彩り豊かなごはん小説をとりそろえた角川ごちそう文庫から、全3回でとびきりのメニューをご紹介いたします。おいしく食べて、元気が出たら、そのまま読書タイムに突入するのもよし♡
夏の疲れには、おいしいものとすてきな本♪
角川文庫、12のごちそう【第2回】
メニュー5:サクサク黄金色の衣に包まれたイワシのオーブン焼き
古びた下宿屋「猫目荘」の名物は個性的な住人たちと、とてつもなくおいしいまかないごはん。満開の桜の中、猫目荘にやって来た結芽の心は重く……念願の漫画家になったものの、ヒット作を出せず、筆を折ろうと決意したのでした。そんな結芽の心すら躍らせる、とびきりのまかないメニューとは?
「本日のメインはイワシのオーブン焼きです。山小屋では当然、鮮魚など生鮮食品を扱うことはほとんどないですし、オーブンを使った料理も難しいですからね。地上はいいです」
そのほがらかな笑みに、思わずこちらまで幸せな気持ちになる。
皿に盛られたイワシのオーブン焼きは、意外な姿をしていた。エビフライやアジフライのように、カリッとした黄金色の衣をまとっているのだ。深山の説明によると、パン粉とチーズ、オリーブオイルなどの衣をつけてオーブンで焼いたらしい。付け合わせにはグリルポテトとミニトマト。
イワシのオーブン焼きが実家で出てきた記憶はなく、これが一般的な料理法かどうかはわからなかったけれど、食欲をそそる見た目なのは間違いない。焼き立てなのか、かすかな湯気とともに香ばしい匂いが鼻に届く。
いただきます、と言って箸を伸ばした。
サクッ、という音が聞こえるほどにパリパリサクサク食感だ。フライ特有のしつこさやべたつきがなく、すごく食べやすい。焼き立てであることに加え、オリーブオイルを使ったオーブン料理というのもあるかもしれない。
嚙みしめれば衣の奥にあるイワシの旨みと甘みがひろがっていく。肉とは違う、海の幸のおいしさを実感する。素材の持ち味を堪能したあとは、味変で少量のレモンを垂らして食べるのもいい。大満足の料理だった。
伽古屋圭市『猫目荘のまかないごはん 夢とふっくら玉子焼き』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322403000804/
メニュー6:色とりどりで目にも美味しい!京漬物会席
前田早智子は48歳。中高生3児を抱え、日々の家事に追われる毎日。ある日、見かねた姉から三嶋大社へ行こうと誘われます。日々の愚痴を神様に盛大に打ち明けてすっきり。お参り後のご飯がおいしいのもご利益のうち。ここから始まるアラフィフ姉妹のきまま旅!――今日のご利益メニューは野菜の滋味あふれる会席です!
「お待たせ致しました」
「わあ、すてき!」
アラフィフ姉妹の声がそろう。
なんとも京都らしい、見た目もかわいらしく上品なお膳だ。切り干し大根、ひじき煮、ちりめん山椒の小鉢が三つ。早智子には鮭、姉の奈緒子には豚肉の粕漬け。お揚げがたっぷり入った白みそのおみそ汁と、ほくほくと湯気の立つご飯。そしてメインの京漬物十種。やさしい色合いがうつくしく、水彩画のようである。
さっそく大根の漬物を頂く。ぱりぽりぽり。程よい塩気と小気味よい歯ごたえ。ああ、なんて落ち着くんだろう。そういえば最近、お漬物を食べていなかった。子どもたちが食べないものは、どんどん食卓から姿を消していく。
「ご飯、最高。ご飯でご飯が食べられる」
炊き立てのご飯の甘みとうまみを存分に堪能する。我が家はとにかく量なので、ついつい安いお米を買いがちである。おいしいご飯を食べさせてやりたいなあと思いつつ、むさぼるようにご飯をかき込む息子たちを見ていると、やはりお手頃なお米になってしまう。
「ごぼうのお漬物、すっごくおいしいよ!」
姉が興奮気味に言うので、早智子もつまむ。
「むむっ、これはうまい……!」
ごぼうの香りと嚙んだときの繊維を割く感じ。絶妙な塩加減。青菜に茄子、白菜。どれもこれも、あとを引く上品な塩加減だ。
椰月美智子『ご利益ごはん』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322402000633/
メニュー7:たっぷり野菜のミネストローネ、押し麦入り
鎌倉にある「カフェどんぐり」は、ツリーハウスと広々としたガーデンテラスがある素敵なお店。店主のあさひが作る朝ごはんは、お客様にぴったりの一皿です。ブラック企業で身心をすり減らしながら働く男子は、あさひからスープジャーを押し付けるように持たされて……。
