2025年12月19日より配信される実写ドラマ『人間標本』(西島秀俊・市川染五郎出演)で話題沸騰中の湊かなえさん。読者の感情を激しく揺さぶる心理描写と予想の付かない展開から「イヤミスの女王」の異名をとり、幅広い読者に愛されています。この記事ではミステリ評論家の千街晶之さんが、おススメの作品5作を厳選! 湊作品の魅力を語りつくしてもらいました。
イヤミスの女王・湊かなえのおすすめミステリ5選
『告白』双葉文庫
ある中学校の三学期の終業式の日、一年B組の担任・森口悠子は、クラスの生徒たちを前に、学校のプールで事故死したことになっている彼女の一人娘・愛美が、実はこのクラスの男子生徒二人に殺害されたのだと告発する(第一章「聖職者」)。森口は学校を去ったが、事態はそれでは収まらず、二年生に進級した二人の少年とその周囲の人間のあいだで悲劇が続発する。森口の復讐は終わっていなかったのか。
平成の「イヤミス」ブームは、著者のデビュー作『告白』によって定着したと言っていい。第二十九回小説推理新人賞を受賞した短篇「聖職者」は元来独立した作品だったが、これを第一章とする連作に仕立て直したことで、この物語は複数の人間の視点から語られる複雑な構成の作品へと生まれ変わった。各章では人間の悪意と愚かさとエゴイズムがこれでもかとばかりに描き込まれ、登場人物は誰も幸福にならない。それでいて、本書は読者を引き込むエンタテインメントとして見事に成立している。著者の非凡な語り口と構成力の賜物である。
「イヤミス」とは、人間の暗部を描き、読者に嫌な後味を残すミステリのことだが、『告白』の場合、結末は嫌さを突き抜けて一種のカタルシスすら感じさせるものである。本書が一過性のブームを超えて、刊行から十五年以上経った今も語り継がれる名作たり得た理由はそこにあったと考えられる。
▼作品詳細(双葉社オフィシャルサイト)
https://www.futabasha.co.jp/book/97845755134480000000
『往復書簡』幻冬舎文庫
あずみのもとに、高校時代に放送部の仲間だった悦子から手紙が届いた。悦子は、先週、放送部の元部員同士の結婚式に、千秋一人だけが欠席したことを気にしているようだった(「十年後の卒業文集」)。高校教師の敦史は、小学校時代の恩師・真智子から手紙を受け取った。昔の教え子のうちどうしても気になる六人と会って様子を教えてほしいという依頼に応じて、敦史は六人に会いに行く(「二十年後の宿題」)。国際ボランティア隊として外国に赴任した交際相手の純一に、万里子は手紙を書く。純一の決断に、十五年前のある出来事が関係しているのかどうかを確認するために(「十五年後の補習」)。
手紙のやりとりで構成された三つのミステリを収録した中篇集である(文庫版は短篇「一年後の連絡網」を追加収録)。それまでにも人間の主観同士のずれや証言の真偽を繰り返し描いてきた著者だが、本書では、手紙に記されたことが書き手の本心とは限らないし、そもそも書き手が本当に送り主と同じ人間とも限らない――という書簡体小説の特性をフルに活かして、人の心の奥底に秘められた意外な真実を浮かび上がらせている。
「イヤミス」ブームを牽引した著者だが、第四作『Nのために』あたりから、それだけにはとどまらない作風を示すようになった。そして第六作の本書では、著者は登場人物たちに優しい眼差しを注いでいる。その意味で新境地と言える一冊だ。
▼作品詳細(幻冬舎オフィシャルサイト)
https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344419063/
『白ゆき姫殺人事件』集英社文庫
ある雑木林で、化粧品会社の社員・三木典子が、全身を刃物で十カ所以上刺され、灯油をかけて焼かれた無残な遺体となって発見された。社内ではさまざまな噂が飛び交うが、やがて、被害者と同じ部署にいた城野美姫に疑惑が集中する。美しく人気があった三木に対し城野は目立たない存在であり、コンプレックスを抱いている可能性があった。のみならず、城野が交際相手の上司を三木に略奪されたという噂や、城野が事件後に消息不明になっているなどの事情もあり、彼女をめぐって世間では憶測が加熱する。
