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試し読み

【試し読み】游永会の奴らは全員、俺の標的や。――増島拓哉『飢える骸』冒頭特別公開!(2/3)

小説すばる新人賞デビューの新星、増島拓哉さんの最新刊『飢える骸』が、2025年12月22日(月)に発売されました。
組へのクーデターを謀る二人の極道が、「絶対に手を出してはいけない男」を利用しようとしたことで転がり始める、圧巻の極道エンターテインメント! 刊行を記念し、その冒頭を全3回に分けて特別公開します。

抗争、謀略、敵対組織、公安、裏切り、絆――全部盛り!
あの大沢在昌さんに「やりすぎ」と言わせた小説、気になりませんか?

とにかくページを捲る手が止まらないことをお約束します。是非お楽しみください!



増島拓哉『飢える骸』試し読み(2/3)

 タクシーから降り立つと、雨を予感させる匂いが強まっていた。にび色の雲が厚く垂れ込めている。すながわおりはカルティエの腕時計を見やり、つかぐちさんさんタウンの2番館に直行した。スーパーや様々な専門店、文化施設までもがテナントに含まれる、複合型商業施設だ。
 一階にあるカレー屋に入店した。ちゆうぼうを取り囲むようにしてカウンター席がコの字型に配置され、テーブル席はない。木目調の店内にはクラシック音楽が流れ、間接照明が設置されている。落ち着いた雰囲気だ。出口に最も近い席に、腰を下ろした。
「特選ビーフカレーとビールを」
 低く澄んだ声で注文を伝えると、すぐにキリンの瓶ビールが提供された。コップに注ぎ、一口で飲み干す。くちもとの泡をぬぐい、二杯目を注いだ。
 わずか二分ほどで、皿に盛られたライスと焦げ茶色のルーが入った銀色のポットが出てきた。スプーンを手に取り、無言で食べ始める。よく煮込まれた牛肉と野菜のうまが、コクのある赤ワインの酸味に絡んでいる。スパイスの辛さもちょうどいい。ゴロゴロと入った牛肉は、歯を使わずとも口の中でやわらかくほぐれた。卓上のザーサイを投入し、ルーとライスと一緒に口に運ぶ。ごま油と塩味が効いており、いいアクセントだ。
 三分で平らげ、伝票を手に取って立ち上がる。すぐに、若い女の店員がレジの前に立った。現金で勘定を済ませ、店を後にした。
 黒革のシャネルのバッグから、シュガーレスのキシリトールガムを取り出す。人並み以上にハイブランドが好きという訳ではないが、仕事の際は常に、フォーマルに近いで立ちでブランド物を身に着けるようにしている。仕事で相手にするのは大抵、年齢や性別、人種や国籍で人を判断するタイプの連中だ。今日も、ひざ下まで丈のあるディオールの黒のドレスを着ている。
 奥歯でガムをみ、表面のコーティングが砕けるここい感覚を味わいながら、目的地へと急ぐ。小雨が降ってきたが、折り畳み傘を差すほどではない。タワーマンションに到着し、一階エントランスのインターフォンを鳴らした。三度目でようやく、警戒心に満ちた声が応じた。
 ―はい?
「はじめまして。かたおか会長ですね。執行部から依頼されて参りました、砂川と申します」
 ―執行部? なんで、そんな。
 片岡が言葉を詰まらせた。
「お話ししたいことがあります。開けていただけますか」
 抑揚のない声で言った。返事はない。
「素性を疑っているなら、しかるべき人間に連絡して、ご確認ください」
 ―俺は、何も聞いてへんぞ。
「ええ。ですから今、お伝えしています」
 片岡がうなるような声を発してから、ぞんざいな口ぶりで続けた。
 ―ちょう、待っててもらえますか。
 五分ほど待たされてから、応答があった。
 ―開けるんで、入ってもろて。
 オートロックが解錠された。エントランスを抜け、エレベーターで二十一階まで上がる。外廊下のりから、下をのぞき込んでみた。一階まで吹き抜けになっている。背筋があわつ感覚と共に、落下したい誘惑に襲われた。
 小さく首を横に振り、足早に部屋へと向かう。インターフォンを押すと、待ち構えていたように扉が開いた。
 片岡があごをしゃくった。値踏みするように無遠慮な視線を向けてくる。
「失礼します」
 開放感のある室内に通され、ベランダの窓に面した席に案内された。
「ビールでよろしいか」
「いえ、結構」
「ああ、そう」
 片岡が丸テーブルの対面に腰を下ろした。一見、ただの老人にしか見えない。シミの目立つたるんだ肌は、ヤニで汚れた歯と同じくらい黄ばんでいる。襟のないグレーの寝間着姿だ。
「あんた、年は?」
「三十八歳です」
「若いなあ、うらやましいわ」
