異人の船を造る男と攘夷の志士。対立する二人の運命を描く、傑作時代小説。
『天穹の船』篠 綾子
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『天穹の船』篠 綾子
『天穹の船』文庫巻末解説
解説
本書『天穹の船』の解説を書くにあたり、私は
『青山に在り』は角川文庫に収録されているので是非とも一読していただきたいのだが、前述の期待にこたえる如く、〈更紗屋おりん雛形帖〉〈代筆屋おいち〉等の文庫書き下しシリーズや『酔芙蓉』『星月夜の鬼子母神』等の単発作品の質の高さが、作者の
篠綾子作品を読むよろこびは、起伏に富んだストーリーを楽しむとともに、作者の豊かな教養に裏打ちされた世界を楽しむ事でもあるのだ。
例えば角川文庫の文庫書き下しシリーズ〈藤原定家・謎合秘帖〉等はその好例と言えるだろう。主人公はそのシリーズ名からもわかるように
こう話していくと前述の『青山に在り』からしてそもそも、
それでは本書ではいかなる和歌が出てくるのか。気になる読者も多かろうと思うがここではまずストーリーの流れに沿ってこの作品を読み解いていきたいと思う。
したがって今後、作品の核心にふれる箇所もあるので是非とも本文の方から先に読んでいただきたい。私がこう書くと、何たいした事はあるまいと思う方がいるかもしれないが、幾重にも伏線が張り巡らされた本作においては、それが命取りとなりかねないのでゆめゆめご油断召さるなと記しておきたい。
ゆえにこれから記す解説は、本書を読了した方のみに向けられたものであるとご承知願いたい。
この作品の冒頭を読んでまず驚かされるのは、作者の書きっぷりの巧みさであろう。物語は
そう思っていた矢先、
「
という声が平蔵の耳を打つ。これを言ったのは前述の万作である。すると万作の取り巻きが口を揃えてそうだそうだと言うではないか。いかにもこの短絡的な考えは、万作と彼に影響された船大工たちの言いそうな事で、ここにも作者の細かい伏線が十分に生かされていると言えるだろう。そして改元が行なわれ、
この建造を進めていくうちに仕事のまとめ役となり通訳を通して、異人のアレクサンドルやヨシフと交流をはかっていく平蔵と、あくまでも彼らに反感を抱きつつも、やむなく仕事をする万作らとの対立関係が出来上がっていく。
そんな中、「異人のための船を造るは、わが国の恥なり。天罰下るを待たず、われらが成敗す」という投げ文が放り込まれる。その堂々たる筆跡から平蔵は侍の手によるものだと親方に言う。
複雑な過去を持つ平蔵は、江川太郎左衛門の元を訪ねるが、彼はあろうことか死の床に
それが
天 の海 に雲の波立ち月の船 星の林に漕 ぎ隠る見ゆ
というもので、これは二十年程前、夜空から切り取ったような三日月を見上げながら船大工になると決めた平蔵に太郎左衛門が
この歌は、『万葉集』に収録された
物語は
本書はこのあたりから平蔵一人のそれではなく、平蔵と士郎の父親を巡る愛憎劇という側面をもちこれまでの伏線を次々と
しかも、ますます険悪となる平蔵と万作らとの関係。はたして船の建造はなるのか。その中で、思わず作者が書き違えたのではないのかと思う記述が綿密な伏線と相まってすべて終盤へと回収されていく。
一方で、前述の和歌がもたらす美しい結末は、篠綾子作品中類例を見ないもので、誰もが感涙を禁じ得ないであろう。
日本の古典を
作品紹介・あらすじ
天穹の船
著者 篠 綾子
定価: 858円(本体780円+税)
発売日:2022年10月24日
異人の船を造る男と攘夷の志士。対立する二人の運命を描く、傑作時代小説。
江戸末期、船大工の平蔵は難破したおろしあ人の船造りを請け負うことに。異人を憎む声が高まる中渋々ながら引き受けた平蔵だが、おろしあ人の温かい心に触れ徐々に考えを改めていく。一方、世間では攘夷派が暗躍し始めていた。その中にはかつて生き別れた幼なじみ・士郎の姿があった――。別々の道を歩んだ2人の人生が交差する時、思いもよらない真実が浮かび上がり……。激動の幕末を生きた人々の熱い姿を描いた、著者渾身の時代小説。
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