三津田信三の最新刊『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』の巻末にある著作リストを見て、「こんなに沢山著書が出ていたのか」と改めて認識して驚いてしまった。思えば、著者が『ホラー作家の棲む家』(文庫版で『忌館 ホラー作家の棲む家』と改題)でデビューしたのが 2001年。それから約四半世紀も経っているのだから、これぐらいの数の著書があって不思議ではないのだが。
こうなると、どういう傾向の作品があるのか、どこから手をつければいいのか、著者の全体像を掴みかねている読者もいると思われる。本稿では、『歩く亡者』『寿ぐ嫁首』の「怪民研」シリーズ2作を中心に、三津田ワールドのわかりやすい読書マップを作成してみたい。
「怪民研」シリーズ刊行記念!
三津田信三作品の読書マップ
「怪民研」シリーズには「刀城言耶」シリーズの外伝の要素があるので、まずそちらから紹介したい。刀城言耶は、 2006年刊行の『厭魅の如き憑くもの』で初めて登場したキャラクターで、東城雅哉という筆名を持つ怪奇幻想作家。怪異譚の蒐集のため日本各地を放浪しており、訪れた地方で怪事件に遭遇し、素人探偵として活躍する場合が多い。基本的に礼儀正しい人物だが、怪異譚が聞けそうな時は、場の空気を読まずに前のめりになってしまう一面がある。
「刀城言耶」シリーズは現時点で、長篇が8冊、中短篇集が3冊ある。おどろおどろしい風習や怪異の伝承などが絡む事件を合理的に解明するが、最後には怪異の存在を完全には否定できないまま終わる……というのが特色だ。刀城言耶は思いついた推理をすぐに否定して新たな推理を構築する癖があるので、特に長篇の場合「ひとり多重解決」とも言うべき様相を呈することが多い。シリーズのうち『水魑の如き沈むもの』は第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受賞した。
刀城言耶は京都の仏教系私大・無明大学の学長の好意により、同大学図書館棟の地下に蔵書を保管している。室名は「怪異民俗学研究室」、略して「怪民研」。拝み屋を祖母に持つ女子学生・瞳星愛は、ここで天弓馬人と名乗る人物と出会う。同大学の卒業生である彼は、刀城言耶の蔵書や蒐集品の整理をする代わりに部屋を自由に使うことを許可されている。そんな二人が活躍するのが「怪民研」シリーズだ。既刊2冊に刀城言耶は直接登場していないが、例えば『歩く亡者』の第一話の表題作で言及される瞳星愛の祖母の家がある兜離の浦は『凶鳥の如き忌むもの』の舞台でもあるし、第二話「近寄る首無女」で言及される怪異「淡首様」は『首無の如き祟るもの』に既出である……といった具合に、「刀城言耶」シリーズとは至るところでリンクしている。思いつきを口にしてすぐ否定する天弓馬人の推理方法も師と仰ぐ刀城言耶に似ているが、天弓の場合、とにかく極度の怖がりなので、怪異の存在を否定しようと必死で合理的推理を組み立てるのだ。
これら2つのシリーズの時代背景は昭和20年代後半~昭和30年代前半だが、現代を舞台にしつつ、両シリーズとリンクしているのが「死相学探偵」シリーズである。主人公は、他人の死相が視える特殊能力を活かして探偵業を営んでいる弦矢俊一郎。2008年の『十三の呪 死相学探偵1』に始まり、2021年の『死相学探偵最後の事件』で完結するまでの全8冊から成っている。各作品で起こる事件は独立しているものの、それらの背後に潜む謎の存在「黒術師」と弦矢俊一郎との対決がシリーズの軸となっている。三津田作品の中でもエンタテインメント性を重視したシリーズだ。『五骨の刃 死相学探偵4』で『厭魅の如き憑くもの』の神々櫛村の谺呀治家が言及されるなど、「刀城言耶」シリーズとのリンクは少なくない。「怪民研」シリーズとのリンクについては伏せておくが、興味のある方は『歩く亡者』を読んでいただきたい。
他に著者が生んだシリーズ探偵としては、「物理波矢多」シリーズの物理波矢多がいる。2016年の『黒面の狐』以降、現時点で3冊に登場しているが、1作目では炭鉱夫、2作目では灯台守……といった具合に、1作ごとに職業が異なるのが特色だ。他のシリーズよりはホラー度がやや控え目の堅実な本格ミステリだが、戦後日本の暗部を剔抉する社会派ミステリでもある。
デビュー作『ホラー作家の棲む家』以降、著者の三津田自身が狂言回し的に登場する一連の作品群があるが、やはり代表作は映画化もされた『のぞきめ』ということになるだろう。映画版では削除された趣向だが、著者自身らしき語り手を登場させて虚実を攪乱する仕掛けは、背筋『近畿地方のある場所について』などの近年のホラーで流行しているフェイクドキュメンタリー(モキュメンタリー)の先駆けと言える。
他にも『禍家』に始まる「家」三部作や、江戸川乱歩作品へのオマージュで統一した短篇集『犯罪乱歩幻想』、『赫眼』や『ついてくるもの』などのノン・シリーズ短篇集……等々、ヴァラエティに富んだ作品群が存在している。そのいずれもが、ホラーまたはミステリとして高い水準を示しており、両ジャンルを架橋するような趣向の作品も多い。令和のホラー・ブームといわれる現在、2000年代初頭からホラー・ミステリ一筋で執筆活動を続けてきた功労者・三津田信三の作品群は改めて読み返される必要がある。
作品紹介
書 名:寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理
著 者:三津田信三
発売日:2025年06月26日
婚礼の夜、「嫁首様」に見つかってはいけない。待望のホラーミステリ長編!
大学生の瞳星愛は、友人の皿来唄子に誘われ、彼女の実家で行われる婚礼に参加することになる。「山神様のお告げ」で決まったというこの婚姻は、「嫁首様」なる皿来家の屋敷神の祟りを避けるため、その結婚相手から儀礼に至るまで、何もかもが風変りな趣向が施されていた。婚礼の夜、花嫁行列に加わった愛は、行列の後ろをついてくる花嫁姿のような怪しい人影を目撃する。そして披露宴を迎えようというその矢先、嫁首様を祀る巨大迷路の如き「迷宮社」の中で、奇怪な死体が発見された――。作家であり民俗学研究者、そして名探偵としても知られる刀城言耶の怪異民俗学研究室、通称「怪民研」に出入りし、言耶の助手にして素人探偵の天弓馬人と共に数々の怪異譚の謎に挑んできた愛は、皿来家分家の四郎と共に事件の謎解きに挑むことになるのだが……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322411001465/
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書 名: 歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理
著 者:三津田信三
発売日:2025年06月17日
見れば見るほど何処か可怪しい――。
無明大学にある「怪異民俗学研究室」(怪民研)は、作家であり探偵である刀城言耶の研究室で、膨大な書籍と曰くある品で溢れている。瞳星愛は、昔遭遇した“亡者”の忌まわしい体験を語るため怪民研を訪れた。言耶の助手・天弓馬人は熱心に推理を巡らせ、合理的な解釈を語るが、愛は“ある事実”に気づいてしまう。首無女、座敷婆、狐鬼、縮む家――数々の怪異と謎に2人が挑む。本格ホラー・ミステリの名手による新シリーズ、開幕! 三津田信三ワールドの魅力が凝縮された連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322311000517/
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