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レビュー

世界に触れる指先の――『火狩りの王 〈一〉春ノ火』日向理恵子 文庫巻末解説【解説:村山早紀】

新たな長編ファンタジーの傑作。
『火狩りの王 〈一〉春ノ火』日向理恵子

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

火狩りの王 〈一〉春ノ火』日向理恵子



『火狩りの王 〈一〉春ノ火』日向理恵子 文庫巻末解説

世界に触れる指先の

解説
むらやま (作家)  

『火狩りの王』は、おそらくはわたしたちが生きる「いま」の世界が崩壊した後の世界、はるかな未来の、荒廃した地球で、あらがうように生きるひとびとの物語です。
 この世界においては、過去の時代の人類が築き上げてきた文明や、世界や人間を読み解くための様々な論理や思考、積み重ね伝えられてきた、いろんな知識や、豊かで美しい芸術などはどうやらほとんどが受け継がれずに滅び去り、途絶しています。
 地表は人食いの恐ろしい魔物「炎魔」たちのむ、深く黒い森に覆われ、ひとびとは、守護の結界で守られた町や村から外に出ないように恐れながら暮らしています。おそらくは多くの者が、生まれた場所で生涯を終えるような世界です。頭上の狭い空だけを見上げて暮らし、結婚して子どもを産み育てながらこつこつと働いて、やがて老いてゆく、静かな人生を送るのでしょう。
 ひとびとのその一生に不幸な影がつきまとうのは、住まう土地のそばに常に魔物たちがちようりようばつしているから、ということと──どういう呪いなのか、この時代の人間たちは、たやすく燃えてしまうからだを持っているから。そばにわずかな火の粉があれば、たちまちからだの内側で発火して、無残に燃え尽きる死が訪れる。──なので、この世界の人類は、火を扱うことができず、遠い時代に人類の先祖が火から得た、様々な恩恵から切り離されています。いわば新しい文明を築く可能性も失っている人類だといえるでしょう。
 ひとびとはかつての繁栄を忘れ、大地だけを見つめて暮らしています。田畑を耕し、布を織り、紙をき──どこか民話かおとぎばなしのような日々を、淡々と生きています。
 一方で、過去の文明の名残であるところの様々な機械類やそれを操るための技術は細々と伝えられ、多少は開発されてもいるようで、たとえば「回収車」──魔物の棲む森を抜けて、ひとの住む地を巡り、神様の住まうといわれる都、「首都」へと疾走してゆく巨大な装甲車も存在します。
 またこの世界には、町や村のひとびとが作り上げたものを原材料として、生きるために必要なさまざまなものを作り上げるための大きな工場があり、その工場群が首都にあるさまは、どうやら、いまの時代の工場夜景の写真で見るような、輝かしく美しい情景ではないかと思われます。──蒸気機関は出てこないですし、文明の進み具合も違うのですが、この車や工場の設定など、どこかスチームパンク風な世界観も感じる物語です。
 さて、人間に火が使えない世界で、この車や工場を動かす燃料はというと、これがこの物語世界を構築する大きな謎につながる不思議のひとつ──森に住まう魔物、炎魔の血なのです。
 この世界には、勇敢で忠実な犬を連れ、手にした専用の武器で炎魔を狩り、その金色に輝く血液を集めることを生業なりわいとする狩人かりゆうど──「火狩り」と呼ばれるひとびとがいます。彼らが集める炎魔の血をエネルギーとして、この世界を支える機械たちは動き──そしてまた、その金色の血は、家々に灯りを灯す光となるのでした。炎魔の血がもたらす炎はひとを燃やさない、優しい不思議な火なのです。
 遠い日に、炎魔の血を火として使うことをひとびとに教え、炎魔を「刈る」ための武器、金色の鎌を与えたのは、首都を守る姫神だったという伝承が残されています。人間たちに失われた光を与えてくれた、その女神こそが最初の火狩り、火狩りの始祖である存在だと。
 この世界にはどうやら、神様と呼ばれる存在がそこここにいて、世界を維持するためのさまざまな仕組みを作り上げ、その不思議な魔法の力で、ひとびとを優しく見守ってくれているようなのです。

 神様や魔物が存在し、狩人と犬たちが駆ける、お伽話のような世界で、家族を愛し、自分なりの小さな誇りや、勇気を持ってひたむきに生きている、ひとりの少女と、そして少年がいます。
 すでに物語を読み終えた方はご存知のように、『火狩りの王』は、このふたりの子どもたちが、思わぬことから、それぞれの愛すべき日常と切り離され、それをきっかけに世界の隠された真実と出会い、さまざまな謎を解き明かしてゆく、そんな物語です。

