横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『死仮面』横溝正史
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『死仮面』横溝正史
『死仮面』文庫巻末解説
解説
中島河太郎
角川文庫による横溝正史作品の全収録を心がけ、それが九分通り叶えられた。若干の作品が残されているが、それは著者の意向を
私が「探偵小説年鑑」の昭和二十五年版に載せた「日本探偵小説総目録」の横溝正史の項にはすでに「死仮面」(「物語」24・8─11)を採録している。
その作品を知ったのは、「探偵作家クラブ会報」の昭和二十四年七月号の消息欄に、
「横溝正史氏は『物語』誌上に、長編『死仮面』の連載を開始した」
という記事に目をとめたからであった。
この雑誌は名古屋の中部日本新聞社が、二十一年十二月に創刊したものだが、当時の出版流通機構は混乱をきわめていたので、地方出版物の入手は困難であった。同じく名古屋から刊行されていた雑誌「新探偵小説」は、露店で買えたのだが、「物語」はついぞ見かけたことがなかった。だから私の目録は、会報の記事から推定したもので、連載開始を八月にしたのであろう。
著者の戦後の長編は未完に終わったものはともかく、残らず刊行されているので、「神の矢」「模造殺人事件」「失われた影」同様、中絶の運命に
角川文庫に収められた著者の作品集が空前の歓迎を受けたので、その作品を網羅することになった。かねてから気になっていたので、方々を捜し求めたあげく、ようやく国会図書館の目録で見出した。ここはなかなか意地悪なところで、娯楽雑誌は見せてくれないものが多いが、「物語」の場合は支障もなく合本を貸し出してくれた。三十年近くもたってから、「死仮面」にめぐり会えたわけである。
当時の雑誌は紙数制限の時代であり、おまけにそれは大判だから、余計薄っぺらなものだった。二十四年の五月から十二月まで、八回にわたっての連載で、ちゃんと完結しているのだが、あいにく第四回の載った八月号が欠けている。欠落したままで合本になっているのだから、どうにも手の施しようがない。
手にとってみると金田一耕助が登場している。おなじみの磯川警部が謎の火つけ役である。金田一はまだ「本陣殺人事件」と「獄門島」で活躍したばかりだから、著者はこの二人のことをもう少し詳しく知りたいなら、これらを読んで戴きたいと断わっている。
「八つ墓村」はやっと三月から始まったばかりで、翌々年まで続くのだから、この「死仮面」と並行して執筆されている。だが、この物語では八つ墓村の連続殺人事件を解決した帰りに、磯川警部のところに寄り、そこで「死仮面」事件の話をきくという順序になっている。
なにしろ金田一物の長編を発掘したのは手柄であったが、八回連載中の一回分が欠けているのはどうにもならない。近代文学館や大宅文庫をはじめ、できる限りの手を尽くしたが、戦後間もなくの雑誌の捜索は困難であった。
いっそ発行元の中部日本新聞社にあたるか、名古屋近辺の図書館に訊き合わせようかと思っていたところ、編集担当の橋爪氏を通じて、中日新聞の記者が乗り出してくれた。
十月五日に「幻の長編ヤーイ」という大見出しで、七段もの記事が載っている。
「推理小説家、横溝正史さん(七九)の金田一耕助シリーズのうち、ただ一つ、単行本になっていなかった〝幻の長編〟があることがわかった。『八つ墓村』事件を解決した金田一が岡山県警にあいさつに訪れるところから始まり、他の作品にはほとんど出てこない金田一の事務所の様子が書き込まれているなど、ファンにはこたえられない作品。戦後推理小説史の空白を埋めるものだが、雑誌連載七回分のうち、一回分が欠落、どうしてもみつからないのが難。横溝さんや出版関係者は『なんとか欠落分の載った雑誌を見つけ、作品を〝完成〟させたい』と連絡を待っている」
こういう親切なコメントをつけて、私の発掘を紹介し、発行元の中日新聞本社で保存していた分も、社屋の移転などのときに行方不明、名古屋の鶴舞図書館なども調べたがない、あとは個人の所蔵に頼る以外に方法はないと、広く呼びかけてくれたのである。
ただこの記事の困った点は、連載を七回とし、四回目に当る九月号がないと記されているのだが、実は八回分だから、四回目は八月号に当るわけである。まったく反響がなかったのは、せっかくの厚意に申し訳ないことだった。
はじめこの作品を発掘した折り、著者は「悪霊島」の稿を練っておられたが、その合間を縫って「死仮面」を全面的に改稿されるつもりであった。著者はあとで「当時、私はなぜかこの作品を毛嫌いし、本にしなかった。話が陰惨すぎたせいであろう」と述べているところをみても、全編に流れる暗いムードが時代にそぐわなくなったことを感じとられたのかもしれない。とにかく著者はあらためて筆写し、訂正用の原稿を用意しておられたのだが、「悪霊島」の完成後、療養につとめることになった。
新聞の呼びかけにこたえてくれるものがないとすれば、その一冊の発見される偶然の機会を待つほかはない。せっかくの金田一シリーズの長編を何年も何十年も眠らせておくべきかと迷ったが、七回分が残っていると発表された以上、横溝ファンの追及は急である。著者の補足が叶わぬ現状では応急の策をたてるほかはない。
そこで第四回にあたる章を私が補なうことになった。「妖婆の悲憤」と「校長の惨死」は、私の筆によるものである。他日、この分が発見されたら当然さし替えねばならない。作品を傷つけるのではないかと私自身にとっても不本意だが、いまは
あとに添えた「
記憶を喪失したアマチュアの画家が、武蔵野の面影を若干とどめている土地に住みついてから、急速に環境の変貌がいちじるしく、団地建設の作業に寧日もない光景に直面することになる。個人の感傷など吹き飛ばしてしまう崩壊のさなかに、中学生の少女と親しくなった。だが四年もたつと彼女は成熟して、現場監督と人目を忍ぶ仲となる。
彼女の母親は二十も年下の男と情事に溺れ、やがて殺人事件へと発展し、画家は犯行の渦中に投げこまれた上、苛酷な運命にさらされる。戦争のもっとも悲惨な犠牲者の数奇な境涯を描いた本編は、恐らく四十年前後の作かと思われるが、少女に惹かれる理由が分らぬままに、関心をそそられる
作品紹介・あらすじ
『死仮面』横溝正史
死仮面
著者 横溝 正史
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年05月24日
横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
昭和23年秋、「八つ墓村」事件を解決した金田一耕助は、岡山県警へ挨拶に立ち寄った。ところがそこで、耕助は磯川警部から、無気味な死仮面にまつわる話を聞かされる。東京で人を殺し、岡山に潜伏中の女が腐爛死体で発見され、現場に石膏のデスマスクが残されていたのだ。デスマスクはいったい何の意味なのか。帰京した耕助は、死んだ女の姉の訪問をうけ、さらに意外な事実を聞いて、この事件に強い興味をそそられた。三十年ぶりに発掘された巨匠幻の本格推理に絶筆「上海氏の蒐集品」を併録する。
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