横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『青髪鬼』横溝正史
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
※この解説は昭和56年の文庫刊行時に執筆されたものです。
『青髪鬼』横溝正史
『青髪鬼』横溝正史 文庫巻末解説
解説
山村正夫
私が初めて横溝正史先生にお会いしたのは、昭和二十六年の秋、二十一歳のときである。
高木彬光氏の紹介状を携えて、成城学園のお宅を訪ねたのだ。たまたま某誌に百枚の中編を執筆することになり、先生の推薦文を頂戴するためであった。
当時、私は既に探偵作家クラブの会員になっていたから、京橋の東洋軒において開かれていた例会(土曜会)で、江戸川乱歩先生をはじめ大下宇陀児、木々高太郎などの戦前派の
横溝先生は昭和二十三年に、疎開先の岡山県吉備郡岡田村から東京に戻られていたが、乗物恐怖症という変ったノイローゼにかかられて、家の周囲の散歩以外は一切外出されず、土曜会にも出席されなかったからである。
だが、私は先生にお会いする前から、特別な畏敬の念と親近感とを抱いていた。
畏敬の方は言うまでもない。戦後いち早く、「本陣殺人事件」や「八つ墓村」「獄門島」など、推理小説史上に残る不朽の名作を発表され、本格ファンを熱狂させた大作家に対する憧憬のせいだったが、親しみを抱いたわけはほかでもなかった。
私は十代で推理作家になったが、横溝先生はその意味でも大先輩だったのだ。角田喜久雄、水谷準など往年の早熟組の作家たちと
いま一つわけがある。あの頃、私は大人向きの探偵小説よりも少年物に力を注いでいた。その主要な舞台に『譚海』という雑誌があった。ところが、横溝先生も同誌には昔から縁が深く、戦後も連続して連載小説の筆を執っておられたのだ。私の手許にただ一冊だけ残っている昭和二十九年新年号を見ても、長編時代小説「しらぬ火秘帖」が掲載されている。あの時分の私は、目次に高名な先生と肩を並べて名前が載ることが晴れがましく、共通の雑誌の執筆者であることが嬉しくもあったのである。
それやこれやで、横溝先生には人一倍、親近感を抱いていたのだった。
だが、成城学園の閑静な高級住宅街の一画にあるお宅へ伺い、広いお庭に面した座敷へ通されると、私は緊張のためにすっかりコチコチになってしまった。かしこまって坐った膝の震えが、止まらなかったのを憶えている。乱歩先生との初対面のときもそうだったが、
乱歩先生といえば、その筆になる「酒詩琴」の横額が、隣室との境いの
外出嫌いなくらいだから、さぞかし気難しい方なのではないか。
実を言うと、私は内々でそんなことを考えてビクビクしていたのだが、その予想はまるで当たっていなかった。横溝先生は見るからに
横溝先生はまだ小僧っ子で駆け出しの私を、十年の知己のように暖かく迎えて下さった。そして、私の目の前でペラの原稿用紙二枚の推薦文を書いて渡して下さった。その原稿を私はいまでも大事に保存しているが、過分な賛辞が連ねてあり、面映ゆさに恐縮したものである。
それ以後、特別に目をかけて頂くようになった。先生の暖かく滋味に溢れた人柄に接するにつれて、私の敬愛心はますます深まった。
そういえば、旧『宝石』誌のグラビアに、お宅の縁側で日向ぼっこをされながら、毛糸の編物をなさっている写真が紹介されたことがある。本格派の巨匠と女性の特技である編物との取り合わせは、いかにも奇異な感じがしないではなかったが、先生に伺ったところによれば、執筆に疲れたとき頭を休めるために始められたということだった。それも手間のかかる模様編みほどよく、お嬢さんのセーターなども、御自身が編まれたという。
それにしても、「伏せ目、作り目」と口で唱えながら、編棒を動かしておられる横溝先生の姿は、いかにも
また同誌のグラビアに、松野一夫画伯描く「探偵作家動物見立」が載ったことがあり、先生は猫だった。猛獣ではなく、温和な動物に見立てられている点が、いかにも先生の風貌に似つかわしかった。
事のついでにいま少しエピソードを記しておくと、先生ほど血を見たり、残酷な話題を好まれない方もいないだろう。例えば生爪をはがしたなどという話をうっかりしようものなら、身震いして逃げ出される有様だった。
