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連載

作家が選ぶ 私のおすすめミステリ vol.17

【インタビュー】作家・湊かなえが選ぶ 私のおすすめミステリ 第17回

作家が選ぶ 私のおすすめミステリ

手に汗握る衝撃的な展開やドキドキの伏線回収など、数多くの人気作品が生まれる“ミステリ”ジャンル。そんな作品を生み出している作家の皆さんは、かつてどんな作品に出合い、そしてどのように自身の物語を生み出しているのだろうか?
今回は2025年11月21日に『人間標本』が文庫化され、また本作がAmazon Prime Videoで実写ドラマ化、12月19日より独占配信される作家・湊かなえさんに、おすすめのミステリ作品を伺いました!
現役作家が語るおすすめミステリという、カドブンならではの貴重なインタビューです!

取材・文=皆川ちか

――湊さんおすすめのミステリ作品を、その理由と共に教えてください!

1:『黒蜥蜴』江戸川乱歩(角川ホラー文庫)



小学4年生くらいから、学校の図書室で「怪盗ルパン」シリーズを読み、その隣にあったのが少年少女向けの江戸川乱歩作品でした。ルパンからの乱歩にハマり、もっと読みたいと思っていたところ、6年生の時、自宅の本棚に『黒蜥蜴』を見つけまして。怖くて妖艶な愛の世界に胸が撃ち抜かれました。「これが本物の乱歩なんだ!」と。

2:『リストランテ・ヴァンピーリ』二礼 樹(新潮社)



選者を務めている「新潮ミステリー大賞」で第11回受賞作に選んだ小説です。人肉を提供するレストランで解体師として働く主人公が、美少年の吸血鬼に咬まれてしまい……。解体シーンの描写の上手さ、リーダビリティの巧みさに加え、主人公の語り口が非常に音楽的。二礼さんはバンド活動もされていて、文章から心地よいリズムを感じました。幅広い年齢層の方に読んでみてほしいですね。

3:『どうせ世界は終わるけど』結城真一郎(小学館)



百年後に小惑星が地球に衝突することが判明し、様々な人々のドラマを綴った短編集。いわゆる「地球滅亡」ものですが、ひと月後でも一年後でもなく、百年後に世界が終わる設定が秀逸。いま生きている私たちは、きっとほとんど死んでいるはず。自分たちは逃げ切れるけれど、という気持ちを下敷きに、読者に「自分だったらどう受けとめるか?」と否応なく考えさせる力があります。

――幼少期から直近まで、心に残った作品をご紹介くださりありがとうございます。なかでも江戸川乱歩はかなり湊さんに影響を与えたようですね。

そうなんです。私の実家は通っていた小学校のすぐ目の前にあったのですが、放課後に校庭への出入りが自由でした。低学年の頃は照明の設備がなく、私は毎日のように暗くなるまで校庭で遊んでいました。そこへ、おそらくは保護者でもない大人の人たちが、ときどきやってきたんです。ある人はブランコを漕いだり、ある人は鉄棒をしたり。見知らぬ男性とキャッチボールをしたこともありますし、ある女性とはシーソーを漕ぎながら、叶わなかった結婚話を聞かされたこともあります。

――それはかなり印象的なエピソードですね。

いま思えば、かなり危うかったかもしれません。その後、校庭には照明設備ができまして、草野球の練習が始まったのですが、すると彼らはぱったり来なくなってしまいました。夢ともうつつともつかない、別の世界とつながっているかのような不思議な体験でした。そうした感覚は乱歩の小説世界とも似通っていて、私もそんな現実と地続きの不穏な世界を書きたいと思っていました。

――その後湊さんは2008年に『告白』でデビューされ、本作は本屋大賞を受賞。社会現象にもなりましたね。これまで数々の作品を上梓されてきた湊さんですが、ご自身がミステリを書くうえで、こだわりやルールはございますか。

私がデビューしたのは、子どもが小学生の頃でした。後味の悪いミステリ、いわゆる‟イヤミス”作家として人気になった分、子どもが学校で嫌な思いをしないよう配慮していました。具体的には、「激しい性描写の回避」「残虐な暴力シーンの抑制」、そして「悪人が高笑いして終わる結末にはしない」といったことです。この3点を自分に課しました。"イヤミス"とはいえ、私の作品は実はみんな、そうなんですよ。だけど子どもが大学生になって家を出ていったとき、そろそろいいかなと思うようになり、これらの制約を外した物語を書きたくなりました。

