かけがえのない記憶が、離れ離れになった僕らを、前に進ませるんだ。
森沢明夫さんが贈る感涙必至の「絆」の物語『ハレーション』。
吉田大助さんによるレビューをお届けします。
森沢明夫『ハレーション』レビュー
「過去が縛る」から「未来が促す」へ
評者:吉田大助
ロングセラーとなっている小説指南本『プロだけが知っている小説の書き方』(2022年、飛鳥新社)において、森沢明夫は「W理論」を提唱している。現在から未来へと経過する時間軸の中で、主人公の幸福度をWの字面のように上げ下げする、という物語構成法だ。詳しくは本文にあたっていただきたいが、「W理論」において最も興味深く、最も有効ではないかと感じられたポイントは結末部の作り方にある。Wの最後の斜め上への上昇線を、あえてブツンと途切れさせるべし、というのだ。そうすることで、物語が幕を閉じた後の未来を、読者に想像させることができる。
〈読了したばかりの読者は、本を閉じ、ため息をつきながら、鈴木くんとライバル(※引用者注・架空の物語の主人公たち)の未来をイメージするはずです。おそらくは、読者が考え得るもっとも理想的な未来像を。そして、それが読者にとっての「余韻」になるわけです〉(126ページ)
上昇線がブツンと途切れているからこそ、そこから先の(幸福な)未来についてどこまでもどこまでも想像が膨らむ。著者の最新長編『ハレーション』を読み終えた瞬間、起きていたのはまさにそれだ。
第一章の舞台は、人口250人程度の南の島「子泣き島」だ。小学5年生の拓海は8月のある日、海へと魚釣りに出かける。その道中で現れる南の島の描写は、美しく爽やか。拓海に気安く声をかけてくる住人たちの姿から、この島は大人が子供を見守ってくれているという安心感も漂っている。
海で拓海が出会ったのは、たった2人しかいない同級生の一人、風太の父親・亮平さんだった。その後に出会った存在が、運命を変える。もう一人の同級生である涼子が飼っている、三毛猫のモモだ。野良猫と喧嘩をしたモモは海に落ちてしまったのだが、子供の手で救い出すのは難しかった。そこで、拓海は亮平さんを呼びに行った。「んじゃ、ちょっくら水浴びでもしてくらぁ」。猫を助けるため海に入っていった亮平さんは溺れてしまい、目の前で死んだ。
拓海は、自分が亮平さんを呼びに行って助けてほしいと頼んだこと、自分の選択が亮平さんを死に追いやる原因になったということを、誰にも言い出せなかった。その結果、風太や涼子、家族や島の人々との距離ができてしまった。12年後にジャンプした第三章の冒頭で描かれるのは、とうの昔に島を出た社会人の拓海が、都会で一人寂しく暮らしている姿だ。ブラック企業を2社連続で引き当てて、今は無職。高校を出てから一度も帰ることはなく、故郷を喪失した状態となっている。ところが、家の近所で偶然、大人になった風太と再会したことをきっかけに、物語は鮮やかに色を変えていく。元ホストでヒモ生活をしていた風太は、住む家がなくなったからしばらく泊めてくれと言い出して……まさかの同居生活が幕を開ける。亮平さんの死を巡る秘密は飲み込んだままで。
その後の展開はまさにWの字のように、ジグザグと上昇下降を繰り返す。風太の半ば強引なアシストにより島の人々との交流が復活し、島にいた頃は知り得なかった親たちの歴史も解き明かされていき、拓海はそれまでとは異なる広い視野で故郷を見つめ直す。その視野を使って、自分の人生も見つめ直していく。
本作は、過去と現在と未来の繋がりについての物語だ。拓海は、過去が現在を決めると考えている。過去についてはいけない嘘をついてしまった自分は、故郷にいてはいけない存在であると考えてしまっている。そんな思考に縛られた拓海を、どう解放しどう回復させるか。この物語が行っている一つ目のアプローチは、過去は変えられるという可能性を示すことだ。過去が変わったならば現在も変わるはずだ、と。もう一つのアプローチは、未来という時間軸を導入することだ。こうであった自分(過去)に強制的に縛られるのではなく、こうありたい自分(未来)に促されるようにして、未来の自分が後悔しないような選択を、現在の自分がする。
読み終えた瞬間、拓海たちの未来についてどこまでもどこまでも想像が膨らんでいったのは、「W理論」だけが理由ではなかった。本作は、人生において未来という想像力を導入することの意義が込められた物語なのだ。
作品紹介
書 名: ハレーション
著 者: 森沢明夫
発売日:2025年10月02日
かけがえのない記憶が、離れ離れになった僕らを、前に進ませるんだ。
離島「子泣き島」で暮らす小学生の拓海は、家の手伝いで釣りに出かけたところ、
同級生・涼子の飼い猫が海に転落したのを目撃する。
防波堤にいた、親友・風太の父である亮平に助けを求めるも、
台風一過の海に飛び込んだ彼は帰らぬ人となってしまう。
成長した拓海は島を出て働いていたが、忘れもしない、あの風太と「偶然」にも再会し……。
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