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特集

【対談】廣木隆一×清川あさみ――湊 かなえによる禁断の衝撃作『人間標本』原作小説とドラマの魅力を語る

 みなと かなえがデビュー一五周年記念作品として書き下ろした『人間標本』が、実写ドラマとして、2025年12月19日よりPrime Video(プライムビデオ)で世界独占配信される。同作のメガホンを取ったひろりゆういち監督と美術監修を務めたアーティストのきよかわあさみが、原作小説とドラマの魅力について語り合った。

構成・文:吉田大助 写真:伊東武志

※本記事は、湊 かなえ『人間標本』(角川文庫)の巻末に収録された内容を一部改変し転載したものです。

特別対談 廣木隆一×清川あさみ

ミステリーというジャンルでは括れない


廣木隆一(以下、廣木):僕が湊さんの小説の映像化に関わるのは二作目です。一作目は『母性』(二〇二二年公開の映画)で、母と娘の話でした。今回の『人間標本』は父と息子の話なんですが、それだけではないんですよね。母と娘の話でもあるし、一族の話でもある。初めて読んだ時、シェイクスピア劇みたいだなと思ったことをよく覚えています。湊さん、さすがだなと。

清川あさみ(以下、清川):ミステリーというジャンルではくくれないですよね。湊さんの作品はいつも物語の中にいくつもの仕掛けがありますが、今までの作品よりもよりみつに、全てにおいて調べ尽くされている、計算し尽くされている感触が隅々から伝わってきました。「親の子殺し」というテーマもそうですし、人間を標本にしてしまうというモチーフに関しても、小説で取り上げるには相当な覚悟が必要だったと思うんです。それに加えて今回の作品では、アートを文章で表現するということにも挑戦されている。湊作品の集大成でありつつ、新しい場所に入っていかれたなと感じました。

廣木:人間の世界だけではなくて、ちようの世界にも入っていっちゃいますから(笑)。

清川:私のシリーズ作品『美女採集』は、美しい人物の「目に見えない本質」を採集し、永遠に眺められる形で封じ込めることをテーマにしています。湊さんの『人間標本』とは文脈が異なりますが、人間そのものを「標本化」する視点には共鳴を覚えました。美と怖さは紙一重の関係にあり、その境界を見つめてみたいという思いが作品の根底にあります。

廣木:美と怖さって、表と裏の関係かもしれない。

清川:私もそう思います。湊さんの作品を一ファンとしても、そしてアートの視点から見ても、まるで新しい物語の形を体験したような衝撃がありました。だからこそ、Amazonさんから「映像化チームに参加してほしい」とお声がけいただいた時は、とても課題が多すぎて気が引き締まりましたし、心からうれしかったです。「Amazonさん、ありがとう!」という気持ちと同時に、この挑戦に関われることへのワクワク感で胸がいっぱいでした。


「自分も標本になってみたいな」と憧れるようなところまでいけた

清川:実は、私は本のお仕事では何度かご一緒したこともあり、湊さんとプライベートでも仲良くさせてもらっているんです。映像化が決まった後でお会いした時に「清川さんの好きなようにお任せします。私には気を遣わないでね」と言ってくださったので、自分の思う通りにやりきることができました。

廣木:小説の中には、アート作品がいっぱい出てきます。少年たちそれぞれが、自分なりのスタイルでアートを制作しているんですよね。それを映像でどう表現するのかは、かなり悩んだところでした。映像の中で、アートがストーリーから飛び出してもいけないし、逆にアートがストーリーに負けていてもダメなんです。清川さんは、そこを中和するお仕事をしてくださった。

清川:ドラマに登場するアートは、主に私が選定・ディレクションを担当しました。廣木監督がおっしゃった通り、アートとストーリーを自然にませる必要があり、そのためにどうすればよいかは私自身もとても悩みました。特に「標本」のシーンは制作の中でも最も難しい部分でした。設計図や絵コンテの段階からそこに配置される一つ一つのオブジェまで、全ての要素を自らディレクションし、私自身も絵を描いたりと、細部にこだわり抜くことで作品世界のリアリティと緊張感を表現しようと試みました。気の遠くなる作業でした。さらにこだわったのは、五人の少年たちが描く絵を、彼らに近い世代のアーティストに依頼したことです。すでに第一線で活躍している作家ではなく、「これから」という段階のアーティストだからこそ、少年たちの感情や視点をより身近に感じ取り、作品に反映してもらえると考えました。


廣木:そうだったんですね。

清川:例えば、ダイくん(黒岩大)の黒ペン一色のペンアートを描いたアーティストは、SNSで見つけて直接声をかけたんです。まだとても若い作家で、普段は動物を描くことが多いので「人間は描けるかな……」と不安そうにしていましたが、「絶対に描けるよ!」と背中を押してお願いしました(笑)。また、ショウくん(石岡翔)の壁画を手掛けたアーティストも、芸術祭などで調べて見つけて依頼しました。

廣木:ショウくんの絵を描いてくれたアーティストは、撮影現場にも来てくれましたよね。ショウくんはコンクリートの壁に絵を描く子なんだけれども、役者も同じようにリアルに描くシーンがあって。現場でレクチャーをしてくれたおかげで、役者も不安なく描けたし、演じることができたと思います。

