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ジュヴナイルの分野で見立て殺人を試みた作品――『幽霊鉄仮面』横溝正史 文庫巻末解説【解説:山村正夫】

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『幽霊鉄仮面』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。
※この解説は昭和56年の文庫刊行時に執筆されたものです。

幽霊鉄仮面』横溝正史



『幽霊鉄仮面』横溝正史 文庫巻末解説

解説
山村正夫

 私が子供の頃、愛読した怪奇小説にボアゴベの「鉄仮面」があった。講談社の少年少女小説全集の一冊として刊行されたもので、江戸川乱歩先生の訳であった。
 細かな筋立ては忘れてしまったが、生きながら鉄仮面をかぶせられて古塔に幽閉されたフランスの軍人を、救出する冒険物語であったように思う。その古塔にはほかにも同じような囚人がいて、それを助け出すくだりが恐い。鉄仮面をはずしたところ、がいこつ同然のせいさんな顔が現れたというシーンに、ゾッとさせられて夜も眠れなかったほどだったのを、いまでもありありとおぼえているのだ。
 冷やかで無表情な人工の仮面には、一種独特な妖気があり、仮面の下の素顔がわからないだけに、なおさら無気味さが増す。したがって、ジュヴナイルの怪奇探偵小説には、悪人の象徴として仮面をかぶった怪人がしばしば使われてきた。
 本篇は横溝正史先生が、戦後まもなくの昭和二十四年に当時の少年雑誌に連載され、昭和三十七年にポプラ社から刊行されたものだが、この中に登場する悪の主人公もそうである。宝石王のからさわらいを皮切りに、三人の人間の命を次々にねらう神出鬼没の怪人として、幽霊鉄仮面が暗躍するのだ。それについて横溝先生は、

「まっ黒な仮面の奥から、二つの目がらんらんとかがやいて、ピンと上を向いた三日月型のおおきな口の気味悪さ」

 と書いておられるが、この鉄仮面の着想はあるいはボアゴベの作品から得られたのかもしれない。
 モンゴルの奥地に鉄仮面民族が住み、どれいがすべて仮面をかぶせられてこく使されるという設定は、古塔に幽閉された囚人のそれに共通していなくはないからだ。
 それにしても、そうした怪人が大時計の扉を開けてこつぜんと出現したり、深夜、窓ガラスの向こうにへばりついていたりするのだから、それだけでもスリリングなシーンの展開に読者はハラハラさせられたことだろう。
 ところで本篇には、冒頭に左記のような奇妙な新聞広告が出てくる。

たぬきのお舟は泥の舟
ブクブク海に沈んだ
唐沢雷太は古狸
いまにお海に沈むだろ

 おとぎばなしの「カチカチ山」をもじった歌だが、その新聞広告が発端になって恐ろしい復讐物語の幕が開くのだ。そして歌の文句通りの殺人が起こるのである。
 これを見立て殺人という。
 見立て殺人は本格推理小説のパターンの一つで、アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」が、その方の代表的な傑作に算えられている。マザーグースに出てくる「十人のインディアンの子供たち」がモチーフになっていて、その童謡の歌詞に従って孤島に集められた十人の人間たちが次々に殺されるのだ。幼児を対象にした童謡と殺人という組み合わせが、何ともいえず異様なせんりつを感じさせずにはおかない。
 日本では横溝先生がこのパターンの創始者で、『獄門島』や『悪魔のまりうた』など、戦後の本格物のベスト・テンにランクされる名作がいくつかあるから、読者もたぶん御存知だろう。『獄門島』では芭蕉の俳句、『悪魔の手毬唄』は手毬唄が、連続殺人を暗示しているのである。
『幽霊鉄仮面』は、その横溝先生がジュヴナイルの分野で、見立て殺人を試みられた作品ということになるだろうか。「カチカチ山」のほかに「雀の宿」などのおとぎばなしも使われているが、実際には最初に狙われた唐沢雷太が、歌に合わせて東京湾で袋詰めの死体となって発見されただけで、第二、第三の事件は名探偵の活躍で未然に防ぎ止められてしまう。そのため、殺人予告としての効果の方がより強まっているのは否めない。
 鉄仮面の怪人を向こうに回して、事件の解決に当たるのは元警視庁の捜査課長の肩書を持つ〝先生〟こと由利りんろうと、新日報社の敏腕記者しゆんすけである。由利先生のプロフィルは、作中で次のように紹介されている。

