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【書評連載「物語は。」】ワークライフバランスはそれぞれの家族の中にある――アンソロジー『パパたちの肖像』【評者:吉田大助】

これから“来る”のはこんな作品。
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(本記事は「小説 野性時代 2025年10月号」に掲載された内容を転載したものです)

書評連載「物語は。」第140回

外山 薫・行成 薫・岩井圭也・似鳥 鶏・石持浅海・河邉 徹・カツセマサヒコ『パパたちの肖像』(光文社)



評者:吉田大助

ワークライフバランスは
それぞれの家族の中にある

 七名のパパ作家たちが父親目線から家族の物語を紡ぐ『パパたちの肖像』は、二〇一〇年には流行語大賞のトップ10に入ったイクメンがもはや死語となり、男性も育児や家事をするのが「当たり前」となった令和ならではのアンソロジーだ。
 第一編「ダディトラック」(外山薫)は、信託銀行の東京本社に勤めるパワーカップルの物語。夫のいけやまはかつて営業マンとして飛び回っていたが、今は総務部で定時業務を粛々とこなす。「女性活躍」のトレンドに乗っかり、妻のゆうが管理職に抜擢されたためだ。あからさまな社内調整で夫は異動させられ、家庭において育児や家事のメインを担わされることに。〈マミートラック──。育児を担う女性が自分の意思とは関係なくキャリアを閉ざされる現象を指すらしいが、ならば妻のためにキャリアが詰みかけている今の自分の立ち位置はダディトラックとでも呼べばよいのだろうか〉。その生まれたて、できたての複雑な感情は、これまであなたの役割を女性たちが担ってきたんだよ……といった十把一からげの一般論では決して癒せない。主人公が現実との自分なりの折り合いの付け方を見出すしかない、と進んでいく物語は、本アンソロジーを象徴する一作と言える。
 第二編「俺の乳首からおっぱいは出ない」(行成薫)の主人公は、生後六ヶ月の娘にとって母親と同じように「特別」な存在になりたいがあまり、母乳を出すことに憧れガチの努力を始めてしまう。第六編「髪を結ぶ」(河邉徹)の主人公もまた「よき父」であることに悩んでいる。妻とは違い、娘の髪をうまく結べない無力感や罪悪感の中から、自分は「子育てに向いてない」という疑いが生じるのだ。でも、「向いてない」のは自分だけじゃない。そここそが突破口になる。第三編「連絡帳の父」(岩井圭也)は、保育園の連絡帳を巡るミステリーだ。主人公には父親がいないはずなのに、実家で見つけた二八年前の連絡帳に、たった一日だけ記入者欄に「父」の一字があった。これは何なのか? 〈子どもと一緒に笑ったり泣いたり怒ったりしながら、一日一日をしぶとく積み重ねることでしか、おれたちは親になれない〉。「しぶとく」の四文字に心を打たれた。
 ファミリーマンションの一室で起こった消失劇を描く第四編「世界で一番ありふれた消失」(似鳥鶏)、父は母より息子の気持ちを理解できるという一般論を逆手に取った第五編「息子の進学」(石持浅海)。掉尾を飾る第七編「そういう家族がそこにある」(カツセマサヒコ)は、育児や家事を巡る現代の「当たり前」に押し潰され、かき消され、飲み込まされている言葉があるということを赤裸々に記録していく。主人公のあきらは、共働きをしていた妻のが疲れ果て、壊れかけている姿を目の当たりにして、話し合いのすえ専業主婦になってもらった。にもかかわらず、周囲からは育児や家事を押し付けていると非難を受ける。「当たり前」がガラッと変わったからこそ現れた、新しい地獄だ。そこに欠けている視点を、この物語は鋭く、端的に指摘する。〈一般論で片付けられる家なんて、一個もない〉。家族の形はそれぞれ、ということ。その形とは変わるものであり、変わることは希望でもあるということだ。
 ワークライフバランスという言葉が使われるようになって久しいが、本書を読み進めながら、これまでその言葉は個人目線で使われることが多かったと気がついた。仕事と生活、あるいは育児と家事、ワイフとハズバンドのバランス……は、家族の中で探り合うものでもあるのだ。世間が突きつけてくる「当たり前」を一旦捨てて、自分たち家族なりのバランスを探ってみる。本書を読めばきっと、そんなふうに心が動き出すことだろう。

【あわせて読みたい】
『ありか』瀬尾まいこ(水鈴社)



 本屋大賞受賞の『そして、バトンは渡された』など、血の繫がりのない家族の物語を描いてきた作家の最新作は、血の繫がりのある「普通」の母と娘の物語。シングルマザーとして一人娘のひかりを育てる26歳のそらを主人公に据え、さまざまな変化に満ちた1年間を追いかける。多様性が受け入れられてきた時代だからこそ、「普通」の中身を今一度見つめ直す意義がある。


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