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王道にして著者異色作の「特殊設定ミステリ」――『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二 文庫巻末解説【解説:千街晶之】

異能力ミステリ、最前線! 知略を駆使した異能力バトルを目撃せよ!
『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二



『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二 文庫巻末解説

解説
せんがい あきゆき

 きみまちあきラ。
 作中でも「ものすごくれんある名前よね。ザ・主人公って感じでさ」と評されるほどインパクトの強い名前を持つこの十九歳の女子大生が、詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』(二○一九年六月、KADOKAWAから書き下ろしで刊行)の主人公である。
 冒頭ではいきなり、「交渉決裂」の一語から彼女を制圧しようとするシーンが始まる。制圧? そう、君待秋ラは普通の女子大生ではない。作中の世界では、超能力を持つ者は「匿技士」と呼ばれており、政府の特別組織「日本特別技能振興会」は、いずれ役に立つ可能性がある匿技士を組織に所属させようとしている。振興会にとって君待は、十年ぶりに発見された匿技士なのだ。振興会から遣わされた匿技士のあさぐすひとしは、任意の大きさの鉄筋を生み出す「鉄筋生成」という匿技で君待と対峙するが、君待は触れたものを見えなくさせる匿技「透明化」で対抗するのだった。
 ……と、ここまで読んだところで、これまでの著者の作品に目を通してきたファンなら、本書を異色作だと感じるかも知れない。
 著者は二○○七年、光文社の新人発掘企画「KAPPA-ONE」に応募した長篇『リロ・グラ・シスタ the little glass sister』でデビューした。この作品はのりづきりんろうの『密閉教室』をほう彿ふつさせる青春ミステリだったが、その後、大量殺人者の実像に迫るドキュメンタリー風の体裁を取った『とお事件 佐藤誠はなぜ首を切断したのか?』(二○○八年)や破格の結末で読者を驚かせた『電氣人閒のおそれ』(二○○九年)、最近では、JIS漢字としてコードを与えられながら音も意味も不明の「幽霊文字」が絡む連続死の謎を追う『5A73』(二○二二年)といった多彩な小説を発表している。作風としては、王道を避け、ユニークな着想で屈折した物語を築き上げる異才というイメージが強い中、本書は思い切ってエンタテインメントに振り切っている。そのため、独立した作品として読んだ印象は王道でも、著者の過去の作品群と比較した場合には、皮肉にも異色作と感じられてしまうのだ。
 本書のような超常的な要素を設定に含むミステリは、近年は「特殊設定ミステリ」と呼ばれてすっかりメジャー化しているけれども、中でも異能バトルと頭脳バトルを掛け合わせたタイプのミステリ小説は、本書が刊行された二○一○年代後半には小ブームを成していた。例えば、異能バトルブームをけんいんしたあさぎりカフカ・原作、はるかわ35さんご・作画の漫画『文豪ストレイドッグス』(二○一三年~)からは、あやつじゆききようごくなつひこの異能対決を描いた朝霧カフカの小説『文豪ストレイドッグス外伝 綾辻行人 VS. 京極夏彦』(二○一六年)がスピンオフとして派生しているし、他にも、こうゆたか『最良の噓の最後のひと言』(二○一七年)やあさくらあきなり教室が、ひとりになるまで』(二○一九年)などの作例が見られる。
 この種の異能バトル小説の元祖とされているのは、『甲賀忍法帖』(一九五九年)を第一作とするやまふうろうの忍法帖シリーズである。超人的な能力をそなえた忍者たちが、グループ対グループ、時には一人対グループで戦うのがこのシリーズのパターンであり、どのような能力の忍者同士が対戦するかという組み合わせの妙味が読みどころを演出している。
 本書は、右にタイトルを挙げた作品群と比較しても、山田風太郎の作風と共通する部分が大きいように感じられる。というのも、忍法帖シリーズでは、忍者たちの異能に何らかの科学的説明が施されている場合が多いからだ。例えば『甲賀忍法帖』では、全身から血の霧を噴出するあけぎぬという忍者に関して、「古来、人間の皮膚に生ずるウンドマーレーと呼ぶ怪出血現象がある。なんの傷もないのに、目、頭、胸、四肢からふいに血をながすものであって、ある種の精神感動が血管壁の透過性をこうしんさせ、血球やけつ漿しようが血管壁から漏出するのだ。思うに、この朱絹は、この怪出血現象を意志的にみずから肉体に起こすことを可能とした女であったに相違ない」と紹介している。また、強い粘性のあるえきを武器とするかざまちしようげんの能力は、「風待将監の吐く物質はいったい何なのか。それはやはり唾液であった。人間が一日に分泌する唾液は千五百ccにおよぶ存外大量のものである。思うに将監の唾液せんは、これをきわめて短時間に、しかも常人の数十倍を分泌することを可能としたものであろう。しかもそれにふくまれる粘素ムチンが、極度に多量で、また特異に強烈なものであったと思われる」と説明されている。
