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【書評】顔の見えない嫌キャラを描ききる――安壇美緒『イオラと地上に散らばる光』レビュー【評者:吉田伸子】

安壇美緒さんの最新刊『イオラと地上に散らばる光』の発売にあわせ、吉田伸子さんによるレビューをお届けします。

顔の見えない嫌キャラを描ききる



評者:吉田伸子

 ぞわぞわした。読んでいる間、心の奥がずっとぞわぞわしていた。
 物語の真ん中にあるのは、一人の女性が起こした刺傷事件。加害者は抱っこ紐で赤ちゃんを連れた若い女性。被害者は女性の夫の上司。女性の名前は、萩尾威愛羅。タイトルのイオラとは、彼女の名前だ。
 イオラが起こした事件を「リスキー」というネットメディアでバズらせたのが岩永清志郎で、「リスキー」の編集者である彼に雇われるニートの〝デニーズ〟、岩永の部下である小菅、岩永本人、岩永の妻、岩永本人と、章ごとに視点人物を変えて語られていく。
 岩永は以前、東光新聞社の第三広告局にいたのだが、いけ好かない上司(マジでクソなんですよ、こいつ)に東光新聞の関連会社に出向させられ、現在は「リスキー」編集部に籍を置いている。そりゃ、大手新聞社の本社の広告局から関連会社、というのは出向というよりは島流しなわけで、岩永が鬱屈を抱えてしまうのもわかる。いつか本社に、と臥薪嘗胆な日々であることも。でも、そもそも岩永というキャラが、なんというか嫌キャラなんですよ。
 例えば、岩永自身がリクルートした〝デニーズ〟に対して、やんわりと持ち上げつつの、どこか高圧的な感じとか。最初に〝デニーズ〟に名刺を渡した時、ついうっかり(と見せかけて、本当はわざと)広告局時代の名刺を出すところとか。かと思えば、自分を飛ばした上司には、ひたすらへらへら道化キャラを演じたりとか。まぁ、その道化キャラは、感情を動かさないための、岩永なりの防御ではあるのだけど。
 ずっとぞわぞわしたのは、ひとえにこの岩永のキャラにある。なんというか、自己肯定感が高すぎるんですよ。自己肯定感が高いというのは悪いことではないんだけど、高すぎると、それはそれで問題だよな、とこの岩永を見ていて思う。加えて、私には最後まで、岩永の〝顔〟が具体的にイメージできなかったのだ、実は。にやりと持ち上がった口角とか、自分を飛ばした上司に声を掛けられた瞬間の、への字口とかは浮かぶのに、彼の顔の全体像となると、ぼやけてしまう。そんな岩永を〝デニーズ〟はこんなふうに評する。
「清潔感というのは、うわべから情報が間引かれていること。(略)とにかく岩永はそういう印象を受ける男だった」「特徴らしい特徴がなく、人間らしい雑味に欠ける」。
 ね、ちょっとざわっとしませんか? 同時に、私はこの描写力にヤラれました。
 そんな岩永がバズらせた「イオラ事件」。育児のワンオペに絶望した果ての刃傷沙汰、なんですが、火をくべたの、岩永だし。そうだ、この岩永とネットというのが、これまたなんともざわっとするのだ。怖い、ともちょっと違うし、ヤバい、ともちょっと違う。うわっ、かな、一番近い感じは。なんかこう、エグいものを見たり感じたりした時の、うわっ。そして、この、うわっ、こそが作者の安壇さんの巧さだ。
 ネットの功罪や、ワンオペ育児については、リアルでもネット上でも、泡のようにぽこぽこと常に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返している(そして結局答えは出ない)ので、ここでは触れない。というか、そこは背景だと思うので。本書の肝は、やっぱりこの岩永というキャラなのだ。そして、この岩永を描ききったことが、作家・安檀美緒が今、いかに充実しているかの証左なのだと思う。

作品紹介

書 名:イオラと地上に散らばる光
著 者:安壇美緒
発売日:2025年11月18日

読んでしまったらもう傍観者ではいられない。衝撃と共感の事件小説
「検索すればすぐに出てくるよ。赤ん坊を抱いたまま旦那の上司を刺しに行った女。なんか怪獣みたいな名前でさ」
ワンオペ育児で追い詰められた母親が夫の上司を刺傷した。彼女は赤ん坊を抱っこ紐で帯同したまま犯行に及んだという。事件を取り上げたWEB記事をきっかけに、イオラという犯人の特徴的な名前や事件の異常さが注目を集め、SNS上ではイオラ擁護派と否定派の論争が過熱。記事の担当者・岩永清志郎は、大きな反響に満足しながら、盛り上がりが続くよう新たなネタを探して奔走するが……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322501001202/
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