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【解説】シリーズが進むにつれ、ますます無敵度アップ――『三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走』赤川次郎【文庫巻末解説:吉田伸子】

赤川次郎『三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走』(角川文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!



赤川次郎『三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走』文庫巻末解説

解説
よし のぶ

 画壇の巨匠である祖母・さち、スイーツ好きな母・ふみ、そして私立高校に通うあまもと家三世代の女たちが活躍する「三世代探偵団」。シリーズ5作めの本書は、なにやら危なっかしいプロローグで幕を開ける。
 恋人の体調を案じたマリエが、予定を中止するよう懇願している場面だ。それを振り切って、部屋を出るかつひさ。胸に小型けんじゆうを隠し持って、向かった先は宝石店。克久は仲間と共に宝石店の強盗を企てていたのだ。
 克久自身、不調を自覚しており、「早く片付けて逃げる」予定だったのに、そうは問屋が卸さなかった。頑丈なものに替えられていたガラスケース(たたき割っても粉々にならない)のせいで、仲間の一人が手首を切って流血。克久も元ラグビー選手だった店員に背後から抱きつかれてしまう。仲間は既に逃げてしまっている。焦った克久が、思わず拳銃を取り出し、威嚇のために手を振り回したその時。弾丸が入っていないはずの拳銃から弾丸が飛び出し、店員を撃ってしまう。みるみる赤く染まっていく白いワイシャツ。
 その銃声を聞き分けたのが、演劇部の部活仲間と、資料探しに来ていた有里だ。それだけなら、たまたま宝石強盗の銃声を聞いたで終わったはずだが、克久の父親が、そんなに有名ではないものの、ぼりさとるという画家で、幸代の知人だったことから、またまた天本家三世代が、事件に巻き込まれていく。
 本作も、他のあかがわミステリ同様、多数の登場人物が次々にあらわれる。克久が逃げ込んだアパートの部屋の住人・とも、克久の父・覚、覚の愛人・あつ、克久の兄貴分・なかまつ、裏社会で力をつけて来ている(半グレの親玉格?)くろさき、黒崎の妻・みのり、黒崎の手下のむら……。彼ら、彼女らを「三世代探偵団」の単なるエキストラとして描くのではなく、それぞれのドラマをもきっちりと描いていく、というのが赤川ミステリのスタイルだ。
 知美はただ一度のうわで、「夫も娘も。そして『我が家』すらも」失って、一人で小さなアパート住まい。それまでは、夫のとは別に、買い物などに使っていた小型車もあった暮らしだったのに。中学生の娘は当然、夫のもとだ。宝石店強盗の犯人である克久を、なんとなくかくまうことになったのは、一人暮らしの寂しさ、わびしさがあったからだ。「息子、というほどではないが、年齢の離れた弟みたいな気がしていた」。
 この、知美がつい克久を匿ってしまう場面がうまいのは、知美の寂しさだけではなく、克久が根っからのワルではないことがわかるからだ。いくら身につまされたとはいえ、克久、強盗殺人犯ですよ。普通は克久が貧血で気を失って倒れている隙に、110番通報しますよね。実際、知美も一度は通報しようと思ったんですよ。でも、克久の「マリエ……。ごめんな……」「お前の言うこと聞いてりゃ……。俺が馬鹿だったよ……」といううわごとに、ふと、自分が助けてあげないと、と思ってしまう。
 黒崎とみのりのドラマも読ませる。裏社会ではこわもての黒崎だが、妻のみのりと一人息子のえいいちが待つ家に帰れば、一人の夫であり父親だ。四十歳の黒崎と、二十八歳のみのり。黒崎からすれば「ちょっと太めで、格別美女というわけでもない」が、「そばにいてホッとする女」だ。みのりはみのりで、黒崎が帰宅してに入れば入ったで、黒崎が脱いだものを拾い上げ、洗濯物のかごに入れ、風呂上がりの下着やパジャマをきちんとたたんで脱衣所に置いておいたりと、細やかに世話を焼く。黒崎に別の女の影を感じつつも、黒崎なりに自分と息子を大事にしてくれていることがわかるので、今の生活を大事にしたいと思っている。