 もちろん、これらの説明があるからといって、忍者たちの異能が合理的に割り切れるわけではないのだが、同じ奇想でも、こうしたもっともらしい説明があるのとないのとでは説得力が大違いなのだ。本書の場合も同様であり、作中で最強にして最も現実にあり得ない匿技と感じられる振興会一課主任・くりしんいちの「光速操作」についてさえも、物理法則の延長線上で説明が試みられている。
 君待の「透明化」は単純に自分が透明人間になる能力ではなく、任意の物質を見えなくさせ、その応用として自分の姿を消すことも出来るというものだが、これについて著者は《STORY BOX》二○一九年八月号掲載のインタヴューで、あらひこの漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の第四部に登場した、自分を含め周りのものを透明にするスタンド能力者の赤ん坊から影響を受けたと明かしつつ、「透明人間に関して〝頭が透明になったら目が見えなくなるよね?〟というツッコミは、昔からずっとあるものです。科学的に考えても、水晶体が不可視になってしまったら、光を集めることができないから何も見えないはず。そのツッコミをただ取り上げるだけなら、わざわざ今の時代に透明人間を書く必要は感じません。ツッコミを〝お題〟と捉えることで、自分なりの新しい透明人間像を作ることができるんじゃないか。つまり、〝目が見える透明人間は、どのような理屈を立てれば、ある程度の説得力を持って存在させることができるか?〟。それを書くことが、作家としての面白味でもあるし、他では読めない価値に繫がるんじゃないかと思ったんです」と述べている。著者にしては異色の王道エンタテインメントでありつつ、その枠内で前例のない試みに挑もうとする意欲からは、型通りに陥ることを嫌う著者の普段の創作姿勢に通じるものも感じる。
 また、本書における異能の科学的説明は、単にもっともらしさを演出するだけにとどまらず、ある理由で肉親への負い目の原因となっている自身の異能を嫌っていた君待が、それを科学的・論理的に説明されることで力の使い方を学び、他の匿技士たちを仲間として受け入れるに至る心理的流れを自然なものとする役割も担っている。
 君待は冒頭で麻楠と対戦するものの、その後は日本特別技能振興会に所属し、自分の匿技を隠さなくても生きていけるこの組織にんでゆくので、振興会の仲間同士がバトルを繰り広げる展開にはなりようがない。そのため、中盤の見せ場として、アメリカから来た二人の匿技士が君待・麻楠と「模擬戦」を行うことになるけれども、このあたりで振興会の歩んできた歴史が少しずつ明かされ、後半の伏線となっている。そして、その後半では、ある出来事をきっかけに最強の相手が振興会の面々の前に立ちはだかるが、このくだりでは特殊設定ミステリならではのサプライズが待ち受けており、読みどころは満載である。
 さて、君待を主役とするメインストーリーは、本書の第七章のラストでれいに着地している。ならば、わずか七ページの第八章は不要なのだろうか。しかし、お気づきのファンもいるかも知れないが、この第八章に初めて出てくる人名と地名は、著者の他の作品でお馴染みのものである。つまり、一見他の小説と無関係に独立しているかに思える本書も、実は著者の作品世界では地続きらしいのだ。果たして、本書には続篇があるのかないのか、あるいは他の作品に君待たち匿技士がゲスト的に顔を出す場合もあるのだろうか。読者の予想を容易には許さない作風を披露してきた著者だけに、匿技士たちの物語に関しても今後どうなるか全く読めないのがかえって期待を高めるのである。

作品紹介・あらすじ



君待秋ラは透きとおる
著者 詠坂 雄二
定価: 968円(本体880円+税)
発売日:2022年10月24日

異能力ミステリ、最前線! 知略を駆使した異能力バトルを目撃せよ!
時空操作、鉄筋生成、猫化、空間統御―唯一無二の力「匿技」の持ち主たちを集める「日本特別技能振興会」。自他を透明化する匿技を持つも、ある理由から組織に背を向けて生きようとする君待秋ラだったが、ある「匿技士」の死をきっかけに、終わりなき戦いに巻き込まれてゆく。その背後には戦後「振興会」発足時からの巨大な闇が横たわっていた。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001803/
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