警察×政治家×カルト教団! 上下約1600ページ、著者畢竟の大作!
『煉獄の使徒』馳 星周
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『煉獄の使徒』馳 星周
『煉獄の使徒』文庫巻末解説
解説
久しぶりに通読して、あらためて「とんでもない小説だ」と
本書は二〇〇九年に新潮社より上下二巻のハードカヴァーで刊行された。二〇一二年に新潮文庫に収められ、今回、新たに角川文庫での刊行となった。物語は〈
〈真言の法〉は出家信者に財産をすべて喜捨させることなどから、信者の家族とのトラブルが絶えなかったが、教団が宗教法人としての認可を申請している重要な時期に、
惨殺事件の一部始終を目撃していたのが児玉だった。十文字の命令で暴力団から
権力の
というあらすじに、ある種の既視感を感じる読者もいるだろう。そのとおり、本書は、一九九五年の地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教による一連の凶悪犯罪をモデルにしている。といっても、現実に起きた犯罪を小説風に書いたノンフィクションではまったくない。オウム真理教が実行した「坂本弁護士一家殺害事件」「
三人の主人公の軌跡たる三本の地下茎──正しく美しいものを目指した太田慎平の希望と
本書刊行当時のインタビュー(「波」二〇〇九年六月号)で馳星周は、自分の中にある怒りについて、「オウム事件にしても(略)何故こんな酷いことが出来るんでしょうなんて、それだけで放り出してしまう世間の想像力のなさ」に向けられていると語っている。「
ポジティヴな感情であれネガティヴな感情であれ、脳内物質の力学を文字によって擬似体験させるのが文学とするなら、ここにあるのはまぎれもなくそれなのだ。
刊行から十年以上経った今振り返ると、『煉獄の使徒』は馳星周の「第二期」と呼ぶべき時期の到達点であり、それまでの馳星周の総決算だったとわかる。
一九九六年に『不夜城』でデビューした馳星周は、アメリカのジェイムズ・エルロイやアンドリュー・ヴァクス、イギリスのデイヴィッド・ピースといった作家たちと共振して、「ノワール」と呼ばれる酷薄な犯罪小説を日本で単身切り
第二期がはじまったのは二〇〇六年の『ブルー・ローズ』からである。ここで馳星周は、シニカルなユーモアから壮絶な激情への転換という語りのダイナミズムを通じて「馳星周式のノワール」を批評的に解体・再構築してみせ、いわば第一期の総決算と第二期の開幕を高らかに告げた。この第二期を代表するのが本書『煉獄の使徒』と、前年の二〇〇八年に発表された『
『弥勒世』は返還前夜の一九七〇年に沖縄で起きた「コザ暴動」をモデルとしている。現実の出来事に材を取って、「定点をつなぐ」手法がとられている点が『煉獄の使徒』と共通しているが、それ以上に重要なのは、馳星周がインタビューに答えて、『弥勒世』のテーマは「革命」と「武装蜂起」だと語っている点だろう(Web集英社文庫「歪みと熱気の沖縄返還前夜」)。翻って『煉獄の使徒』は、「テロ」と「武装蜂起」の物語である。「テロ」と呼ばれるか「革命」と呼ばれるかは、蜂起した者が敗北したか勝利したかの違いでしかない。地べたに立つ個人が世界を破壊しようとするという行為の点では一緒なのだ。個人が成しうる犯罪で、国家を殺そうとする武装蜂起よりも大きなものはない。つまりテロリズム・ノワール/ライオット・ノワールとでも呼ぶべき『煉獄の使徒』『弥勒世』は、犯罪小説の極北だった。
これ以降、馳星周の作品は「ノワール/犯罪小説」の枠を脱してゆく。こうした作風の多様化のキッカケについては、馳星周本人がコミカルな警察小説『アンタッチャブル』のあとがきに記しているので参照いただきたい。いずれにせよ、
犯罪小説とは、〝悪いこと〟は本当に〝悪い〟のか、という問いを追究する文学である。正義と理性の高みからではなく、欲望と衝動の地べたから〝悪いこと〟を見つめるノワールという文学──それをたったひとりで日本に定着させたのが馳星周だった。彼が切り拓いた「ノワール」という場所に、いま、深町秋生の『ヘルドッグス』や、柚月裕子の『孤狼の血』や、佐藤究の『テスカトリポカ』といった小説たちがある。
〝悪いこと〟をする悪いやつは本当に〝悪いやつ〟なのか? 『煉獄の使徒』は、その問いを、最大で最悪の犯罪を通して読む者に突きつける。これは犯罪小説という文学にできる最大の問いでもある。彼らは僕らと無縁の他人なのか?
『煉獄の使徒』が突きつけるこの問いに、イエスと言うことは僕にはできない。
作品紹介・あらすじ
『煉獄の使徒』
煉獄の使徒 上
著者 馳 星周
定価: 1,144円(本体1,040円+税)
発売日:2022年04月21日
警察×政治家×カルト教団! 上下約1600ページ、著者畢竟の大作!
“カリスマ教祖”十文字源皇率いる〈真マントラ言の法〉。弁護士の幸田敏一は十文字と共謀し、教団ナンバー2の侍従長として勢力拡大を推し進める。組織に切り捨てられ左遷された公安刑事の児玉弘樹は、金の匂いを嗅ぎつけ、この新興宗教に接近する。教団に不利な行動をとる弁護士の殺害計画が持ち上がったとき、男たちの欲望は業火の火種となり、音を立てて燃えはじめた――。著者畢竟の大作にして圧巻のノワール・サスペンス。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322108000237/
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煉獄の使徒 下
著者 馳 星周
定価: 1,144円(本体1,040円+税)
発売日:2022年04月21日
人はここまで堕ちていく――未曾有の巨編が迎える衝撃のラスト。
毒ガス・サリン撒布計画を実行に移す――。教祖・十文字の反社会的なエゴは肥大化し、やがて侍従長である幸田のコントロールが利かなくなってゆく。若き幹部・太田慎平は信仰のために自らが犯した罪に苛まれ、苦悩を深める。一方、金蔓と見定めて彼らと手を組んだ警部の児玉は、権力者たちの暗闘に搦めとられていく。負の感情に囚われ、死臭を放ち始めた男たち。向かう先は天国か地獄か。未曾有の巨編が迎える衝撃の結末。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322108000238/
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