街でクリスマスソングを耳にしたり、忘年会の予定がちらほらと入ってきたりして、すっかり年末ムードを感じるようになりました。
この1年を振り返るとき、その時々に読んできた本が、今年あったあれやこれやを思い出すきっかけになることがありませんか。「この本を読むために偶然入った喫茶店、すっかりお気に入りになったなあ」「あの人が紹介してくれたこの本のことが忘れられない」「あの旅先で、この本と出会ったのだった」……。本が好きなひとりとして、それはとても豊かで幸せなことだとしみじみ思います。
そんなあなたの「今年の1冊」に、今からでもぜひ加えていただきたい本があります。
KADOKAWA文芸編集部より今年刊行した話題作の中から、「2025年も本を読んだ!」と満足して新年を迎えるために、読み逃せない5冊をご紹介します。
今年も残すところあとわずかですが、本との出会いは、いつだってあなたを待っています。「あと3週間で何を読もうか」と、ちょっとそわそわした気持ちで計画を立てるくらいのほうが、読書もはかどるというもの。
2025年が終わる瞬間まで、そしてもちろん新しい年を迎えてからも、いつもあなたの隣に、すばらしい本がありますように。
(カドブン編集部員M)
2025年の記憶に残る、絶対に読み逃してほしくない小説5選
朝比奈あすか『普通の子』(KADOKAWA)
『普通の子』は、いじめについての小説だ。いじめに明るい側面などひとつもない。それを扱った小説だから、読むのは辛いだろうと予測する方が多いことと思う。
佐久間晴翔という5年生の少年が小学校のベランダから飛び降りた。幸いかかとの骨を折っただけで済んだが、母の美保は息子がいじめられていたのではないかという疑念を拭えない。学校と話し合いを持つことになるが、出てくるのはどこかのニュースで聞いたような言葉だけだ。「いじめの事実は確認できていません」。
児童が答えたというアンケートのうっすらとした文字や、同級生の母親のもの言いたげな様子。切れやすい蜘蛛の糸を辿るように、美保はクラスで起きたことを探り始める。
『普通の子』はいじめについての小説だが、「そのとき息子に何があったのか」という、何をおいても解かなければならない謎を追うミステリ小説でもある。美保の調査は泥沼の中を進むようだ。晴翔は何があったのか絶対に話さないし、美保はフルタイムで働いているから話を聞かせてくれるようなママ友もいない。彼女たちが住む家は夫婦揃って定年まで働くことを前提に買ったもので、自暴自棄になって仕事を失うわけにもいかない。ヒントを探そうと有休を使うたび、居心地の悪さが美保を襲う。わたしたちの日常にあるのと同じちょっとした忖度の連続は、息子の一大事を経ても途切れてくれない。
それでも、目の前に提示された“謎”が次第に解明されていくにつれ、ついページをめくってしまう。明らかになるクラスの人間関係、ようやく引き出された学校側の発言……。「どんでん返し」が好きな読者もきっと驚ける展開が待っている。
それでもなお、最後まで読むのは心をえぐられる経験かもしれない。どんでん返しの先に、誰もが期待するような結末は用意されていないからだ。しかし、読み終えて振り返ったときに、著者が最後まで“いじめられた側”を裏切らなかったことに気づかされる。
他人から見たら些細なことでも、どうしても許せない記憶がある人にこの小説を手に取ってほしい。その日の気持ちを掬い取って、一部だけでもたしかに昇華させてくれる――そんな力がある真摯な作品なのだ。
(カドブン編集部員D)
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新川帆立『目には目を』(KADOKAWA)
死刑制度について考えるたびに、どこにも行けない気持ちになる。
人を殺したら、死ぬべきなのだろうか。どんなに許しがたい罪を犯した人間にも、そこに至るまでには百万もの道筋があって、どこかを辿り直せば更生の可能性があるのかも、しれない。我々はその可能性をこそ、信じるべきなのだろうか。それとも、この世には死を以てしか終われないことがあるのだろうか。でも、それが誰の死かを決めていい人間は、きっといない。たぶん神様にだって、決める権利はない。
