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怪奇探偵小説の傑作――『怪獣男爵』横溝正史 文庫巻末解説【解説:山村正夫】

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『怪獣男爵』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。
※この解説は昭和53年の文庫刊行時に執筆されたものです。

怪獣男爵』横溝正史



『怪獣男爵』横溝正史 文庫巻末解説

解説
山村正夫

 大人おとなもののミステリーと同様、ジュニア物もさまざまなパターンにわかれているが、その中でも怪奇探偵小説ほどこれまで長年のあいだ、数多くのヤングに親しまれてきたものはないだろう。
 人間には恐いもの見たさの心理があり、恐怖の世界にはだれもがおっかなびっくりになりながらも、強い興味を感じるものだからだ。
 怪奇探偵小説の特色の一つは、かならずといっていいほど、ゾッとするようなぶきみな姿をした怪人が現れて、次々に奇怪な事件を引き起すことである。
 それを読む読者は、物語が進むにつれて自分たちも主人公と同じ立場に置かれているような気分におち入り、背すじに寒けをおぼえずにはいられなくなるのに違いない。ことに夜ひとりで部屋にこもって読んだりする場合は、そのスリルは一段と増してくることだろう。作中に出てくる怪人が、じっさいにもいるのではないかという不安におそわれ、思わず窓の外の暗がりをふり向きたくなるのではないだろうか。トイレにも行けなくなってしまうはずだ。
 そうしたゾクゾクするような恐さが、怪奇探偵小説の最大の面白さだが、いま一つの特色は、ぶきみな怪人に立ち向う名探偵の登場である。怪人を悪の代表とすれば、正義の味方の名探偵は、さしずめ善の代表ということになるだろう。
 悪は善の前に勝つことはできず、最後は滅びる運命にあるので、名探偵はあらゆることをするどく見通す、天才的に頭脳のすぐれた人物が多いといえる。だが、だからといって名探偵がそうやすやすと怪人を参らせることはできない。怪人の方も、名探偵の何倍も悪知恵にたけているからである。
 相手が化け物のように超人的であればあるほど、名探偵はいく度となく苦い失敗を味わわされて、手こずることになるのだ。そしてそのあいだに、主人公の少年少女たちは、幾多の危難にあわなければならない。
 名探偵がいつ彼らのピンチを救うことができるか? 怪人の悪だくみを、いかにして打ち砕くか? 読者をハラハラさせて手に汗をにぎらせる、名探偵と怪人との息づまるばかりの知恵くらべや戦いぶりも、怪奇探偵小説ならではの見所といい得るだろう。
 横溝正史先生の「怪獣男爵」は、そのような怪奇探偵小説の傑作である。
 先生はこれを戦後まもなく、偕成社の書下し長編として岡山の疎開先で執筆された。岡山時代といえば、「本陣殺人事件」や「獄門島」などの大人物の名作をやつぎばやに発表された頃だから、先生のもっともあぶらの乗り切った時期の作品の一つといっていい。むろん小学生を対象にしたジュニア物なので、大人物とはストーリーの構成や展開がまるで違うが、全編にただようぶきみなムードは、読者を酔わせずにはおかないのだ。
 横溝先生はこの作で、〝怪獣男爵〟という世にも恐ろしい悪の権化の怪人を創造された。男爵といっても、最近のヤングにはピンとこないかもしれないが、戦前まであった華族の爵位の一つである。その爵位は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と五つの階級にわかれており、貴族として社会的な名誉と地位を持ち、おおぜいの召使いに「ご前さま」とかしずかれた特権階級だった。
 だが、本書の怪獣男爵は、同じ貴族でも世間から敬われるようなえらい人物ではない。もとは古柳という一流の科学者だったのだが、兄を殺してから息子の龍彦をゆうかいして財産を横どりした上、宝石狂で数多くの泥棒を働いた悪人なのだ。
 その悪事のために死刑になったのだが、古柳男爵は生前に驚くべき発明をしていた。死者の脳髄を別な人間の頭に移し替える、移植手術に成功していたのである。