推理文壇きっての愛妻家としても有名だし、人一倍動物好きで愛犬のカピやドリスを可愛がっておられた。このように日常の横溝先生は、きわめて庶民的で抱擁力に富んだ人格円満な方だったのである。これがあのおどろおどろしい、怪奇ロマンの作品を産み出される作家かと怪しみたくなるほどであった。
ふつう読者は作風から作家の人柄を判断しがちなものだが、実際には正反対の場合が多い。乱歩先生の場合なども同じで、土蔵内に
早いもので、横溝先生との個人的なおつき合いも、あれからもう三十年近くになる。その間、成城のお宅へは
だが、私にとってはやはり、横溝先生との初めての出会いを持った昭和二十七、八年頃の思い出が一番懐しく印象深いのである。それもあって、先生のおびただしい少年少女物の探偵小説の中から、当時の長短編四編を選んで本書に収録した。
「青髪鬼」は雑誌連載後、昭和二十九年に偕成社から単行本として刊行されたものである。明治時代の作家黒岩涙香に、コレリの「ヴェンデッタ」を翻案した「白髪鬼」があり、乱歩先生にも同題の長編があるが、ことによると横溝先生はその題名にヒントを得られたのかもしれない。
例によって、新日報記者三津木俊助と〝探偵小僧〟こと御子柴進少年のコンビが活躍する、シリーズ作品の一編になっている。
発端の設定がまずスリリングだ。本人がまだちゃんと生きているのに、突然、何者かの手で新聞に死亡広告を載せられたとしたら、誰だって気味の悪い思いがすることだろう。本編は、宝石王の古家万造と科学者の神崎省吾、それに月丘ひとみという十三歳の少女の三人が、そのたちの悪い悪戯をされるという、奇怪な事件から始まるのである。
死亡広告を出した張本人は、青髪鬼と名乗る怪人だった。この怪人は「目が鬼火のようにギラギラひかり、鼻がとがって、かっと大きくさけた口、ミイラのようにかさかさとして、しわのよった灰色のはだ、しかも髪の毛が秋の空よりもまっさお」というのだから恐ろしい。
進少年は日比谷公園で月丘ひとみを助けたことから、直径一メートルもある大グモが消失するという怪異に遭遇し、さらにその怪人に出会うのだ。青髪鬼にはダイヤモンドの宝庫にからんで仲間に陥れられた過去があり、その恨みのため彼は復讐の鬼と化して、死亡広告を出した三人の命をつけ狙うのである。髪の毛がコバルト色をしていたのも、ちゃんとした理由があってのことだった。
ところが、その青髪鬼が一人ではなく何人も出現するものだから、事件の謎は
それはともかく、複雑に入り組んだ波乱万丈の物語の展開は目まぐるしいばかりで、とりわけ白蠟仮面の七変化ぶりが息もつかせない。読者は青髪鬼の正体を探る興味に
サスペンスに富んだ筋立の面白さもさりながら、それに加えて大グモの消失トリックや、暗号、犯人の意外性など、本格仕立のさまざまな趣向が、本編の魅力を倍加しているのである。一方、「廃屋の少女」と「バラの呪い」「真夜中の口笛」の三編は、いずれも
「廃屋の少女」は誘拐物だが、泥棒の娘の恩返しという設定に作者の狙いがあり、「バラの呪い」は、女子学園内に起った幽霊騒ぎの裏に予想外の真相が隠されていて、その秘密を口に出せないヒロインの悩みがからませてある。「真夜中の口笛」は、コナン・ドイルの「まだらの
私も今年で五十歳になった。考えてみると、初めてお会いしたときの、横溝先生の年と奇しくも同じである。その私がいまこの解説を書いているのだから、不思議な因縁と言わざるを得ない。過ぎ去った三十年の歳月をふり返ると、しみじみと感慨無量の思いがせずにはいられないのである。
先生、どうかいつまでもお元気で……。
作品紹介・あらすじ
青髪鬼
著者 横溝 正史
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年10月24日
横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
新聞にいっせいに掲載された三つの死亡広告。うちの一人、宝石王古家万造氏が何者かに殺害された。光る無気味な目や大きくさけた口。復讐の怨念に燃える青髪鬼を、三津木俊助は捕らえることができるのか?
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