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新たなる武闘派ヒロインの誕生――『JK』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:村上貴史】

「高校事変」を超える、青春バイオレンス文学の誕生!
『JK』松岡圭祐 

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

JK』松岡圭祐 



『JK』松岡圭祐 文庫巻末解説

新たなる武闘派ヒロインの誕生

解説
村上 貴史(書評家)

■JK

 この上なく鋭利だ。
 余分なものをぎ落とし、研ぎ澄まされている。
 この『JK』は、そんなエンターテインメントなのだ。
 悪があり、悪を倒す者がいる。
 直線的で、疾走感がある。
 さらにサプライズもあり、重みと苦味もある。
 いいじゃないか、とても。

■高校生たち──紗奈、笹舘、瑛里華

 神奈川県川崎市の懸野高校。
 そこには、人々に慕われる一年生の女子がいた。
 有坂紗奈。
 ダンスサークルの中心的存在であり、吹奏楽部ではフルートで聴く者を魅了する。アルバイト先の介護施設でも、掛け持ちしているコンビニエンスストアでも人気者だ。彼女はさらに、校内で不良に絡まれている同学年の生徒にも救いの手を伸ばす強さを備えている。その一方で紗奈は、実は、うつびようの母を抱えていた。バイトの掛け持ちも家計を助けるためなのだが、彼女は苦労を一切見せず、高校生活を送っていた。
 そんな紗奈と両親を、同じ学校の同級生や上級生たちが襲った。高校生とはいえ、川崎のヤクザの配下にある凶悪な連中が、暴虐の限りを尽くしたのだ。笹舘麴をリーダーとする彼等は紗奈の父親を笑いながら殺し、さらに母親を殺すと脅して紗奈を繰り返し陵辱した。男子高校生たちはその後、母親も殺したうえで、ヤクザに後始末を依頼する。両親の死体と、ひんながらもまだ息のあった紗奈を、事件が発覚しないように処分して欲しいと頼んだのだ。依頼を受けたヤクザは、死体の処分屋を使って、三人まとめて逗子の山中で焼いてしまうことにする……。
 とことん強烈な導入部である。著者は一切の容赦なしに高校一年生の紗奈を痛めつける。それだけでも十分にインパクトが強いのだが、残虐な行為を重ねるのが、紗奈と同世代の男子高校生たちであることも、絶望感をつのらせる。正直いってこのシーンを読むと、心は負の感情にとらわれてしまう。だが同時に思うのだ、この物語は、ここからどう進むのだろうか、と。
 笹舘たちのグループは犯行への関与を疑われるものの、警察や学校によってその行動が制約されることはなく、悪行を続ける。そんな彼等の前に、一人の少女が姿を現した。高校一年生の江崎瑛里華だ。圧倒的な戦闘力を備えた彼女の登場によって、笹舘たちのグループは大きな影響を受けることになる。どんな影響かは本書でたっぷりと味わっていただくとして、彼女が、その力によって本書をグイグイとけんいんしていくことを、まずここに明記しておこう。
 もうひとつ明記しておきたいのは、彼女がその力を身につけるに至った経緯が本書できちんと描かれている点だ。それは不良の笹舘たちについても同様で、彼等の過去も掘り下げられている。つまり、瑛里華も不良たちも、〝類いまれな戦闘力を持つヒロイン〟もしくは〝悪も悪、絶対悪としての不良〟として、ストーリーの都合上の要請によって完成形で登場するのではなく、物語のなかでそうした人物に育っているのだ(例えば、笹舘たちについていえば、まつおかけいすけは、彼等の親の姿を読者に示し、彼等を悪の道に引きずり込む川崎という土地のわなを描き、彼等が悪人として育ってしまった経緯を伝えている)。そうやって過去を含めて描いた人物たちが物語を動かしているが故に、そこには説得力と深みが生まれる。一歩間違えば、自分も〝そちら側〟の道を歩んでいたかもしれないという恐怖心さえ生々しく感じさせるのだ。なんと巧みな書き手であることか。
 冒頭の事件で強烈に読者をひきつけ、その後、瑛里華が繰り広げる戦闘シーンを連ねて爆走する本書だが、終盤にはしっかりとサプライズも用意されている。それによって、様々な疑問が納得に至るのだ。ありがたい読書体験である。しかも、その一連の種明かしが、これまた熱い疾走感のなかで語られるのだ。そこで示される真実は、必ずしも幸せな要素ばかりではないが、それでも前向きなエネルギーは確かに伝わってくる。それが救いだ。
 トップギアのまま、減速することなく種明かしを経て味わい深いラストシーン(詳述は避ける)に到達する『JK』。最初のページを開いたが最後、読書中も、そして読後も、高い満足感を得られる極上のバイオレント・エンターテインメントだ。