「でも、うまいんだよなあ……」
昨日と同じ時間、会社の休憩室。スープジャーの中身をひとくち飲んだ俺は、しみじみとつぶやいた。
今日のスープは、ミネストローネだ。細かく切ったニンジンや玉ねぎが入っているイメージだったが、それ以外にも穀類っぽいなにかと、いろいろな豆が入っていた。食べごたえがあっておいしい。スープだけでも、ちゃんとお腹にたまる。
トマト味のスープは酸味が強いイメージで苦手意識があったが、これはちょうどいい。かといって水っぽくもなく、トマトのうまみは濃いので、なにか工夫しているのだろうか。料理が好きなわけでもないのに、細かい部分が気になってしまう。
「明日は店でってことは、スープ以外も食べられるのか……」
そうつぶやいて、自分が楽しみにしている事実に愕然とした。
いやいや。朝カフェなんて、意識が高くて生活に余裕があるやつがやるものだろ。自分みたいな社畜は、ジャンクフードを食べているくらいがお似合いなのに。
しかしまあ、外でモーニングなんて久しぶりではある。どんなメニューがあるのだろうか。カフェのモーニングと言ったら、トーストとサラダ、ゆで卵のイメージだが。
「仕事、するかぁ」
ミネストローネを食べ終えたあと、腰を上げる。軽くストレッチすると、肩こりと腰痛もやわらいだ気がする。
栗栖ひよ子『カフェどんぐりで幸せ朝ごはん』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000527/
メニュー8:ストーブ用鍋で春野菜ポトフ
札幌にあるキッチン用品メーカーに就職した新津。トング式ピーラー、計量お玉やメジャースプーン。ちょっと便利なアイディアグッズが人気の会社で、次なるヒット商品の開発に取り組んでいます。当然、試作&試食は大事な日常業務なわけで……。
材料は新ジャガイモ、新玉ネギ、ニンジン、春キャベツ、それと合いびき肉と卵──安かったからキャベツをまるまる一玉買ってしまったので、奮発してロールキャベツも入れてしまうことにする。絶対の美味しさが約束された黄金メニューだ。
会社帰り、鍋を抱えつつもスーパーに立ち寄っておいたので、具材は全て揃っている。まずは野菜の下拵えからだ。ジャガイモは初めて見る品種の『インカのめざめ』を買ってみた。ピーラーで薄めの皮を剝くと、栗みたいに黄色くて見るからに甘そうだ。玉ネギは皮を剝いて半分はくし切りに、もう半分はみじん切りにする。ニンジンは乱切りにしておいた。
キャベツは破かないように一枚一枚優しく剝がし、硬い芯の部分はピーラーで薄く削いでから下茹でをする。その間に合いびき肉と卵とみじん切りの玉ネギをよく混ぜて、塩コショウしておいた。これをタネとして茹で上がったキャベツで巻いていく。元々丸かったキャベツには茹でた後も丸い癖が残っているから、その癖に逆らわないようにタネを包むのがコツだ。
下拵えが終わったら、いよいよ鍋の出番だ。ロールキャベツ、ジャガイモ、玉ネギ、ニンジン、そして削いだキャベツの芯の部分まで並べて、静かに水を注ぐ。最初はガス台で火に掛けて、ふつふつ言い出したらコンソメを入れた後、点火しておいたストーブの上に移した。忠海さんの言う通り、中身が詰まるといくらか重くなったけど、持ち運びに苦労するほどじゃない。零さないように慎重に運んで載せる。
ストーブは微かに灯油の匂いを漂わせながら火を灯していた。揺らめく炎が覗けるこのタイプのストーブは私の実家にもあったから、この明々とした光も暖かさも、なんだか無性に懐かしくなる。ストーブがあるところも、その代わりエアコンがないところも、この部屋は実家とよく似ていた。ただ、さすがに五月にストーブを焚いたのは生まれて初めてだ。
シリコン鍋はストーブの上でもくつくつと小気味よい音を立てている。何度かガラス蓋越しに覗いたり、蓋を開けて直接確かめたりしてみたら、ちゃんと煮えているようなので一安心だ。この隙にお風呂を済ませてしまうことにした。
のんびり入浴を終えた後、改めてストーブの前へ舞い戻り鍋を確かめる。ジャガイモやニンジンは竹串が通るほどよく煮えていたし、玉ネギは透き通っている。そしてロールキャベツから滲み出た金色の脂が、スープの水面にきらきらたゆたっていた。
「美味しそう!」
森崎緩『株式会社シェフ工房 企画開発室』より
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322301000208/