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【書評連載「物語は。」】自分という人間は、家族をどんなものとして捉えているのか?——葉真中顕『家族』【評者:吉田大助】

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(本記事は「小説 野性時代 2025年11月12月合併号」に掲載された内容を転載したものです)

書評連載「物語は。」第141回

葉真中顕『家族』(文藝春秋)



評者:吉田大助

自分という人間は、家族を
どんなものとして捉えているのか?

「家族」とは、使い手や受け手によって意味が大きく異なるマジックワードだ。例えば、「従業員は家族」と標榜していたある会社社長は、家族ならばこき使っても問題ないという理屈で、従業員に過重労働を強いていた。とあるドキュメンタリー番組ではベテランの救急科専門医が新米医師に、重大な治療方針を瞬時に決定しなければならない時は「患者がもしも自分の家族だとしたら、と考えて判断すればいい」と伝えていた。「家族」の一語は、暴力を助長する根拠にもなれば、愛と倫理を発動させる原動力にもなる。
 社会派ミステリーの傑作の数々をものしてきた葉真中顕は、最新長編でそのマジックワードをタイトルに掲げた。東京・八王子の地名の由来を語る文章で、小説は静かに幕を開ける。この地にはかつて、沼があった。沼の底にはヌシが住んでいるという想像から、人々は天変地異が起こった際、ヌシに生贄を捧げるようになった。つまり、沼に人を沈めた。その後、沼は自然の摂理によって消えたが、神仏習合の神・八王子権現の霊験によるものだと人々は解釈した。殺人を犯したのはヌシではなく、人間であったということを都合よく忘却して。場面は変わり二〇〇〇年六月、八王子の中心街に竣工予定の「ラ・ファミーユ」、フランス語で家族を意味する分譲マンションの最上階のペントハウスを、ひと組の夫婦が購入する。〈このマンションが建てられた土地は、かつて沼があった場所だった。ムラの処刑場だったあの沼だ。(中略)女が姉やその“家族”とともに、その地に越してきたのは、二〇〇〇年九月六日。「事件」が発覚する十一年と五十八日前のことだった。〉
 この家こそが、惨劇の舞台だ。多視点群像形式で章ごとに語り手が初登場や再登場を果たし、「事件」の全貌が少しずつ顕になっていく。読み進めながらこうではあって欲しくないと想像し、その想像が易々と超えられていく感覚こそが面白い――そう、抜群に面白いのだ――本作を、あらすじめいた文章で紹介するのは憚られる。それゆえ序盤で明かされる事実だけを端的に記したい。地元で「ピンクババア」と称されるを取り巻く家族的共同体が、複数の家族を乗っ取り、暴力と恐怖によって支配した。異常な共同生活の中で家族同士を殺し合わせ、一三人が亡き者となった。
 本作は、二〇一二年一〇月に兵庫県尼崎市で発覚したいわゆる「尼崎事件」をモチーフにしている。この事件に関しては著名なノンフィクションが何冊も存在するが、それらは主犯格の女の人生にフォーカスを合わせることで事件の全貌を明らかにしようとしていた。この小説のアプローチの仕方は違う。夜戸瑠璃子一行のターゲットとなった語り手たちが、なぜ恐ろしいコミュニティの一員となったのか、そこからなぜ逃げ出さなかったのか、なぜ暴力を振るうに至ったのか。彼ら彼女らの心情を徹底的に追いかけていくのだ。そこでキーとなるのが、作中で何度も何度も登場する、「家族」の一語だ。あなたは私たちの家族だ、家族なんだから全てを受け入れろ。その乱暴な論理を飲み込んでしまう登場人物たちに対して、最初はあり得ないと思いながらも、いつの間にか共感を覚え始める。実質的な主人公と言える青年・そうが、一度はペントハウスから離れたものの再び「ママ」のもとへと帰っていく場面には、それ以外の選択肢を感じさせない説得力があった。
「家族」という言葉の意味するところは、各々のプライベートの領域に根差している。それゆえに、誰かと意味や解釈を確認し合うことが難しいものでもある。この小説が、壁打ちの相手となってくれる。家族とは何か。自分という人間は、家族をどんなものとして捉えているのか? あまりにもクセが強いが、難問を語り合ううえでこれほどうってつけの相手はいない。

【あわせて読みたい】
『こうふくろう』薬丸 岳(小学館)



 ステイホームを余儀なくされた2020年。故郷を出て東京・練馬で一人暮らしをしている芹沢涼風は、若者たちと「こうふくろう」という名の互助団体を立ち上げる。戸籍上は家族ではなくとも、強い絆で結ばれた「本物の家族」を得るためだ。しかし、「本物の家族」という言葉こそが仲間たちを縛り、やがて陰惨な運命を引き寄せる――。


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