「ふしぎなのはその人の顔かたちである。そぎ取ったようなするどい顔。人をさす目、その顔を見ると、どうしても、四十五より上には見えないのに、奇怪なのはその髪の毛だ。まるで白雪をいただいたような銀色の頭髪は、この人の年齢をはんだんするのにくるしませるのである」

 ひようひようたるふうぼうの金田一耕助とは、まさに対照的と言い得るだろう。
 一方、三津木俊助の方は、

「年は三十四、五歳、色の浅黒い、キリリとひきしまった顔、スポーツできたえあげたたくましいからだつき、それにことばつきもキビキビしているから、はたから見ても胸のすくような気持のよい人物」(『夜光怪人』)

 となっている。
 このコンビは、金田一ファンの読者にはみが薄いかもしれないが、かつての横溝作品では一世をふうした名探偵なのだ。
 戦前では『真珠郎』、戦後では『蝶々殺人事件』が知られており、とりわけジュヴナイルでは由利先生や三津木がヒーローとして腕をふるう作品が多い。
 この名探偵コンビの助手をつとめるのが中学生のしばすすむ少年だが、後に新日報社で〝探偵小僧〟の異名を取り、大人も顔負けの大働きをする彼が、本篇では殺された唐沢雷太の遠縁の者として紹介されているのが興味深い。まだ新聞社に給仕として入社しておらず、唐沢の家に住み込みでいるのである。
 御子柴進の登場する物語には、同じ昭和二十四年に発表された『夜光怪人』があるが、この中では進は既に三津木と親密な仲になっているので、『幽霊鉄仮面』の方が、彼のはつがらの事件ということになりそうだ。それに続いて『夜光怪人』(昭和24年)、『真珠塔』『白蠟仮面』『青髪鬼』『蠟面博士』(昭和29年)、『獣人魔島』(昭和30年)、『まぼろしの怪人』等があり、乱歩先生の生んだ少年探偵団の小林少年にひつてきする人気者と言っていい。
 そのほか警視庁の等々力警部が、これら三人のよき協力者ぶりを発揮する。
 さて本篇は、鉄仮面の怪人の復讐計画と、大金鉱のありかをめぐる悪人たちの醜いかつとうが、物語の主軸になっている。横溝先生のジュヴナイルには、そうした復讐と宝探しをからませた作品が多いが、それは年少の読者のために、動機をできるだけ単純化して、理解し易いものにしようとした、作者の配慮によるものにほかならない。動機よりも波乱万丈の娯楽性に力が注がれているのだ。
 その点で、作中に仕掛けられたトリッキーな設定は、目まぐるしいばかりである。
 アルミニウムの短剣、金庫部屋、人肌地図、アナグラム等……
 さすがは本格派の巨匠の筆になるだけあって、盛り沢山な趣向は息もつかせない。物語の中途で由利先生により幽霊鉄仮面の正体が暴露されるのだが、その意外性にも、読者はさぞかしあっと言わされたことだろう。
 後半は日本からモンゴルの奥地に舞台が移り、由利先生や三津木俊助らは悪人一味を追って大陸に渡る。鉄仮面民族との対決や大金鉱探しなど、冒険小説的な色彩ががぜん濃厚になるのだ。とりわけ猛犬の集団に襲われる結末の活劇シーンが圧巻で、三津木のさつそうとした快腕ぶりがクライマックスの見所になっている。
 横溝先生はアクション場面を滅多に書かれない作家だけに、その意味でもちんちように価いするのではないだろうか。
 ふつうジュヴナイルは四百枚~五百枚を費す大人物とは違い、長編といってもせいぜい三百枚が限度である。活字の大きさが違うのでそうなるのだが、本篇は優にその枚数をえていて、いわば大長編の部類に属する。それだけに、雄大な構成と手に汗握るスピーディーな場面転換の妙に、感嘆せずにはいられない。
 金田一耕助のシリーズ作品とは一味違う、由利先生と三津木俊助コンビの活躍を、本篇によってたっぷり楽しんで頂けたことと思うが、いかがなものだろう。

作品紹介・あらすじ



怪獣男爵
著者 横溝 正史
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年11月22

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
重役室にいる折井の耳には、奇妙な口笛が聞こえてきた。不思議に思い窓を開け、身を乗り出した彼はなんと胸をナイフで刺されて殺害された! 同僚を殺害された三津木俊助は怒りもあらわに復讐を誓った……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205000269/
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