女の髪は、心の内側を現す――著者渾身の感動作!
『髪結おれん 恋情びんだらい』千野隆司
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『髪結おれん 恋情びんだらい』千野隆司
『髪結おれん 恋情びんだらい』文庫巻末解説
解説
ブームと呼ばれる時期を過ぎ、すっかりひとつのジャンルとして定着した文庫書き下ろし時代小説のシリーズ。
ところが、それほど忙しい中にもノンシリーズの作品を
主人公は、姉のお
しかし、弥吉が店の金をやくざ者に奪われたことから運命が狂い始める。弥吉はその後、再度やくざ者に襲われたとき、誤って相手を殺してしまうのだ。下された
──というのが第一話「
まず、廻り髪結という設定がいい。髪結を主人公にした時代小説といえば
本書でも、離縁して一人暮らしをしている
けれど著者はこれを単発の長編として描いた。それはおれんの四年間の成長と心情の変化こそがこの物語の主題だからだ。
おれんが出会った客たちを思い返していただきたい。姉も含め、ここに登場するのは理由は違えど「ひとりで生きていくことを決めた女性」が大半なのである。小さなお
おれんは島流しになった弥吉のことを思い続ける。けれどいつ赦免になるかはわからないし、戻ってこないかもしれないのだ。であれば自分も一生ひとりで生きるのか。そんなとき
そしてもうひとつ、お松を含め、おれんが出会った女性たちが物語の中で「変わる」ことにも気付かれたい。望むと望まざるとにかかわらず、人は変わる。環境が変わることもあるし、事情が変わることもある。そして彼女たちは、その変化を誰一人として後悔していないのである。
変化とは、選択なのだ。第四話で、おれんはひとつの選択をする。その選択に後悔はないが恐れはある。選択したのはおれんだとしても、それを他の人が(誰が、と書くと話の展開をばらしてしまうことになるのでぼかした表現になるが)どう感じるかはわからないから、それが恐い。そんなおれんの心情の描写が見事だ。読者はおれんとともに、「その瞬間」を
本書を最後まで読めば、これがシリーズではなく、ここで完結する意味がおわかりいただけるだろう。第一話から続いていた未解決の事件と、おれん自身の迷いや恐れが、実に鮮やかな形で、ここしかないという場所に落ち着くのだ。決して八方がハッピーエンドになるわけではない。一部には、とても胸が
さまざまな運命の女性たちと対比させながら描かれた、おれんの恋の物語だ。各話に登場する植物も、それぞれのテーマを象徴している。鬼灯の苦味、寒さの中で実る
シリーズ作品の読者も、ぜひ本書を手にとっていただきたい。シリーズ作品の技術がふんだんに生かされた、けれど単発作品ならではのダイナミズムと情感がたっぷり味わえることを、お約束する。
作品紹介・あらすじ
『髪結おれん 恋情びんだらい』
髪結おれん 恋情びんだらい
著者 千野 隆司
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年04月21日
女の髪は、心の内側を現す――著者渾身の感動作!
神田小柳町の裏店で暮らす、廻り髪結の姉・お松と、妹・おれん。おれんは両替屋で手代となったばかりの弥吉から所帯を持とうと告げられ、哀しい恋の過去を持つお松も錺職人の蔦次と良い関係となり、姉妹の家は幸せにあふれていた。だがある日、店の金を奪われそうになった弥吉が誤ってやくざ者を殺してしまい、無情にも遠島を申しつけられてしまう。哀しみに暮れながらも帰りを待つと誓ったおれんだが、なぜか姉妹にあやしい影がつきまとい始める。ついに人気のない場所で匕首を突きつけられたおれんは、背後から良く知った声を聞く――「おまえらは、見なくていいものを見てしまった」。そこに助けに入ったのは、同じ髪結の郷太で……? 江戸の片隅、健気に生きる髪結い姉妹の波瀾万丈な恋模様を描く人情時代小説。
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