――それで執筆されたのが、「親の子殺し」を扱った『人間標本』だったのですね。

はい。子どもを持つ身としては考えたくないですが、それでももし親が子を殺さざるを得ない状況に立たされるとしたら、どんな状況なら自分にも起こり得るかもしれないと共感してもらえるだろうか……。そんな思いを巡らせたところから始まりました。

――主人公の榊は蝶に魅せられた研究者です。蝶を愛するあまり、自分の息子を含む6人の少年を殺害し、蝶に見立てた標本を作ったと世間に公表します。この「蝶」というモチーフはどこから生まれたのですか。

先ほどの「親の子殺し」というテーマを表現する猟奇的な犯罪を用意する必要がありました。そこで、たとえば人間の死体で標本を作るのはどうだろう……? というアイディアを思いつき、そこから標本といえば蝶だよね、と。私は蝶にはまったく詳しくなかったので、一から勉強しました。すると、どんどん面白いことが分かったんです。

――それはどんなことでしょうか。

蝶には擬態するものや、毒を持つもの、羽の表と裏で模様が違っているものなど、様々な特性があるんです。特に興味をそそられたのは、人間が見える赤・緑・青の3原色に加え、(蝶は)紫外線を認識できるため色覚が「四原色」であること。それを知って、蝶はミステリと相性がいい、やっぱり蝶を選んで正解だったと確信しました。見え方の違いによって世界の認識が変わるというのは、デビュー作の頃からずっと追い続けているテーマでもあります。

――ドラマ化された『人間標本』のご感想をお聞かせください。

廣木隆一監督は人物だけでなく、背景も美しく撮られる方。シーンの一つ一つが誇張でなく、そのままポスターに使えそうなほど見事な絵になっていて、そこに非常に感動しました。第1話の序盤で、標本にされた少年たちが出てくる場面があるのですが、それら「標本」の壮絶なまでの美しさといったら!

――聞いているだけで、ぞわぞわしてきます。

本作を映像化するにあたって最も肝心なのは、「人間標本」をいかに美しく創るかという点にかかっていると思いました。芥川龍之介の『地獄変』の屛風絵にも似て、榊が自分の全てをなげうち、我が子までも犠牲にして制作したとする芸術品なのだから、少しでも安っぽかったら説得力が生まれません。制作陣にとって、すごくハードルが高かったはず。私自身、どきどきはらはらしつつ拝見しましたが、「これなら我が子を殺してでも……」と感じてしまうほどの出来栄えでした。監督とスタッフの皆さま、とりわけ美術監修とアートディレクターの清川あさみさんに感謝いたします。

――榊役は西島秀俊さん。その息子の至役は市川染五郎さんです。

お二人は本当に親子に見えました。仲良し親子みたいな感じではないのですが、互いの心が深い底の方で通じ合っている感じがしました。他の演者の方がたも、それぞれにあやうい境界線上を歩くような演技をされていて。「こんな人間いないだろう」とか「こんな理由でこんなこと、するはずがないだろう」と、観る人が少しでも感じたら、途端にしらけてしまう内容です。そこを皆さん、ぎりぎり限界までせめぎ合う演技をされていて、これまでにないドラマを観てしまった……と、私自身、一視聴者として大変心が躍りました。現実と非現実、芸術と狂気が紙一重となった世界を、ぜひご覧ください!

『人間標本』



書 名:小説の小説
著 者:湊かなえ
発売日:2025年11月21日

イヤミスの女王、新たなる覚醒
人間も一番美しい時に標本にできればいいのにな――。ひどく損壊された6人の少年の遺体が発見されると、社会はその事件の異様さに衝撃を受けた。大学の生物学科で蝶の研究をする榊史朗は、蝶の世界を渇望するあまり、息子を含む6人の少年たちを手にかけたと独白する。蝶に魅せられ、禁断の「標本」を作り上げたという男の手記には、理解しがたい欲求が記されていた……。耽美と狂おしさが激しく入り乱れる、慟哭のミステリ。

※画像は表紙及び帯等、実際とは異なる場合があります

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322409000509/
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