この物語は、ある少年が人を殺め、彼が被害者の親族に殺害されて事件の幕が閉じた、まさにそこから始まる。
それぞれ罪を犯し、少年院で出会った6人。そのうち1人が殺された。
6人の人生に何があったのか、彼らはなぜ、どんなふうに道を外れ、人を害したのか、送り込まれた少年院でどんなふうに彼らは出会い、関わったのか、それぞれが社会に戻り、どのように生きているのか。そして、生き続けられなかったのは誰か。彼を密告したのは、いったい誰なのか。
我々は語り手であるルポライターとともに、伏せられたカードを、1枚ずつめくってゆく。そこであらわになるのは、彼らの真実だけではなく、我々自身の歪さだ。「正しい」「まともな」側にいるつもりで、いや、いるつもりになるために見ないふりをしてきたものの重さを、我々は存分に味わうことになる。これは、かなり恐ろしい。けれど、著者の筆は容赦なく読む者を巻き込み、走り続ける。途中でやめることなど、到底できないのだ。
最後にすべてのカードが開いたとき、想像したこともなかった地点に、我々は語り手と立っている。いくつもの恐ろしさと、悲しみと、やり切れなさを超えてこんな風景が見えるなんて、こんなかたちで人間が罪に向き合うことができるなんて。痛いほど肌を突き刺し、降り注ぐものは、まぎれもなく光だ。
自分の正しさに疑問を持ったとき、正しさが心の底からつらくなったとき、ぜひ、手に取ってほしい1冊だ。
(カドブン季節労働者K)
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佐藤正午『熟柿』(KADOKAWA)
彼女は3回、パトカーに乗った。1回はじぶんの犯した罪のために。
2回は息子に会おうとしたために。
激しい雨の降る夜、ひとを撥ねてしまったかおりは逮捕され、服役中に息子を出産する。
出所後、引き離された息子と会いたいあまりトラブルを起こした彼女は、接見を禁じられ西へ西へと流れてゆく。息子を受け取り人にした生命保険の支払いを、唯一の拠り所にしてーー。
この小説が「何の話」なのか、説明するのはとても難しい。
罪と、長く緩慢な罰の話でもあり、かなわない愛の話でもあり、やるせなさをまとったロードノベルでもある。何もかもを失って、それでも人生が続いてしまう、という話でもある。
読んでいるうちにいつしか、わたしたちはかおりと生きている。長い旅路を、ともに歩いてゆく。運命は決して優しくないけれど、折々に忘れがたい出会いもある。会えないことがどんなに切なくても、大切な誰かの存在は、それだけで生きてゆく理由にもなるのだ。
そしてある日。
長い長い旅の間、ひそかに育ち続けていた果実が、ふいにてのひらに落ちてくる。
その瞬間から物語は、にわかにスピードを上げて走り出す。待って、おいていかないで。手のなかの果実を落とさないように、傷つけないように、走る。
走った先に待ち受ける未来を、まだ、かおりも、もちろんわたしたちも知らない。
つらい旅路の中で凍りついていた心が、体温でゆっくり溶けてゆくのを感じながら、待つのだ。豊かな収穫の時は、すぐそこまできているはずだから。
(カドブン季節労働者K)
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森 絵都『デモクラシーのいろは』(KADOKAWA)
「デモクラシーってなんだか難しそう……」
そんな不安は傍らに置いて、まずは安心して手に取ってほしい。本作のスタートラインは、まさにそこなのだから。
舞台は終戦直後の1946年、GHQの占領下にある東京。
日本を民主化された国として再生させるにはどうすればよいか? そんな難題に頭を抱えていたGHQの面々を前に、一人の子爵夫人が声をあげた。「まともな栄養と寝床さえ確保できれば、日本人だってまともにものを考えるようになりますわ」
庶民のだれもが生活苦にあえいでいた時代だ。すべてが整った夫人の邸宅が用意され、「民主主義のレッスン」が始まった。なかば押し付けられるように教師役となった日系アメリカ人のリュウと、4人の若い女性による、ドタバタ共同生活である。
