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レビュー

ギリギリのラインを攻める、松岡圭祐のバランス感覚――『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:細谷正充】

「探偵を追う探偵」の物語、衝撃のスピンオフ!
『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』松岡圭祐



『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』松岡圭祐 文庫巻末解説

解説
ほそ まさみつ(文芸評論家)

 帰ってきた。一度は完結したと思われていた、松岡圭祐の「探偵の探偵」シリーズが帰ってきた。それが本書『探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵』である。ただし主人公は、さきではない。いままでのシリーズでは脇役として登場していた、玲奈の先輩社員のきりしまそうだ。
 物語の中身に触れる前に、まずシリーズの概要を記しておこう。二〇一四年十一月に講談社文庫から書き下ろしで刊行された『探偵の探偵』によって、シリーズの幕は上がる。主人公の紗崎玲奈は、中堅の興信所「スマ・リサーチ」の対探偵課に所属する探偵だ。かつてストーカーに妹を殺された玲奈は、犯人に雇われて妹の情報を渡した探偵を捜している。そして悪徳探偵を追う探偵として、さまざまな事件の渦中に飛び込むのだった。
 という玲奈の活躍は全四巻で決着する。だが二〇一六年に、玲奈と「万能鑑定士Q」シリーズのりんを共演させた『探偵の鑑定』全二巻を刊行。「水鏡推理」シリーズのかがみみずと「特等添乗員αの難事件」シリーズのあさくらあやも登場し、ファンを喜ばせた。なお、この作品で「探偵の探偵」シリーズは完結。「万能鑑定士Q」シリーズは、その後に出版された『万能鑑定士Qの最終巻 ムンクの〈叫び〉』で完結した。さらにいうと「探偵の探偵」シリーズの一部の件は、平成最大のテロ事件を起こし死刑になった男の次女で、幼い頃からさまざまな知識と技術を身に着けた高校生・ゆうを主人公にした「高校事変」シリーズに引き継がれている。
 そう、「探偵の探偵」シリーズは、「高校事変」シリーズとも、ガッチリつながっているのだ。本書の中の幾つかの会話を見ると、物語の時間軸は「高校事変」シリーズの後のようである。別に知らなくても読むのに問題ないが、こうした作品世界の繫がり(「高校事変」シリーズには紗崎玲奈の他に、「千里眼」シリーズのみさきも登場している)を知っていると、より楽しみが深まるだろう。
 松岡ワールドは、クロスオーバーが激しいので、前置きが長くなってしまった。そろそろ本書に目を向けたい。繰り返しになるが、主人公はスマ・リサーチ社対探偵課所属の桐嶋颯太だ(玲奈はこうに出張中)。三十三歳のイケメン。社長のやすおみとは、過去からの経緯により固いきずながある。頭が切れて、荒事も辞さない。すこぶる頼りになる男なのだ。
 そんな桐嶋が、ろつぽんのガールズバーでアルバイトをしていた女子大生のしのと、公園のベンチで会った。璃香はガールズバーの太客である、スギナミベアリング株式会社の社長・うるしむねはるから、ストーカー被害を受けているというのだ。聞けば聞くほど漆久保の行為は悪質である。だがなぜか桐嶋は璃香に、批判的な態度を取る。これに怒った璃香は、仕事を依頼することなく、桐嶋のもとを去るのだった。
 おいおい桐嶋、どうしたんだよと思ったら、これは彼の計略だった。話を聞く場所を日比谷公園のベンチにしたのも計略。場所を限定することで、漆久保に雇われて璃香を見張っている悪徳探偵の行動を限定し、たちまちその正体を突き止めるのだ。
 しかし桐嶋の計略に、驚く読者はいないだろう。なぜなら璃香との会話の中で、いかにしてSNSに投稿した写真から、彼女の住所が暴かれたのか、鮮やかな推理を披露しているからだ。悪徳探偵の推理をトレースし、同じように住所を特定する桐嶋の能力がすごい! だから悪徳探偵の正体を暴くことも、彼ならば簡単なことだろうと、すでに納得しているのである。
 その悪徳探偵・くぼはちとうせいをぶちのめし、さらに漆久保を痛快にやっつける。読んでいて実に気持ちがいい。ところがそこから一転、大きな悲劇が訪れる(以後の文章で、内容に踏み込んでいるので、何も知らずにストーリーを楽しみたい読者は注意していただきたい)。なんと璃香が殺されてしまったのだ。悪徳探偵も殺されたらしい。璃香の死を悔いる桐嶋は、犯人であろう漆久保を捕まえるために闘志を燃やす。
 ここまで読んできて分かったが本書は、巨悪と対決するタフガイ探偵の物語になっている。漆久保の会社は、ボールベアリングの分野では世界シェア一位。日本の警察の所持するけんじゆうの製造も、一手に引き受けている。ばくだいな資産とさまざまなコネを持ち、クロことくろかわを始めとする危険な男たちを手駒として、やりたい放題をしているのだ。だが桐嶋は、相手の身分にも立場にもひるまない。まず、漆久保が妻や仲間たちとクレー射撃をしているところに平然と入り込んでいく。
 ここで桐嶋が気づく、クレー射撃のトリックが面白い。だが、もっとも注目すべきは、そのことを含めて桐嶋が導き出す、漆久保のキャラクターだろう。私は、この場面を読んで、ヴァン・ダインの『カナリヤ殺人事件』を想起した。名探偵ファイロ・ヴァンスが登場する、アメリカの古典ミステリーの一篇である。この作品の中でファイロ・ヴァンスは、容疑者たちとポーカーをプレイし、その心理分析から犯人に迫るのだ。もちろん心理分析を使ったミステリーは、現代でも幾らでもある。それでも『カナリヤ殺人事件』を真っ先に想起したのは、いかにもな名探偵ぶりを桐嶋が見せてくれるからだ。スマホ、SNS、ドローンなど、ミステリーの道具立ては、きわめて現代的。にもかかわらず、古き良きミステリーの匂いが、松岡作品にはある。ここが大きな魅力のひとつといえるだろう。
 さて、漆久保とはっきり敵対関係になっても、桐嶋の行動は止まらない。だが、ある人物と共に、絶体絶命の窮地に陥る。ここからの描写が容赦なく、読んでいるこちらまで絶望的な気持ちになってしまった。それと同時に、漆久保の破天荒な計画が明らかになっていく。いくらなんでも無茶じゃないかと思った。ところがだ。読み進めるうちに、もしかしたらあり得るかもしれないと考え直してしまった。
 松岡作品は現代の最前線の事件や出来事を物語に入れることで有名である。本書でも、しんぞう元総理が銃撃されて死亡した事件を始め、さまざまな事件に言及されている。それが積み重なるうちに、私たちが生きる時代の危うさが見えてくるのだ。現実をベースにしながら、リアリティのギリギリのラインを攻める。物語を成立させる、作者のバランス感覚がすさまじい。
 そして桐嶋たちが絶体絶命のまま、ストーリーはクライマックスに突入。どうやって助かるかとヤキモキしていたら、その手があったか! 気がついて当然なのに、桐嶋たちの運命にばかり注目して、まったく忘れていた。これ以上書くのは控えるが、シリーズのファンなら大喜びの展開である。
 しかも、桐嶋たちのアクションが、とんでもない。最悪の窮地を脱しても、危機連発。漆久保に雇われた、対探偵課の手の内を熟知しているたけ探偵社のふじつるこう。何度かぶつかり合っているクロたち。そして漆久保とその妻。あの手この手のアクションで、ラストまで押し切る作者の筆致はパワフルだ。なかでも桐嶋と藤敦の対決方法は、何かの漫画(もちづきだったろうか)で読んだ記憶があるが、それをこの舞台ならではの形で成立させているのが素晴らしい。悪党どもを許さない、探偵の探偵のアクションに夢中になってしまうのだ。
 璃香の無念を晴らすために手段を選ばず、随所で法の一線を越えている桐嶋だが、それでも人間らしい心は失わない。本書の中で彼が、