どこまで真実を語っているのか不明な数多くの証言、それらの背後に潜む人間の悪意、無責任にエスカレートする噂話……まさに著者の独壇場と言える作品世界である。だが、他の作品群と一線を画しているのは、本書がフェイク・ドキュメンタリー仕立てである点だ。架空のSNS投稿や週刊誌記事などが、いかにも実在するかのように写真つきで紹介され、ノンフィクションを読んでいるかのような臨場感を味わえる。
本書の大部分は、フリーライターの赤星雄治が事件関係者たちに行った取材の結果という体裁を取っている。彼の取材により、城野はプライヴェートを容赦なく暴かれ、子供時代に関する大時代な噂までもが紹介される。だがそこから浮上するのは彼女の虚像であって実像ではない。虚像が膨らんだぶん、ラストの大逆転は痛快かつシニカルである。
▼作品詳細(集英社オフィシャルサイト)
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-745158-0
『高校入試』角川文庫
県下有数の進学校である橘第一高校の入試をめぐってトラブルが相次ぐ。「入試をぶっつぶす!」と書かれて教室の黒板に貼られた模造紙。ルールに違反して携帯電話を入試会場に持ち込んだ受験生。一枚足りない答案用紙。そして、ネット掲示板で実況中継される受験内容。教師・受験生・保護者らは疑心暗鬼となり、事態は紛糾するばかり。一連の出来事を演出したのは誰なのか。
デビュー作『告白』以来、久しぶりに著者が学校を舞台にしたミステリだが、この小説が生まれるに至った経緯はかなり異色である。著者の小説は多くが映像化・ドラマ化されているが、本書はまず著者が脚本を執筆したドラマが先にありきで、小説はそのあとに発表されたのだ。
ドラマは群像劇の体裁を取りつつ、長澤まさみが演じた英語教師・春山杏子が一応主人公となっていたけれども、小説版は杏子の視点は多いにせよ特定の主人公はおらず、数多い登場人物の視点から成る短い章の連なりを、ネット掲示板の書き込みがつなぐ構成となっている。膨大な伏線が張られていて、著者の作品では最も本格ミステリ度が高いし、入試一週間前から入学式当日に至るまでのうち、特に入試当日の流れを細かく時間刻みに描くことで、タイムリミット・サスペンスにも通ずる臨場感を演出している。『高校入試 シナリオ』も書籍として刊行されているので、ドラマと原作がどう違うかは確認可能だ。
▼作品詳細(KADOKAWAオフィシャルサイト)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321509000157/
『人間標本』角川文庫
ある山中から六人の遺体が発見された。いずれも未成年の男性であり、着衣はなく、遺体は切断されたり、蝶の
著者の作品中、最も猟奇的な犯罪が扱われた一作である。愛憎や復讐や金銭欲といったわかりやすい動機ではなく芸術のための殺人という異様さ。そのために実の息子まで犠牲にしたというのも常軌を逸している。単行本版の巻頭には、六人の少年の遺体がどのように装飾されたのかを示す口絵が掲げられており(文庫版購入特典の特設サイトにも掲載)、この殺人事件の異常性が強調されている。六人の少年の遺体がどのように装飾されたのかを示す口絵が掲げられており、この殺人事件の異常性が強調されている。
しかし、著者の小説の愛読者ならば、いかにももっともらしく書かれた手記が、その書き手の本心を示すものとは限らない――と心得ている筈だ。中盤からは、SNSの抜粋や別の人物の手記などが紹介され、報道された事実だけではわからない意外な真実が明かされてゆく。事件の表面と裏面との巨大な落差が衝撃を生む作品である。
▼作品詳細(KADOKAWAオフィシャルサイト)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322409000509/