■ヒロインたち──美由紀、玲奈、結衣、瑛里華

 松岡圭祐はこれまでに多くのヒロインを世に送り出してきた。
千里眼』(一九九九年)に始まる《千里眼》シリーズのみさきは、元航空自衛隊で戦闘機のパイロットという経歴の持ち主で、臨床心理士として相手の表情から考えていることを見抜く才能も持つ(〝千里眼〟と呼ばれる所以ゆえんだ)。『探偵の探偵』(二〇一四年)に始まる同名のシリーズでは、物憂げなぼうさきがヒロインだ。彼女は探偵学校でたたき込まれた能力を活かして危機を乗り越え、事件を解決に導いていく。
 そんな闘うヒロインたちのなかで、『JK』の読者に特に注目していただきたいのが、ゆうだ。《高校事変》シリーズのヒロインである彼女は、川崎市武蔵むさしすぎ高校の二年生として『高校事変』(一九年)に登場した。本書の紗奈や瑛里華と一学年違いであり、高校も同じ川崎の学校という結衣は、幼いころから過酷な時間を過ごしてきた。父親の優莉きようは七つの半グレ集団を率いてきた男で、ぎんのデパートでサリンを散布して十八人を殺し、七千人以上の被害者を出すという事件などを起こし、死刑でこの世を去った。匡太は複数の女性と奔放に交際を重ね、何人もの子をなしており、結衣もその一人だ。彼女は他の子供たちと共に、父親や半グレたちのもとで凶悪犯罪を遂行するためのノウハウを叩き込まれて育った。なので、高二女子とはいえ、その戦闘能力は異様に高い。けんじゆうでさえ自在に操るのである。彼女はその能力を活かして闘う。例えば、首相を人質に高校に立てこもった武装集団などを相手に。
 実のところ松岡圭祐は、こうした〝武闘派ヒロイン〟以外のヒロインやヒーローたちも生み出している。例えば、人が死なないミステリとして知られる《万能鑑定士Q》シリーズや《特等添乗員α》シリーズなどにおいて、その作品世界に相応ふさわしいヒロインを誕生させているし、あるいは《グアムの探偵》シリーズのように三世代の男性ヒーローたちも描いている。そんなヒロイン/ヒーローたちのなかで瑛里華は、やはり武闘派に分類すべき存在だ。
 武闘派としての瑛里華の特長は、己の肉体が武器である点にある。基本は徒手空拳。しかしながら、その爪も指も腕も足も、強力無比な武器として機能するのだ。きやしやな女子高生という外見から繰り出される手刀やり、あるいはのどに食い込む爪や指などが相手を次々と倒していく様は痛快無比。そしてその肉体というフィジカルな武器に、機転が加わるのである。そう、松岡圭祐の武闘派ヒロインたちが受け継いできた才能だ。瑛里華を含め、彼女たちは現場にあるものを巧みに活かして、攻撃力を倍加させる。特に瑛里華の場合、この鍛え上げられた肉体と機転の組み合わせが実に魅力的だ。陰惨な事件の一部としての肉弾戦なのだが、その闘いそのものは機能美と洗練を備えていて、読者を魅了してしまう。それこそ、そうかいかんさえ感じさせるほどに。松岡圭祐の武闘派ヒロインに親しんできた方、今回もまたその期待は満足されるのでご安心を。

■JKふたたび?

 さて、この『JK』は、同じく女子高生を主人公とし、川崎の高校を舞台に激しい闘いを描いた『高校事変』に始まるシリーズが完結したタイミングで、世に送り出された。シリーズ化されるのかどうかは、本稿執筆時点では不明。読了された方はお判りだろうが、本書は、本書なりにきっちりと終止符が打たれているのである。だが、それは結果的にシリーズ第一巻となった『高校事変』もそうだった(あの『高校事変』の結末から、シリーズがああも発展するとは。特に『高校事変Ⅲ』の展開たるや!)。なので、独立作品としてきれいに完結しているからといって、続篇が存在しないことの根拠とはならない。松岡圭祐とは、そういう作家なのである。
 そんなことを考える理由の一つに、ラストシーンのあと、最終ページで示されたデータがある。警察庁や内閣府が発表したデータで、なんとも冷酷で、なんともやるせない値が示されている。だが、この数字が示す問題を解決するには、この数字を直視するところから始めねばならないというデータだ。そして本書の読者は、すでにその数値を直視しているのである。本書を読み終えたということはすなわち、その数値を、単なる数値としてではなく、体験に等しいものとして胸に深く刻み込んだということだ。巻末のデータによれば、その悪しき状況は改善に向かうのではなく、さらに悪化しつつある。そうした状況であるが故に、著者が『JK』の続篇において、問題提起を続けるのではないかと思ってしまうのだ。エンターテインメントとしてページをめくらせつつ、問題の重さを読者に体感させるかたちで。
 なお、本書において、JKの二文字は女子高生を意味しているわけではない。なにを意味しているかは本書の序盤で語られている。仮に『JK』の続篇が書かれていくとすると、おそらく、その〝JKの法則〟がさらに意味を持つことになるのだろう。そんな予測もするのだが、さて。

作品紹介・あらすじ
『JK』松岡圭祐 



JK
著者 松岡 圭祐
定価: 770円(本体700円+税)
発売日:2022年05月24日

「高校事変」を超える、青春バイオレンス文学の誕生!
逗子の山中で発見された一家3人の焼死体。川崎にある懸野高校の1年生・有坂紗奈が両親と共に惨殺された。犯人は紗奈と同じ学校の同級生や上級生からなる不良グループであることが公然の事実とされたが、警察は決定的な証拠をあげることができず、彼らの悪行が止まることはなかった。しかし、1人の少女、高校1年生の江崎瑛里華が現れて事態は急展開をとげる。人気シリーズ「高校事変」を超える、青春バイオレンス文学!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000827/
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