 古柳男爵は助手の北島博士に遺言をして、死後、瀬戸内海のはなれ小島の男爵島に遺体を運ばせ、自ら実験台になった。そして見事にこの世に復活したのだが、彼の脳髄を移し替えたのは、サーカス団からひそかに買い取っておいた、ゴリラと人間の合いの子のロロという怪物だった。
 人間の脳を持つ怪獣。一目見ただけで身ぶるいを感じさせずにはおかない、まがまがしい姿をした怪獣男爵はこうして誕生したのだ。
 SFに出てくるミュータントのようなおぞましい怪人に、読者もきっとせんりつを覚えずにはいられなかったことだろう。
 怪獣男爵の復活の目的はふくしゆうにあった。法の裁きを受けて死刑になったことをするこの怪人は、三人の子分を手先に使って、かれが逮捕されたときの功労者だった物理学者の小山田博士の娘美代子をさらったばかりか、八十歳を迎えた億万長者五十嵐宝作老人の祝賀会から、まんまと『日月の王冠』を奪い去ってしまう。
 その上、東京都内にペスト菌をばらまこうとしたり、花火を打ち上げて、触れたら最後、皮膚に赤い斑点ができてコロリと死ぬ猛毒の薬剤を、天から霧のようにまき散らそうとしたり、とほうもない悪魔のような悪だくみを、それからそれへと実行に移そうとするのだ。
 この怪獣王ゴリラ男爵をやっつけ、監禁中の龍彦や美代子を救い出すべく、警視庁の等々力警部と手をたずさえて戦う名探偵が、本書では小山田博士なのである。
 むろん、活躍するのは小山田博士ばかりではない。中学三年生の息子の史郎や、小山田博士がめんどうを見ている柔道三段の大学生宇佐美恭助、それにみなし児の太ア坊という少年などが、博士を助けて大手柄をたてる。
 彼ら対怪物の追いつ追われつのシーソー・ゲームが、サスペンスに富んで文字どおり息もつかせないが、本書にはいま一つ宝探しの興味もそえられている。死刑になった古柳男爵は、つかまるまでに盗みためた時価何億円もの宝石のありかを遂に白状しなかったので、その隠し場所がわからないままになっているからだった。
 七つの鐘──七つの聖母──七つの箱。
 その謎と取り組んだ小山田博士は、けんめいに推理を働かせて、ついに隠し場所をつきとめるのだが、解き明された真相に、読者もさぞかしあっといわされたのに違いない。とりわけ、教会の鐘の音を利用した錯覚トリックにはうならせられたはずである。
 推理文壇の大御所である横溝先生は、本格派の第一人者として知られている。それだけにスリリングな物語の展開に加えて、そうしたトリッキイな道具立てが、面白さを一段と引き立てており、それも本書のたまらないみりょくの一つといえるだろう。
 その意味でも、読者は二重三重の楽しさを味わったのではないだろうか。
 江戸川乱歩先生といえば、怪人二十面相が有名だが、横溝先生の場合はこの怪獣男爵が、戦後まもない頃の少年少女ファンを大いに熱狂させたものだった。その要望に答えて、先生はシリーズ化を考えられ、ひきつづき「大迷宮」、「黄金の指紋」という作品を書いておられる。
「黄金の指紋」はこの一連のシリーズにも収録されているから、あわせて一読されることをおすすめせずにはいられない。

作品紹介・あらすじ



怪獣男爵
著者 横溝 正史
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年11月22

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
瀬戸内海の真ん中に浮かぶ奇妙な小島、男爵島。そこには、得体の知れない怪物が住んでいるという噂があった。史郎と二人の少年は、ヨットで島の沖合を走っているところを突然の嵐に襲われる。三人が島へ逃げ込んだそのとき、彼らのヨットを奪って何者かが逃げ出した。それこそが噂の怪物だったのだ! 島の所有者・怪獣男爵は何を隠しているのか。等々力警部と小山田博士がタッグを組み謎に迫る、サスペンス溢れる傑作長編。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205000265/
amazonページはこちら


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