことのめちゃくちゃさと比べたら、これはまだなんでもなかった。あるいは、彼女の言うことは本当だったのかもしれない。人間にはこういうふうに、自分の人生をよくできた物語のようにしてしまう力が、本当にあるのかもしれない。
 こんな話をしてすぐ、青葉は明人の自転車にはねられた。
 わたしたちの暮らす集落には沢が流れていて、そこはゲンジボタルのぐんせい地として有名だった。六月のある夕方、わたしと青葉とでホタルを見に行こうということになり、浴衣ゆかたを着て、沢へ向かった。あたりは薄暗くなっていて、ぎょわぎょわというカエルの鳴き声がホワイトノイズみたいにあたりを満たしていた。
 ふたりで沢へ続く坂道を下りていくとき、何か風を切るような音がした。と、ちょうど青葉がふらふらと車道側へ出て行った。あとから聞いた話では、道の向こうの生け垣にあじさいが咲いていて、それをわたしに見せたかったのだそうだ。
 次の瞬間、黒い大きな塊が青葉にぶつかってきて、彼女の体をはね飛ばした。明人も、友達とホタルを見る約束をし、自転車に乗って家を出た。まだ多少は明るかったから、ライトをつける必要はないと思ったらしい。
 青葉は道路脇のガードレールに顔から突っ込み、そこで倒れた。近寄ると、彼女の顔は血まみれになっていて、おびただしい血液がアスファルトの上を流れていった。わたしはそこで気を失った。あとのことは覚えていない。
 次に覚えているのは、青葉の入院していた病室に、明人がやってきたときのことだった。青葉の顔には包帯がぐるぐると巻かれていた。真っ青な顔をして、両親と一緒に頭を下げる明人。恨みがましいような、さげすむような、複雑な表情で彼らを見つめるわたしの母。その中でもじっと明人に視線を注ぐ青葉。
「本当になんとおびすればよいか……」
「うちの娘は」母が言った。「一生、顔に傷が残ると言われたんですよ。だいたい、無灯火の自転車なんて非常識な」
「申し訳ありません!」
 大人同士がぎすぎすと感情をぶつけ合う様子を見たのは、それが初めてだったので、まるでドラマみたいだな、と思った。自分の親というものは、そういった生活感のない会話とは無縁の生き物だと思っていたので、わたしは面食らった。
 ところが、当の青葉は落ち着き払って、それどころか微笑まで浮かべて、そのやりとりを楽しそうに眺めていた。そんな彼女の態度が、最初は奇妙に感じられたけれど、次第にその意味がわかってきた。
 そうだ、青葉はこういうことを待ち望んでいたんじゃないか。
「明人」
 顔の包帯をそっと手のひらで押さえながら、青葉が口を開いた。傷がずきずきして、しゃべるのもおつくうだと言っていた彼女が、わざわざ。
「わたし、明人のこと、怒ってないよ。許してあげる。その代わり」
 ずっと仲良くしてね、と、青葉は笑って言った。それで、彼女と明人との関係は決まってしまった。
 数週間後、青葉は退院した。包帯の取れた彼女の顔には、引きつれたように大きな傷が走っていた。目を背けたくなるほどではないが、前に立てば注目せざるを得ない程度の傷あと。それが皮膚を引っ張るせいで、彼女の唇は少しだけ右上を向いていた。
 だけど、その傷のことを青葉はまるで気にしなかった。これは運命だから、と彼女は言った。
「ほら、言ったでしょう?」
 美しい物語の中盤には、たいてい、障害と困難が待っている。それがこれなのだと青葉は言った。
「明人と結ばれるように、この傷痕をもらったの」
 わたしは何も言えなかった。いや、言いたいことはいくらでもあった。あの事故は単なる偶然で、運命なんかじゃない。たしかに、あれ以来、明人とわたしたちは一緒に登下校するようになった。でも、それは世間体と罪悪感がそうさせるからで、被害者と加害者になった青葉と明人はもう、純粋な関係には戻れない。だから、これは恋の運命なんかじゃない。
 そう言ってやることは簡単だったけど、そうしなかった。だって、だとしたらこの子はどうなる?
 顔に傷を負って、恋人になれたかもしれないおさなじみとの関係は粉々になって、この世界にひとり放り出される?
 それはあまりに残酷だ。わたしは彼女を抱きしめて、それからは、彼女の物語にわたしも付き合うと決めた。彼女が明人の誕生日プレゼントを買うといえばついていき、ふたりで頭を悩ませて選んだ。青葉が見つけたのは、何やら十字架を組み合わせたデザインのペンダントで、今から考えるとかなり子供じみた代物だったけれど、当時はものすごくおしゃれに思えたから、それを買った。明人の家に押しかけ、困惑する彼の両親の視線を感じながらお誕生日会を開き、プレゼントを渡した。次の日から、彼が毎日のようにそのペンダントを身に着けているのを見て、一緒に喜んだ。


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