元華族のミステリアスな才女、美央子。絵にかいたような軍国少女だった純朴な農家の娘、孝子。自由奔放な洋裁店の娘、吉乃。青森から上京し、上野で戦災孤児たちと暮らしていた少女、ヤエ。
彼女達はその出自も性格も様々であり、これだけでもう面白いこと請け合いなのだが、生活の中で巻き起こる数々の珍事件、揺れ動く心、徐々に明らかになってゆく企みと、仕掛けも満載。なによりもまず、極上のエンタメ小説として、肩の力を抜いて楽しんでいただきたい。
「読み終わって、何を思いましたか。」読者のみなさん一人ひとりにこんなにも聞いて回りたい小説はほかにない。
なぜならこれは、約80年前を生きた彼女たちの物語ではなく、まぎれもなく今を生きる私たちの物語だからだ。
どんなに難しくたって、わからなくたって、私たちは自分の頭で考え、自分の足で歩いてゆかねばならない。
本書を読み進めるなかで、その厳しさに何度も直面することになるが、最後にはきっと喜びのほうが大きく感じられるだろう。自分の人生が、他の誰とも違う、自分だけのものであることが、どんなに素晴らしいことか……。
奇しくも戦後80年を迎えた今年、絶対に読み逃せない1冊であることは間違いない。
(カドブン編集部員M)
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安壇美緒『イオラと地上に散らばる光』(KADOKAWA)
みなさんはSNSとどのように付き合っているだろうか。「○○なう」と単なる近状をつぶやいていた牧歌的な時代はひと昔前になり、たびたび入れ替わるトレンド(これ本当に流行ってる?)、頻繫に起こる炎上(なんか仕組まれてない?)に疲弊している人も多いように思う。それでもスマホを持つと、なんとなく習慣でアプリをタップしてしまう。
『イオラと地上に散らばる光』の世界でも状況は同じだ。事件が起きるとAgoraというSNSで一気に拡散され、ユーザーが集まって思い思いの反応を残していくが、その勢いは一瞬で衰え忘れ去られていく。
後発のwebニュースサイト「リスキー」の編集者である岩永は、その波に乗るためならなんでもする。目を付けたのは萩尾威愛羅という印象的な名を持つ女性が起こした刺傷事件だ。赤ん坊を抱っこ紐で抱えたまま、夫の上司を刃物で刺したという。ワンオペ育児の中で疲弊し、夫を家に帰してくれない上司に恨みを抱いたものらしい。Agoraには様々な書き込み――容疑者を非難するもの、ワンオペ育児の過酷さに共感するもの、赤子の心配をするもの――が溢れるが、岩永が狙ったのはその応酬による盛り上がりだ。長時間労働について本気で問題提起したかった訳でも、容疑者の女性がおかれた状況に迫るつもりも一切ない。ただ、うまく燃えそうだから選んだだけ。PV数を上げ、「リスキー」の売上を増やすことしか頭にないのだ。
岩永は間違いなく邪悪だが、彼なりの苦しみがないわけではない。大手新聞社である本社から意地の悪い上司によって出向させられ、なんとか業績を上げようともがいている。本社に戻りたい気持ちを見透かされ、足元を見られてパワハラに遭う。人間同士の力関係には無数の段差があって、そこに少しでも高低差があれば、強い方から弱い方へと暴力は簡単に流れていく。それでも、自分の苦しみだけに目を向け、力を持たない者にストレスの捌け口を求める岩永の生き方はグロテスクだ。
Agoraで巻き起こる、人間性を無視した炎上はアンコントローラブルなままだ。それでもそこから離れて、もっと自分が大切にされる場所へと行くことはできる。無視され、踏みにじられてきた人たちが反旗を翻す気配が、この小説にはたしかにあるのだ。
(カドブン編集部員D)
詳細はこちら ⇒ https://www.kadokawa.co.jp/product/322501001202/
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KADOKAWA文芸編集部の文芸単行本一覧(2024年12月~2025年11月)
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