清川:一番大変だったのはやっぱり、標本ですね。

廣木:少年役の役者の全身をスキャンして、型取りして、現物を作って。

清川:私もその撮影に立ち会わせてもらったんですが、「どのポーズが一番その蝶になるか?」と計算しながら、少年役の役者さんたちにいろいろなポーズをしてもらいました。表情には一番こだわりましたね。グロテスクにならないように、「美しくあれ」と思っていました。

廣木:できあがった人間標本は、目が合うとドキッとしました。あれもまたアート作品なわけじゃないですか。撮影現場では盗まれないように、ガードマンを付けていたらしい(笑)。清川さんや美術スタッフのおかげで、本当にいいものができたんですよ。ヘンな言い方ですけど、不快感だけではなくて、「自分も標本になってみたいな」とあこがれるようなところまでいけたんじゃないかなと思っているんです。


湊さんの作品ってゴールがない。小説とドラマを行き来してほしい

清川:蝶から見た世界をどういうふうに表現するのかも、みんなでこだわって作ったところです。

廣木:少年たちがある瞬間から蝶に見える……という場面の演出は、一番苦労しましたね。ファンタジーにならないように、芝居を重ねて重ねて。この作品は、役者も相当大変だったと思いますよ。ただ、僕は現場ではほとんど何も言っていないかもしれない。

清川:逆にすごい!

廣木:確認はしますよ? 撮影の前に役者たちと話をして、「このシーンはこう演じたいと思っています」「うん、分かりました」と。僕は枠にハメるよりも、俳優それぞれのキャラクターを生かす方がいいものになると思っているんです。実際にみなさん、僕の想像を超えていきましたね。

清川:ビジュアル撮影で五人の少年たちが初めて揃った時は、驚きました。誰がどの登場人物を演じるのかが、説明されなくても分かったんです。(榊)至役のいちかわそめろうさんは、現代劇のドラマ初出演だったそうですが、さが役柄にぴったりで。無垢なのに華やかで、つい目で追ってしまう、れいな蝶みたいだなと思いました。

廣木:お父さん(榊史朗)を演じてくださった、西にしじまひでとしさんと並んだ時の雰囲気もすごく良かった。


清川:西島さんも、役にぴったりでした。西島さんは、研究者的な、物静かで少しオタク気質な部分がある……と私は勝手に思っていたので(笑)。

廣木:西島さん、ぜんぜんご飯を食べなかったんですよ。どんどんせていって、最後の方のシーンでは顔が変わっています。見た目から、榊史朗に合わせたいということだったんです。

清川:できあがった映像を観るのが楽しみです。一之瀬留美を演じたみやざわりえさんも素晴らしかった。たたずまいの中に、美と怖さが共存しているんです。

廣木:宮沢さんはプライベートでも絵を描かれているんですよ。その経験が今回の役に生きているのかな、と思います。杏奈(留美の一人娘)役の、とうあおいさんの演技もすごかった。少年役の役者たちは、彼女の演技に刺激を受けていた部分が大きいんです。今はまだ編集作業中ですが、観てくれる人がどう感じるか。特に小説を読んでくれた人がどういう感想を抱いてくださるのか、すごく興味があります。

清川:いつも思うんですが、湊さんの作品ってゴールがないと思うんです。読むたびに発見があるんですよね。特に『人間標本』は、レイヤーが何層にも重なるような仕掛けがたくさんあるし、それを映像化したらまた見え方も変わってくるはず。小説とドラマを行き来して、楽しんでいただけたらなと思います。


作品紹介



書 名:人間標本
著 者:湊 かなえ
発売日:2025年11月21日

イヤミスの女王、新たなる覚醒
人間も一番美しい時に標本にできればいいのにな――。ひどく損壊された6人の少年の遺体が発見されると、社会はその事件の異様さに衝撃を受けた。大学の生物学科で蝶の研究をする榊史朗は、蝶の世界を渇望するあまり、息子を含む6人の少年たちを手にかけたと独白する。蝶に魅せられ、禁断の「標本」を作り上げたという男の手記には、理解しがたい欲求が記されていた……。耽美と狂おしさが激しく入り乱れる、慟哭のミステリ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322409000509/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら

▼作品特設サイトはこちら
https://kadobun.jp/special/minato-kanae/ningen-hyouhon/

『人間標本』作品概要

タイトル:『人間標本』
配信開始日:2025年12月19日(金)より世界配信開始
話数:全5話 ※一挙配信
出演:西島秀俊 市川染五郎 
   伊東蒼 
   荒木飛羽 山中柔太朗 黒崎煌代 松本怜生 秋谷郁甫
   宮沢りえ 
原作:湊かなえ 「人間標本」(角川文庫/KADOKAWA 刊)
監督:廣木隆一
美術監修・アートディレクター:清川あさみ
主題歌:「愛情」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
製作:Amazon MGM スタジオ
作品ページ:https://www.amazon.co.jp/dp/B0FWX9LPYQ
※配信内容・スケジュールは予告なく変更になる場合がございます。
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