 一匹狼のほうが気楽だ。だが狼一匹だけではなにもできない。

 と思うシーンがある。そのように考えられるから桐嶋は、法の一線は越えても、人としての一線は越えないのだろう。先に作者のバランス感覚が凄まじいといったが、キャラクターについても同様である。こちらも読者が受け入れられる、ギリギリのラインを攻めているのだ。松岡作品が常にスリリングなのは、事件だけではなく、人物の描き方でも、チャレンジしているからだ。だから、意欲的な姿勢から次々に生み出される作品を、手にせずにはいられないのである。

作品紹介・あらすじ



探偵の探偵 桐嶋颯太の鍵
著者 松岡 圭祐
定価: 770円(本体700円+税)
発売日:2022年11月22日

「探偵を追う探偵」の物語、衝撃のスピンオフ!
女子大生の璃香はアルバイト先であるガールズバーの太客から執拗なつきまとい行為を受けていた。相手の弱みを握るため探偵を雇うが、向こうも探偵を雇っており予期せぬ反撃に遭う。一縷の望みを託し、救いを求めたのは中堅調査会社「スマ・リサーチ」の対探偵課に所属する桐嶋颯太だった。桐嶋の活躍で事態は収まった――かと思われたが、一転して大きな悲劇が訪れる……。人気シリーズの帰還にして新たな物語、開幕!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208000300/
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