 こういう“脇のドラマ”がしっかりと描かれていること、そして、そこにさりげなくこんにち的な問題を加味していることが、赤川ミステリの強みというか、人気の一つではないか、と思う。
 そして、肝心の「三世代探偵団」は、シリーズが進むにつれ、ますます無敵度アップ。幸代のオールマイティ感は本作でもばりばり全開。とはいえ、幸代がけたはずれに大金持ち、みたいな設定ではなく(いや、もちろんお金持ちではあるのですが)、巨匠クラスの画家、というのが絶妙じゃないですか? この幸代の設定があってこその、幸代を崇拝するむらかみ刑事だし、今作ではなんと外務大臣のかめまでが、幸代を「先生」と呼ぶのだ(亀井は知人が亡くなる時の遺言で、幸代の絵をのこされていた)。
 克久の兄貴分である中松が、黒崎によって家族を人質に取られた時も、幸代の作戦が見事に成功して、中松の家族は無事ことなきを得る。こういうミステリ的なトリックがさりげなく入れてあるところも巧い。「さすがお祖母ばあちゃん」と褒める有里に、「誰だって思い付くわよ」と幸代。いやいや、思いつきませんってば。「ただ、思い切って実行できるかどうか、ってことよ」。いやいや、なかなか実行もできませんってば。
「三世代探偵団」の頭脳が幸代なら、孫の有里は、村上にバックアップされつつの“実働部隊”で、若さゆえの向こう見ず(でしょ、どう見たって)で危険もなんのその。こと事件に関しては好奇心の塊のような彼女が、物語のけんいん役にもなっている。
 そして、そして、有里の暴走にいつもくぎを刺し、村上にお小言を言っている文乃が、今作ではお見事!な活躍を見せる(実際の文乃の行動は、本書を読んでください)。文乃もやる時はやるのだ。そう思えば、彼女もまた、天本家の女性なのである。
 加えて、シリーズ4作めとなる前作『三世代探偵団 春風にめざめて』で、村上への想いを幸代に打ち明けた有里の、村上へのラブラブモーションが、もう。微笑ましいやら、危なっかしいやら。まぁ、前作で村上は、文字通り身体を張った活躍ぶり(犯人とみ合いになり、刺されてしまう)だったわけで、そんなの目にしたら、きゅんっ!となるでしょう、そりゃ。
 村上も村上で、いくら崇拝している画家(とその家族)とはいえ、捜査上の案件に関することを、そんなにぺらぺら話しちゃっていいのか? とか、毎回毎回、文乃から責められてるばかりで、もう少しうまく有里を御せないの? とか、思うところは多々あるものの、村上もまた、有里とともに物語の推進力になっているので、あまりこだわらずに読んで欲しい。
 物語の終盤、黒崎に、ひたすら従順に尽くして来たみのりの変化が描かれているのだが、そこもいい。人は変わる、変われる、ということを、こんなふうにさりげなく描くあたりにも、赤川ミステリが人気なのがわかる。
 最後に、シリーズ2作めの書評を書いた時、もし映像化するなら、と勝手にキャスティングを妄想したのだが、当時は、幸代にくさぶえみつ、文乃にさいとう、有里にきよはら、だった。あれから5年、妄想キャスティングもアップデートしてみました。幸代はだい、文乃はひらいわかみ、有里はたかいしあかり。過去版も、アップデート版も(密かに)自信ありです。

作品紹介



書 名: 三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
著 者:赤川次郎
発売日:2025年09月22日

女子高生・有里が遭遇した宝石強盗事件の行方は? 大人気シリーズ第5弾!
繁華街の宝石店で強盗殺人事件が発生した。犯人の1人が画家の息子であることを突き止めた村上刑事は、日本を代表する画家・天本幸代に情報を求める。孫の有里は事件発生時、現場近くに居合せたことから自身も捜査に協力することに。地道な捜査の結果、一度は犯人を追い詰めるもあと一歩のところで逃がしてしまった2人。さらなる手掛かりを追ううちに、犯人をある計画に利用しようとする裏社会の人物がいることが判明して……。書き下ろしのあとがきを特別収録。大好評シリーズ第5弾!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322402000644/
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