 そう言って目を細め、窓の外に視線を移した。
「ええ景色やろ。夜になったら、もっとええ」
 窓からは、あまがさき市内を一望できる。
「暴力団追放運動で、アマから組事務所は一掃された。複数あった事務所をゼロにしたのは、当時としては全国初やったらしいですわ。けど、ナンボ街から嫌われても、この街が好きでね。こっそり住んどる。よう分かりはりましたね、このマンションが」
 砂川は微笑を浮かべてうなずいた。片岡が低い声でうなった。目の奥で、光が鋭く輝く。
「事務所の方に、来たらええやろ」
「大勢の組員に、囲まれたくはありません。直接、片岡会長とだけ話がしたかった」
「女一人で極道の家に上がり込むのも、だいぶリスキーやと思うけどな」
 粘っこい視線を向けられた。肩まで伸びたミディアムストレートの黒髪をき上げ、冷たい笑みを返す。
「執行部からの客に妙な気を起こすほど、愚かではないでしょう」
「愚かやから、極道になったんやで」
「なら、試してみますか」
 笑みを打ち消し、片岡を見据えた。片岡が鼻白んだような表情を浮かべ、砂川の目からセリーヌのピアスへと視線をらす。
「あんたは、何者や」
「警察には、監察官というポストがあります。警察内部の不祥事や内部規則を犯した者の調査をする仕事です。私はそれのヤクザ版だと思ってもらえれば、話は早い」
 片岡が目を瞬かせた。片岡は日本最大の暴力団・ゆうえい会の中で、わかなかと呼ばれるポストに位置する極道だ。七代目游永会会長とじかに親子のさかずきを交わし、自身も三代目ばら会を率いている。小原会の下にはさらに、複数の傘下組織が存在する。
 現在の若中の数は三十二名であり、構成員、準構成員併せて八千人を超える游永会の中では、トップクラスの幹部と言える。
 一方、執行部は、若中の代表であり游永会の実質的なナンバーツーである若頭を筆頭に、舎弟頭、本部長、七名の若頭補佐の計十名によって構成されている。いずれも片岡より立場が上の最高幹部の集まりであり、游永会の運営の中心を担う組織の核だ。
「あんた、執行部の誰かのこれか」
 片岡が右手の小指を突き立てる。
「いいえ。執行部から雇われている、単なる外部委託に過ぎません」
「何者や。その年で、女で、そんな仕事。普通やないやろ」
「私の素性を説明する気はありません。そろそろ、本題に入っても?」
 冷めた声で言うと、片岡がかたまゆり上げた。
「何やねん。俺がなんや、組を裏切るような真似をしたとでも?」
「近頃、ふなこし組の組長と険悪なムードにあるとか。執行部は、そのことを懸念しています」
 片岡が苛立たしげにため息を洩らした。
「あれは向こうがイチャモン付けてきたんや。大体、そういうことなら、上の人間が直接連絡してきてくれたらええやろ」
「末端のチンピラはともかく、二次団体や三次団体の大物同士が絡んだめ事に関しては、怪我人や死人が出る内部抗争にまで発展する恐れがある。それを回避するために、揉めている当事者達と一切関係のない人間、すなわち組員ではない私のような人間が派遣され、双方からの聞き取りや事実関係の調査、場合によっては仲裁までを執り行うことになっています」
「初耳やな」
「周知を図っている訳ではありませんから」
「えらいドライいうか、ビジネス的やな。今っぽいわ。極道は仁義の世界と違うんか」
「義理人情が混乱をもたらすときもある。たとえばもし、船越組の組長と親交の深いお偉方が、一方的に片岡会長を責めるような物言いで仲裁に乗り出してきたとしたら、どう思われますか」
「まあ、ええ気はせんわな」
「ええ。そのうつぷんが蓄積し、いずれ爆発することを執行部は懸念しています。だから、私が派遣される。公平中立で、誰にも肩入れしない存在として」
「巌組の末路を見たら、ナンボ不満があっても、本家に歯向かおうとは思わんけどな」
 片岡がつぶやいた。あざけりに似た響きがあった。
「跳ねっ返りは、一定数いるものですから」
 十一年前の八月、十三名の直系組長が七代目游永会を離脱し、巌幹郎を組長とする巌組を設立した。巌組は游永会の現体制や金権体質を強く批判し、多くの死傷者を出す抗争がいまだに続いている。だが、巌組は資金力と組織力の差から、徐々に衰退の一途を辿たどっている。巌と共に分裂を主導した内の一人であり、巌組の若頭だったとうきよは昨年末、游永会側に出向いて謝罪までした上で、極道を引退した。
「本題に戻りましょう。実は今朝、船越組組長の自宅にも伺ってきたところです」
「ほう? なんで向こうが先や」
「移動経路の問題です。それ以外に理由はない」
 にべもなく言い放つと、片岡がからせきを一つした。
