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レビュー

横溝正史の厭くなき推理小説への情熱がほとばしった作品群――『幽霊座』横溝正史 文庫巻末解説【解説:大坪直行】

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『幽霊座』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

幽霊座』横溝正史



『幽霊座』横溝正史

解説
大坪 直行

「私の尊敬する推理作家はE・S・ガードナーと横溝正史」
 これは、ある推理評論家の言った言葉だが、一見唐突なこの発言は、実は大変当を得た興味深いものなのである。
 何故なら、ガードナーと横溝正史ほど、ストーリィテラーであり、エンターテイナーは他にそういないからである。その上、その構成力の秀逸さは他の作家をぐんと圧しているといえよう。
 推理小説は娯楽文学である以上、先ず面白くなくてはいけない。もちろん、謎解きの醍醐味を味わわせてくれるものでなくてはいけない。それだけに、ストーリィの面白さ、構成力の秀逸さは他の文学より要求されるのである。
 もう十年近くなるが、来日したガードナーが「何故、ペリー・メイスン物が読まれるのか、その秘密を聞かせて欲しい」という質問に次のように答えていた。

「どんなに私のファンであっても、一冊の本が面白くなければ、私に失望してもう読んでくれないものだ。読者というものは、常に一〇〇パーセント要求する。作家はそれに応えなくてはならない。自分の書いた作品を途中でやめられるほど悲しいことはない。
 だから、私は二つのことに注意することにしている。一つは、導入部の面白さと結末の意外性はもちろんのこと、途中、ああ、このへんで読者は厭きるなと思うところに必ず興味深い話題なり、読者の好みそうな材料を入れることにしていることだ。そのためには、毎日毎日、その材料になるものを新聞や雑誌、その他あらゆるところから取り入れスクラップしておくことにしている。
 そして、あと一つは、自分の作品をもう一度検討、反省して、同じトリックであっても、その前の作品が上手く行かなかったら、もう一度そのトリックに挑戦することを怠らないことである。
 ことに、それが他の作家のものであれば、自分の作品への挑戦以上にファイトがわくことは言うまでもない。
 私は確かにミリオンセラー作家といわれ、多くの読者をつかんでいる。しかし、それは私の素質はともかくとして、努力以外のなにものでもない」

 この努力がガードナーをして、ミリオンセラー作家にしたわけだが、横溝正史の作品が、もし外国で売られていたら、同質の作家だけにミリオンセラー作家になっていたにちがいない。
 横溝正史もまた、ガードナーと同じように、その素質の上に、推理小説への情熱で、作品を面白いものにしている作家だからである。

「職業柄というのか、私は本を読むとき、いつも、無心でいられない。心の隅で、どこかじぶんのショウバイに結びつけているのである。消閑の娯しみとして読んでいるつもりでいながら、これはなんかのときに役に立たないかなどと、浅間しいことを考えてしまう。
 じぶんの書く探偵小説とは、およそ縁のなさそうな昔の詩集や歌集を読んでいても、『なにかのときの役に』という職業意識とは離れられない」

