文庫解説 ネバーブルーの伝説 アスタリット星国記1より

【解説】日本人として受け継いだ尊い龍のイメージを、五感に感じることができた――『ネバーブルーの伝説 アスタリット星国記1』日向理恵子【文庫巻末解説:荻原規子】
日向理恵子『ネバーブルーの伝説 アスタリット星国記1』(角川文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!
※本記事は、『ネバーブルーの伝説』単行本版の刊行を記念して2023年7月22日にカドブン(kadobun.jp)に掲載した記事を再編集・再掲載したものです。
日向理恵子『ネバーブルーの伝説 アスタリット星国記1』文庫巻末解説
解説
語り手は十五歳の少年コボル。アスタリット
巻頭に地図があり、アスタリットという国が、周辺に五つの小国を従えていることが示される。さらに、北の山脈を隔てて広大なヴァユ空国があり、アスタリットとヴァユの戦争終結から十七年後だという。
戦争による破壊で印刷設備を失い、写本士たちの任務は、「
こうした、地味で無害なポジションにいるコボルたちが、新たな「塵禍」にみまわれたメイトロン
コボルは
そんなコボルが、人の死に絶えた王城で、生き残りの異形の子を見つける。大きな雨雲色の目と赤い尾をもった、六つか七つくらいの
女の子はイオと名乗り、龍として生まれそこねたメイトロンの第一王女だという。コボルと親友ホリシイはイオをつれて逃げ、呪いの黒犬に追われるはめになり、イオを狩る人間にも襲われるという、
作品の読みどころは、自分は何者かを知らない若者たちが、生存も危うい情況に投げ出され、それでも前に進むことだろう。コボルたちは「塵禍」に遭い、写本士の意義も失っていく。イオは不思議な力を使える存在だが、この子も力強い導き手にはなれない。自分が死ねばメイトロンの国土を救えたと悲観し、新しい龍の卵が
だが、終盤、コボルたちはメイトロンの守護存在たる龍に会うことができる。私が個人的に一番感動して読んだのは、この龍の描写だった。
作品世界は、おおむね西洋的に見えるが、異世界ファンタジー定番の中世社会ではない。写本士が写本に使うのは万年筆らしいし、軍隊は飛空艇を使って移動する。アスタリット上空に静止衛星らしき「名前のない星」があることからも、単純な過去文明の世界ではないのがうかがえる。
その中で、メイトロン龍国の龍は、火を吐く西洋のドラゴンではなかった。皮膜の翼など必要なく飛ぶ、水神としての龍、ほっそりとしなやかな東洋の龍だった。雨を呼ぶ龍の美しさは必見といえる。
私は、映画「ホビット」も配信ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」も好きではあるが、ドラゴンのCGだけはいつも不満だった。空を飛ぶ姿に幻獣の神々しさを感じられないのだ。けれども、『ネバーブルーの伝説』に登場する、天気雨に輝き、かすかな雪のにおいのする、触れるとひんやりした龍を前にすると、日本人として受け継いだ尊い龍のイメージを、五感に感じることができたのだった。
作品紹介
書 名: ネバーブルーの伝説 アスタリット星国記1
著 者:日向理恵子
発売日:2025年07月25日
「火狩りの王」シリーズの著者が綴る、ペンとインクの冒険ファンタジー!
アスタリット星国の国立図書館で写本士見習いとして働く15歳のコボル。写本士たちは、自然災害である〈塵禍〉や戦争で滅びた他国から本を救出し正確に書き写すことで、文化を後世につなぐ役割を担っていた。声を出すことができないコボルは人一倍文字を書き、ひたむきに写本に尽くす日々を送っていたが、ある日、先輩写本士たちとともに〈塵禍〉に見舞われた隣国・メイトロン龍国の書物を救出するため、初めて他国に赴くことになる。しかし任務中に再び街は〈塵禍〉に襲われる。一瞬で人の命を奪い、一つの都市を壊滅させるほどの威力をもつ災害〈塵禍〉だが、なぜかコボルたちは無事だった。混乱しながらも龍の伝説が残るメイトロン龍国を調査するうち、彼らは祖国が隠していたある重大な真実を知り――。『火狩りの王』著者が描く、ペンとインクの新たな冒険ファンタジー!
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