「船越組がバックについている大規模な特殊詐欺グループに若い男が新しく入り、ノウハウを学んだ頃にこつぜんと姿を消したのが、およそ二年前。半年ほどして、船越組は自分達と同じ手口で詐欺を行っているらしいグループの存在を察知したが、特定には至らなかった。
 そして八日前、船越組の組員が街中で、その男と小原会の組員が一緒にいる現場を偶然目撃した。小原会がスパイを送り込み、詐欺のノウハウを盗んだのだと、船越組は考えた。
 三日前、船越組は小原会の組員をして暴行を加え、口を割らせた。組員は解放されたが、あなたは船越組に連絡を取って許さないとげきこうし、船越組の組長も望むところだと応酬。それ以降、まだお互い何も行動には移していないと。間違いありませんね」
「長々と。得意げにようしやべっちゃの」
 片岡が小さく舌打ちした。
「小原会、船越組双方共、賠償の必要はないが、今後一切の報復活動も行わない。その条件で、和解に合意してもらえますか」
「おねえちゃん。こっちはの、盃交わした子分のさらわれて、リンチされとんねん。釣り合いじゃ? 何を眠たいこと抜かしとんねん」
 高圧的な口調で言い、ろんまなしを向けてきた。
「なんで、あんたの言いなりにならなあかんねん」
「この条件で和解の提案をするが構わないかと執行部に判断を仰ぎ、了承を得ています」
「サラリーマンと違うねん、極道やろ。スパイ送り込まれてシノギのノウハウを奪われた? そんなもんは、脇の甘い船越組の不手際じゃ。こっちは子分のたまられ掛けたんやぞ」
「そちらの組員が船越組に拉致されたのも、脇が甘かったが故の不手際に過ぎません」
「なんやと、コラ」
 片岡が声を荒らげた。砂川は奥歯でゆっくりとガムを噛んだ。
「そういう論理も、成り立ってしまうという話です」
「知るかい」
「二年間で、二十億円近く手に入れたはずです」
 片岡の表情が、驚きと警戒に変わった。
「船越組から盗んだノウハウを発展させ、船越組より効率的にたんまりと。船越組は、その額までは把握していないでしょう。向こうは軽率な行動を取ったと今更ながら思ったらしく、和解の条件をみました。小原会がスパイを送ってきたことは、水に流すと。この辺りで矛を収めるのが、賢明じゃありませんか」
「お前、どうやって調べた?」
「仕事ですから」
「答えになってへん」
 荒っぽい言葉とは裏腹に、気勢をがれた口調だ。
「和解を受け入れていただけますか」
 片岡のそうぼうを見据えたまま、尋ねた。
「まあ、今どき金にもならん内部抗争なんぞしても、アホらしいだけか」
 片岡が思案気に言い、頷いた。
「分かった。まあ、ええわ」
「和解を受け入れるんですね」
「そうやっちゅうてるやろ。しつこい」
「それでは、そのように報告しておきます。もし今後、和解を破るような行動に出た場合、それは船越組に対してだけではなく、執行部への敵対行為だとされることになります」
 片岡がおざなりに返事をし、手をひらつかせる。
「お時間いただき、ありがとうございました」
 かすかに頭を下げ、立ち上がった。ドアノブに手を掛けたところで、背後から呼び止められた。
「もっと愛想ようせな、可愛げないで。女のくせに、気ィ強過ぎるわ」
 憂鬱が頭をもたげた。規則的なリズムでガムを嚙み、冷笑を浮かべて振り返った。
「器が小さいんだね、男のくせに」
 片岡の顔が紅潮した。ぞうごんを背に受けながら、部屋を後にする。玄関でディオールの黒いパンプスを履き、扉を開いて外に出た。雨は烈しさを増していた。

(第3回は12月25日(木)18時に配信予定。お楽しみに!)

作品紹介



書名:飢える骸
著者:増島拓哉
発売日:2025年12月22日

大沢在昌氏、賞賛! 新鋭が放つ、圧巻の〈極道エンタメ〉!


大沢在昌氏、賞賛!!
「やりすぎだろ、増島。」

関西を拠点とする日本最大の暴力団・游永会。その最大派閥の若頭・瀬良は、兄弟分の森山とクーデターを画策する。それは、かつて「骸」と恐れられた元殺し屋・巌が率いる巌組と游永会の抗争激化を煽り、その混乱の中で両組織のトップを殺害するというもの。しかし瀬良たちが動き出す直前、巌は游永会組員を自発的に襲い始める。巌を抗争に向かわせる手間が省けたと喜び、これを利用しようとする瀬良と森山だったが、巌は二人の想定を遥かに超えた“化物”だった......。

小説すばる新人賞受賞の新鋭が放つ、制御不能の極道エンターテインメント!

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