TBS「THE TIME,」で話題の、青春バイオレンス文学!
『JK II』松岡圭祐
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『JK II』松岡圭祐
『JK II』松岡圭祐 文庫巻末解説
解説
タカザワケンジ(書評家)
JKとは何か。
女子高生(Joshi-Kosei)の略語だというのが、二〇二二年現在の日本での常識である。しかし本書を読めばJKがジョアキム・カランブー(Joachim Karembeu)の頭文字だと頭に
本書は前作『JK』の続編にあたる。主人公は
物語は『JK』で完結したかに見えた。しかし、この続編を読めば、前作が序章にすぎなかったことがわかるだろう。
『JK Ⅱ』では平穏な日常を取り戻した紗奈の視点で物語が始まる。日常を取り戻したと言っても、元通りの生活を送っているわけではない。両親はすでに亡く、戸籍上は彼女も死んだことになっている。顔も整形されて別人になった。ユーチューバー「
しかしダンス動画を撮影中の紗奈の前に、前作で紗奈に煮え湯を飲まされた川崎の暴力団、
ヤクザと警察。いまや二つの組織が紗奈を追っている。しかし、物語は紗奈からいったん離れ、
『JK』の魅力はまず主人公、有坂紗奈の「強さ」にある。ジョアキム・カランブーの心得を支えに鍛えた心身は、平和な世界ではK‐POPのダンスに発揮され、危機に直面したことで格闘技へと転用された。『JK』第一作のエピグラフにいわく「
ジョアキム・カランブーとは何者なのか。人間を襲う野生動物ばかりの山で遭難し、たった一人でサバイブした人物だと言う。インターネットで検索する限り架空の人物のようだが、その教えは武道家、格闘家、アスリート、ダンサーなどジャンルを問わず、その道を究めた達人の言葉を凝縮したかのようだ。「ジョアキム・カランブーの心得」は生きる術を究めた人間の
『JK Ⅱ』のエピグラフにもジョアキム・カランブーの言葉が引かれている。「〝火事場の馬鹿力〟とは愚かな幻想にすぎない」。この言葉をよく覚えておこう。そして、本書でこの言葉についてのくだりが出てきたときに
前作では窮鼠(窮した鼠、つまり追い詰められた弱者だ)である紗奈が、逆境で
紗奈は女子高生(JK)にしてジョアキム・カランブー(JK)思想の実践者なのである。JKにはこのようなダブルミーニングがあるわけだが、それも単なる
女子高生をJKと呼び慣らわすようになったのはいつからだろう。『現代用語の基礎知識』の2006年版に初登場しているから、いまの女子高生が物心ついたときにはJKという言葉で女子高校生が呼ばれていたことになる。この十六年、女子高生は大人の男性から「JKお散歩」や「JKリフレ」というような言葉で呼ばれる「JKビジネス」にかり出され、性的な対象として消費されてきた。しかし彼女たちは一方的に消費されるだけでなく、自分たちを「JK」と称することで、おしゃれや娯楽を消費する側に回るというしたたかな戦略も取ってきた。しかしそれが女子高生の性的消費を
「隠蔽したい側」とは、男性中心につくられてきた社会を疑わない人たちである。世界経済フォーラムは、経済、教育、健康、政治の四分野における男女格差を数値化した二〇二二年版「世界ジェンダーギャップ報告書」で、日本を一四六カ国中一一六位としている。男女の格差は一向に埋まらずにいる。
また日本は主に男性が女性に対する加害者となる性犯罪にも甘い。二〇一七年に性犯罪に関する刑法があらためられたが、実に一一〇年ぶりの大幅な改正だと言うから遅れているにもほどがある。しかも「
紗奈は自身が
作者の
『高校事変』の主人公は
一方、『JK』の紗奈は平凡な家庭に育った。それも現代日本の縮図のような家だ。父が勤める会社の業績が悪化し収入がダウン。紗奈は家計を助けるために介護施設とコンビニでバイトを掛け持ちしている。母は職場の過重労働から
