横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『まぼろしの怪人』横溝正史
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
※この解説は昭和54年の文庫刊行時に執筆されたものです。
『まぼろしの怪人』横溝正史
『まぼろしの怪人』横溝正史 文庫巻末解説
解説
山村正夫
最近の推理作家の中には、ジュニア物に意欲を燃やす書き手がすこぶる少なくなった。
一つには、需要がなくなったせいがあるかもしれない。かつてのように少年少女雑誌が
私の子供の時分は、エンタテインメントといえば活字の世界しかなかった。したがって『少年クラブ』や『
作家の側も読者の要望に応えて、ジュニア物に筆を染めない者はなかった。その現象は戦前よりも戦後の方が著しかった。発表舞台が一時に増えたからである。私が憶えているだけでも、戦前から名の通った『少年クラブ』や『少女クラブ』をはじめ、『少年』『少女』『譚海』『少年世界』などがあり、小学館、旺文社、学研系統の学習誌を加えると、優に三十誌は超えただろう。そのどれもが、ミステリーの連載小説を柱にしていたのだった。
それだけに、作家はジュヴナイルの分野でも、大いに情熱を燃やしたといっていい。
その証拠に、戦後の新作に期待を寄せられていた乱歩でさえ、
だが、戦前派の諸作家の中で、江戸川乱歩につぎもっとも旺盛な執筆ぶりを示したのが、横溝正史先生だったのである。横溝先生のこの分野での活躍は早かった。弱冠十九歳で『新青年』の懸賞に応募し、処女作の「恐ろしき
昭和四年に平凡社から刊行された少年冒険全集第十二巻には、「渦巻く濃霧」と「怪人魔人」「変幻幽霊盗賊」の三編が収められたほか、長編だけでも「南海囚人島」(昭和6年)、「深夜の魔術師」(昭和13年)、「南海の太陽児」(昭和15年)があるのだ。
戦時中の空白期を経て、戦後、探偵小説の復興期を迎えると、横溝先生はただちに執筆活動に入られたが、ジュニア物の方でも昭和二十三年に「怪獣男爵」を偕成社の書き下ろし長編として刊行された。以来、数多くの作品を発表されており、その数は昭和三十年代はじめに至る約十年間に長編だけでも十二にのぼる。これは戦前の倍以上の作品量といっていい。一方では大人物の長短編を量産されているのだから、そのエネルギッシュな執筆活動には、目を見張らざるを得ない。ただ、昭和三十年代以降、そうした作品が途絶えるのは、前述したようにテレビや漫画週刊誌がヤング世代の
さて、本書は横溝先生が中学生の読者を対象にして書かれたサスペンス・ミステリーである。
まぼろしの怪人は、怪獣男爵や夜光怪人、蠟面博士のような、化物じみた無気味な存在ではない。その代り
このまぼろしの怪人を向うに回して、彼の悪事を未然に防ぐべく敏腕ぶりを発揮するのが、新日報社の名記者
それにしても、まぼろしの怪人の変幻自在な変装ぶりには舌を巻くほかはない。池上社長や等々力警部、ニッポン・ホテルの支配人、南村社長などに次々に変身するのだから、目まぐるしいばかりである。一人二役のトリックならぬ五役六役もするわけで、登場する男のうち誰がまぼろしの怪人かわからないところに、サスペンスの工夫が凝らされているといっていい。その最高の見せ場が、ヤマト・ホテルの二階七号室からの脱出場面だろう。怪人は、御子柴少年のため絶体絶命のピンチに追いつめられながら、巧妙な変装術を二重三重に駆使して逃れてしまうのである。
だが、そうした追いつ追われつのシーソー・ゲームだけが、本書の興味のすべてではない。著者は単調な筋運びで読者を飽きさせないために、天銀堂の細工職人殺しの事件のほかに、二件の連続殺人をからませ、まぼろしの怪人とは別な
あくまで宝石目あてのまぼろしの怪人は、桑野さつきの持つダイヤモンド「地中海の星」と、衣川はるみが映画のアクセサリーに使う、時価一億の真珠の首飾り「人魚の涙」欲しさに、復讐鬼と組んで得意の変装術をほどこすのだが、三人のスターが次々に狙われる設定が、後半のスリリングなヤマ場になっているのである。
横溝先生のジュニア物は、「怪獣男爵」「夜光怪人」「蠟面博士」など、おどろおどろした無気味なムードにゾクゾクさせられる怪奇仕立てのものが多いが、その意味では本書は、がらりと
作品紹介・あらすじ
まぼろしの怪人
著者 横溝 正史
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年12月22日
横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
厳重な警戒態勢を潜り抜け、高価な宝石類を略奪して日本中を荒らしまわる、まぼろしの怪人。次々と姿を変えては行方をくらまし、正体も隠れ家も謎のままだった。そしてとうとう、警視庁の敏腕警部、等々力宛の犯行予告が届く。クリスマスの夜、警察の威信を賭けた闘いに、現場にあらわれたのは……? 神出鬼没、大胆不敵な大泥棒に、探偵小僧・御子柴進が等々力警部や敏腕記者の三津木俊助らとともに挑む、傑作ジュブナイル。
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