 子どもたちの生きる、神様に守られた世界は、いま密かに崩壊に向かおうとしています。
 まるで巨大な建物が崩落してゆく、その瞬間に立ち会い、巻き込まれたかのように、子どもたちは、生きるために必死で戦います。その途上で出会うひとびとと友情や信頼を育み、ときに救いの手をさしのべられ、あるいは逆に、その命をして守ろうとします。
 穏やかな日々の暮らしの中では知り得なかった、さまざまな隠された真実を突きつけられ、子どもたちは混乱し、途方に暮れながらも、自らの行くべき道を選び取ってゆきます。
 年若く幼いなりに、精一杯の知恵と力、勇気を武器に、その小さな腕で大切な者を守り、傷つき泣きながらも歩みを止めないのです。

 彼らが出会うひとびとも、未知のさまざまな事柄も、ときに怪しく恐ろしく、その言葉は信じがたく、子どもたちは迷い、おびえます。
 けれど子どもたちは、うずくまることも立ち止まることもなく、それぞれの心の命じるままに、誇り高く、勇敢に世界へと足を踏み出してゆきます。世界に差し出し、触れようとした手を止めることはなく、ときにその指が恐れに震えることがあっても、何度でも、未知の何かに触れようとしてゆくのです。
 お伽話のような世界で、守られて幸せに生きていた、その日々には知り得なかった、残酷な真実から目を背けずに。優しい日々に育まれてきた温かな想いを、心の中で、ひそかに、小さな灯火のように灯して。

 未知の世界へ出会う、この物語の冒険の旅は、どこか現実の世界で、小さな子どもたちが成長し、やがて世界と出会ってゆく、その様に似ているかも知れないと思いました。
 家の中で家族の腕に守られていれば、一歩も外へ出なければ、幼子は怖い思いをすることもなく、世界の中心で幸せでいられる。
 けれど、小さな手で扉を開けて、その足で外へ出なければ、世界のほんとうの広さも輝かしさも、さまざまな不思議も知ることはない。出会うべき誰かと出会うこともない。自分のほんとうの姿を知ることも、小さいけれど燃える勇気や、誇りに気づくこともない。
 子どもたちは、旅立たなくてはいけないのです。世界と──自分と出会うために。

 この解説を書かせていただいていて、ふと、感慨深く思ったのは、わたしはこの日向ひなたさんという才能あふれる作家の、少女時代を知っているからです。
 鋭敏で繊細な感性を持ちながら、むしろそれ故に、世界を恐れ、怯えることもあった彼女が、時を経て、自らの手で扉を開けて、どこまでも突き進んでゆくような子どもたちの物語を描きあげた──その事実が、ひとつの幸せな物語のようで。
 こうして、『火狩りの王』の解説を書かせていただけたことで、いま顔を上げ、勇敢に旅してゆく彼女の背中を見送るような、そんな気持ちを味わっているのでした。

 ──やっぱりいつか狩り猫の活躍も描いてほしいなあ、と長崎から願いつつ。

作品紹介・あらすじ



火狩りの王 〈一〉春ノ火
著者 日向 理恵子
イラスト 山田 章博
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年11月22日

WOWOWオリジナルアニメ化!新たな長編ファンタジーの傑作。
人類最終戦争後の世界。大地は黒い森に覆われ、人類は天然の火に近づくと体が内側から燃え上がる「人体発火病原体」に冒されていた。この世界で人が唯一安全に扱える〈火〉は、黒い森に棲む獣、炎魔を狩ることによって得られるものだけだった。そんな中、炎魔を狩ることを生業とする火狩りたちの間でひそかに囁かれる噂があった。「最終戦争前に打ち上げられ、長い間虚空を彷徨っていた人工の星、千年彗星〈揺るる火〉。その星を狩った者は、火狩りの王と呼ばれるだろう」――。千年彗星〈揺るる火〉とは何なのか。「火狩りの王」の伝説に秘められた世界の真実とは? 森に囲まれた小さな村に生まれた11歳の少女・灯子と、機械工場が立ち並ぶ首都で暮らす15歳の少年・煌四。2人の人生が交差するとき、運命の歯車が動き出す。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204001065/
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