この二人にもう一人のJK(女子高生)をおいてみたい。松岡圭祐の近作『ウクライナにいたら戦争が始まった』の
この小説は現実に起きたロシアのウクライナ侵攻の日時、場所に基づいており、ウクライナからの帰国者の証言が反映されている。そのため日常から非日常へと変化していくプロセスがきわめて具体的に書かれている。ただし登場人物の造形は創作である。作者自身が冒頭で「女子高生の視点で
琉唯は戦後七七年経ち戦争から遠く離れた(ように感じている)日本人の代表であり、暴力と無縁に生きる非力な私たちの象徴なのである。琉唯は有坂紗奈とも優莉結衣とも違い、特別な身体能力もサバイバル能力も持ち合わせていない。しかし、それでも窮鼠のごとく平時には想像もしなかったであろう生命力を発揮する。
『高校事変』が大胆な「if(もしも)」の設定に、実在する場所や武器、格闘技などで
では『JK』はどうだろう。『高校事変』はこの国のあり方、とりわけ安全保障と治安を問うスケールの大きな物語であり、ゆえに優莉結衣は常識破りの戦闘に挑まざるを得ない。一方、『JK』はいまのところ巨悪は登場していない。しかし巨悪ではないが、現実に多くの人を不幸にしている犯罪が次々に湧いて出てくる。身近に存在しながら誰もが目を背けている不都合な犯罪に対し、法治国家の外にいる「幽霊」である紗奈がたった一人で戦いを挑むのだ。
そして、この三作には大きな共通点がある。それは、か弱くて非力、経験値が少なく未熟だと思われている女子高生が過酷な状況を生きのびるというドラマツルギーだ。作者は『JK Ⅱ』にこう書いている。
「ほんのわずかな時間で物事を達成できるはずがない、そんなふうにいいたがる大人は多い。(中略)実際にはそこに不可能などない。アスリートのピークは十代後半だ。なにごとにも否定的な人たちは、真に切羽詰まった状況で、カランブーのような心構えに身を委 ねた経験がないのだろう」
私たちの目は偏見に曇り、事実を見ていない。生き抜くために智恵を絞り、死力を尽くす。それが人間という生き物の本質であり、生き抜く力は年齢や性別よりも個体差のほうが大きい。『高校事変』『ウクライナにいたら戦争が始まった』でも描かれてきた「サバイバル」というテーマが、よりソリッドにテーマとして浮上した作品、それが『JK』だと私は思う。だからこそ、生き抜くことを教えるジョアキム・カランブーの言葉が響くのである。もう一度作中から言葉を引用しよう。
「勝てなくてもまだ生きていれば、負けた経験が備わる。そこから負けないすべが見つかる」
この先に紗奈が付け足すもうワンフレーズがあるのだが、それは本文を読んでいただきたい。ジョアキム・カランブーの心得はいまを生きる私たちの指針になる。とりわけ未来ある若者たちにとって有用だろう。この時代にこの国でサバイブしなければならない、女子高生を始めとするすべての若者たちに贈るエンターテインメント──それが『JK』なのである。
作品紹介・あらすじ
JK II
著者 松岡 圭祐
定価: 770円(本体700円+税)
発売日:2022年09月21日
TBS「THE TIME,」で話題の、青春バイオレンス文学!
K-POPダンスが人気のユーチューバー「江崎瑛里華」。ある朝、投稿用動画の撮影中に川崎の暴力団、衡田組のチンピラが現れた。瑛里華の正体に気づいた男はナイフと銃で脅し、連れ去ろうとするが返り討ちに遭う。残されたバッグの中から犯罪計画と思われるメモを見つけた瑛里華は、自分を“幽霊”にしたヤクザたちの悪行を潰すため、記された日時に渋谷109に向かう。女子高生の聖地で、凄惨にして哀しい少女の復讐劇が始まる!
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