これは、正史の随筆『賤しき読書家』の一文からの抜粋だが、ガードナーが作品の上でプラスになる材料を常に求めている姿勢と相通ずるものがある。それだけではない。ここに収められている『幽霊座』『鴉』『トランプ台上の首』にしても、どの作品をとっても、ガードナーが自己の作品に、他の作家の作品に挑戦する姿勢と同じく、『幽霊座』では歌舞伎という新しい舞台への挑戦、『鴉』はハーバート・ブリーンの『ワイルダー一家の失踪』の人間消失というトリックへの挑戦、『トランプ台上の首』は高木彬光の『刺青殺人事件』のショックで、いささかデッサンの狂った自己の作品『夜歩く』のトリックへの再度の挑戦を試みているのである。驚くべきと言わざるを得ない。ことに、一度書いたトリックへの再度の挑戦は、推理作家の場合よほどの自信がなくてはできるものではない。
 それが出来るのは、おそらく日本では横溝正史しかいないのではなかろうか。
「なにかにひどく感心すると、どうしてもそれに挑戦したくなる性癖だから」と正史は言うが、その言葉の裏側に正史の推理小説への計り知れない情熱と自信を垣間見ることができるのである。
「純白のタイルで張られた浴室には切断されてから間もないと思われる恨みを残した女の生首と、白くやわらかな二本の腕と長くのびた二本の足とが、無残な切口を見せて横たわっていた」
 これは高木彬光の『刺青殺人事件』の一場面だが、タイル張りの浴室における完全密室殺人で犯人の姿はもとより、死体の胴体までが煙のように消えていた、というのが、この作品の呼びものトリックであった。
 このトリックは、いわゆる常識の逆手をいったトリックなのだが、正史は、この作品が出来る前に、これに似たトリックを考えていたのである。それだけに、そのショックは大きく、いろいろ考えた揚句出来たのが『夜歩く』なのであった。
 ところが横溝正史はそれで、どうしても満足することができなかったのである。『夜歩く』からおよそ九年後の昭和三十二年一月号の「オール読物」で再度『トランプ台上の首』という作品で所謂、顔のない死体のトリックに挑戦するのであった。
「散乱したカードのうえ、テーブルのちょうど中央に、ちょこんとのっかっているのは、なんと、血に染まった女の生首ではないか」
 牧野アケミというストリッパーのものとおぼしき女の生首が──。だが、首から下は見つからないのだ。犯人は、人間の看板であるところの首を置き、下の胴体を何故かくしたのか。
 事件はますます複雑になって行く。
 そこで金田一耕助名探偵の推理が冴えるわけだが、水上生活者にお総菜を売り歩くおかず屋、ヌードダンサー、自動車のブローカーと、この作品を書いた当時の世相の一端を作者は上手に使いこなしている。
 それはトランプカードや俗にいうメジューサの首という病気をからませて、実は読者を作者の独特の世界へとうまく導いていくのである。
 作者の世界へ、いつのまにか導いて行くうまさといえば『鴉』(「オール読物」昭和26年7月)も、三年後に戻ってくるという血文字の書置きを残して村の分限者の邸内神殿からみんなの見ている前でこつぜんと消えた若旦那の貞之助と、どっぷり血に染まった鴉の羽根のからみなどは全篇に異妖な空気と不可能興味を漂わせ、読者をいやが上でも一種異様な神秘的な世界へと導いて行く効果を十分にあげている作品である。
 この『鴉』についで正史は、長篇『悪魔が来りて笛を吹く』を書き、次に、ここに収められている『幽霊座』を(「面白俱楽部」昭和27年11月─12月)ものにしたわけだが、この作品は故安藤鶴夫氏からのちょっとしたヒントから生まれた。
 古朽た芝居小屋の稲妻座は東京七不思議の一つとされている。それは周囲の建物といちじるしく調和をかいた古色蒼然たる劇場であることもその一つの因だが、十七年前に当時人気随一の若手役者が夏狂言『鯉つかみ』の芝居中、忽然と姿を消してしまったことにあった。そして、その失踪の忌日として十七回忌追善興行が催されるのだが、同じ舞台、同じ狂言のこの催しの最中、惨劇があいついで起るのである。毒死、刺殺、斬殺と姿なき殺人者の魔手はつぎつぎとのびてくるのだが、金田一探偵は十七年前の謎とからませて解決して行く。
 この『鯉つかみ』の仕掛けこそ故安藤鶴夫氏に教えてもらったものなのだが、この頃の正史は『鴉』といい『悪魔が来りて笛を吹く』『幽霊座』と、人間消失、死んだはずの人物が徘徊するというようなある意味で似かよったトリックに挑戦しながら草双紙趣味と当時の世相などをストーリィの中に完全に溶け込ませていることに気づく。
 この『幽霊座』は全集にも入っていない。正史は、あまりよく知らない歌舞伎の世界をバックにしただけに自信がなかったのかも知れないが、梨園にわだかまる因襲と確執、親子の愛憎のからみなどは横溝正史独特の草双紙趣味が上手く出ていて面白い作品である。
 とにかく、ここに収められた三つの作品でもそうだが、横溝正史の厭くなき推理小説への情熱がほとばしった作品群といえよう。
 ただ単に、ストーリィテラーであり、エンターテイナーであると指摘する前に、その底に作家が、いかに一作一作努力しているか読者は考えるべきであろう。
 横溝正史はそういう作家である。

作品紹介・あらすじ
『幽霊座』横溝正史



幽霊座
著者 横溝 正史
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年05月24日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
人気随一の若手歌舞伎俳優が失踪、17年後の追善興行で、またしても殺人事件が……。梨園にわだかまる因習と確執、激しい親子の愛憎の中に謎が隠されていた! 表題作に「鴉」「トランプ台の首」を収録。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203002113/
amazonページはこちら


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