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レビュー

私たちを𠮟咤激励するダイナミックな小説――『明日の僕に風が吹く』乾ルカ 文庫巻末解説【解説:北上次郎】

北海道の離島を舞台に、未来を失った少年の再生と成長を描く感動作。
『明日の僕に風が吹く』乾ルカ

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

明日の僕に風が吹く』乾ルカ



『明日の僕に風が吹く』乾ルカ 文庫巻末解説

解説
きたがみ ろう  

 北海道の北西部から日本海沖約三十キロに位置する離島を舞台とする物語である。そこは、ケイマフリ、ウミウ、ウトウを始めとする八種類の海鳥が繁殖する「海鳥の楽園」で、バードウォッチングに訪れる観光客も少なくない。島の周囲は約十二キロ。小さな島だ。小中学校は一つで同じ校舎を使っている。高校も一つ。これは寮完備だ。一日三食付きで月四万円。限界集落化に歯止めをかけるために都会の学校に合わない子供も受け入れようと寮を完備したわけである。いわば離島留学だ。もしかしたら島に興味を持って将来島で暮らしたいと考えてくれるかもしれないという期待も、行政側にはある。
 というわけで、高校一年の川嶋有人が東京からこの島へやって来て、この物語が始まっていく。もっとも有人は、叔父の雅彦が島に一つだけある診療所で働いているので、寮には入らず、叔父さんとの二人暮らし。高校のほうは二年生が二人(陽樹と涼だ)。一年生も二人(桃花と誠)。ここに一年遅れで高校に進学した有人が入る。三年生はいないので、全部で五人。ちなみに涼と誠は島の子だ。涼は旅館の娘で、誠は漁師の息子。
 わざわざ東京から北の地の離島にやってくるのだから、有人には訳がある。その理由については本書をお読みになっていただければいい。ここでは、不登校になった有人を見かねて、叔父の雅彦が島の高校に誘うのがいきさつであると書くにとどめておく。島の様子も、寮完備の高校も、北海道の天売島と、天売高等学校をモデルにしたものと思われるが、それはともかく、ここから始まる有人の島の生活は、とてもリアルだ。誰も玄関に鍵などかけない島の暮らしが、丁寧に、そして瑞々しく描かれていく。陽樹も桃花も島外からこの離島に来ているわけだから、彼らにも事情があるわけで、それは徐々に明らかになっていく。
 乾ルカは、2006年に「夏光」で第86回オール讀物新人賞を受賞してデビューした作家だが、ホラー小説、ファンタジーだけにとどまらず、スポーツ小説にいたるまで、幅広い作品を書いている。小学生のさつきと理子を中心に女子スキージャンプの世界を描く『向かい風で飛べ!』、あまりに家賃が安いので訪ねていくと幽霊付きの部屋を紹介されるアパート小説『てふてふ荘へようこそ』、真正面から現代の友情を描く『モノクローム』など、どれも面白く、楽しませてくれる。直木賞の候補にもなった『あの日にかえりたい』も忘れてはいけない。
 そういう作品群の中から個人的に好きな作品を1作選べば、大藪春彦賞の候補にもなった『メグル』(2010年東京創元社/2013年創元推理文庫)。たとえば冒頭の「ヒカレル」だ。大学の奨学係(この連作集は、奨学係唯一の女性職員が「このアルバイトはいくべきです」と声をかけて始まる作品集だ)に、アルバイトを紹介された高橋健二が遠くの町に行く話である。指定されたお寺に行くと、本堂で寝るのが仕事だという。
「一人で寝ればいいんですか」という質問には次の返事がくる。
「高橋さんは昨夜遅くに亡くなったお婆ちゃんのご遺体に添い寝していただくんです。しっかりと手を握ってね」
 事情はゆっくりと明らかになる。お婆ちゃんは手だけ死後硬直がこなかった。こういうのをこの地では「引く手」といって、通夜の晩に引っ張っていっちゃうんだという。
「なにをですか」「生きている人を、あの世にです」
 だから、高橋さんは一晩ここにいて、お婆ちゃんの手を握って、それを止めてほしいんですよ、と言われるのだ。親しい人や親族だと、あっさり連れてかれちゃいますからね。無関係の人に押さえてもらいたいんです。
 というわけで、たった一晩だけの不思議なアルバイトが始まるという短編だが、これでまだ5分の1。ここからどういう物語が始まるかは読んでのお楽しみにしておきたい。切れ味鋭く、奥行き深く、素晴らしい短編だ。最後のオチも鮮やかで、忘れがたい作品となっている。
 本書『明日の僕に風が吹く』に話を戻せば、こちらは仕掛けのあるトリッキーな作品ではなく、ホラーでもなく、ストレートな青春小説である。ストレートという言い方が誤解を与えかねないので急いで付け加える。工夫がないという意味ではないのだ。久々に東京に帰った有人が、不登校のきっかけとなった道下さんから呼び出されるくだり(こんなことで人生狂ったなんてへこたれるほど弱くない、と断言する彼女は超カッコいい。さあ、どうする有人)を引くまでもなく、次々にいろいろなことが起こって、めまぐるしく展開していく。叔父の雅彦に起きる出来事、さらにその余波もここに並べれば、けっしてシンプルな、単色な小説ではない。色彩感鮮やかな、ダイナミックな小説といっていい。
 ストレートというのは、奇をてらわず、まっすぐに力強く描いているという意味だ。傷ついた少年の心が、静かに癒されて、再度立ち上がるまでの過程を、説得力をもって描いているということだ。
 後半何度も目頭が熱くなるのは、作者のその力が有人を奮い立たせるからだ。有人だけではない。私たちを𠮟咤激励するからだ。さあ、立ち上がれ有人。物語の背後から海鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。これはそういう小説だ。

作品紹介・あらすじ



明日の僕に風が吹く
著者 乾 ルカ
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年09月21日

北海道の離島を舞台に、未来を失った少年の再生と成長を描く感動作。
実家は病院で将来の夢は医師。東京で恵まれた中学校生活を送っていた有人は、学校で注目を集めたある出来事で希望を失い、引きこもり生活を続けていた。彼の行く末を心配した叔父の雅彦は、心機一転、北海道の離島の高校への入学を勧める。「海鳥の楽園」と呼ばれるその島で、たった4人の級友と島民に囲まれる日々。東京での暮らしとは全く違う環境に、有人が戸惑いながらも馴染み始めた頃、残酷な別れが彼を襲い……。未来を失った少年の絶望と再生を描く、感涙必至の青春小説。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001844/
amazonページはこちら


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