デビュー作『化け者心中』で文学賞三冠達成!
最注目の気鋭が描く、いびつな夫婦の恋物語。
デビュー作『化け者心中』で小説野性時代新人賞、日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞を受賞。いま最も注目を集める歴史時代作家小説家・蝉谷めぐ実の第2作『おんなの女房』は1月28日に発売されました。
歌舞伎を知らぬ女房と、女より美しい“女形”の夫。やがて惹かれ合う夫婦を描くエモーショナルな時代小説を、まずは試し読みからお楽しみください。
『おんなの女房』試し読み#7
「
燕弥にそう告げられたとき、志乃はうなずくほかはなかった。たち縫い、茶の湯、聞き香に
豆を煮るお民の箸
お民に言われたとおりに盥の中でとぎ汁を
「あの、なにかございましたでしょうか」
志乃の傍に立つ燕弥は、にこにこと笑っている。
「いいのよ、わたしのことはお気にせず、そのまま続けてくださいな」
そう言って後ろで手を組み、盥を覗き込む燕弥の髪はゆるめに結わえられていて、はらりと一本こめかみにかかる。
漬けが時姫になってからというもの、燕弥はこうして、志乃がお民から手習いを受けている様子を見にくるようになっていた。どんなにつんけんしている日でも、志乃が
稽古場へ向かう燕弥を見送ってすぐ、志乃の頭にはぴいんときた。
やっぱり時姫は綺麗好きでいらっしゃるんだわ、そうなんだわ。
部屋の整い具合からも薄々は勘付いていたけれど、時姫は綺麗好きで、だから汚れ物がきれいになっていく様を見ているのは気持ちがいいってそういうわけじゃないかしら。
ならば、と志乃は
燕弥の部屋は、紅の件で入った時と相も変わらず、整然としていた。
役者ってのはとんでもない生業だと、つくづく志乃は思うのだ。世間の目を一身に集めてはいるが
燕弥は決して男の部分を見せようとしない。
志乃は小袖が掛けられたままの
女形とはそういうものか。
志乃は箱枕に顔を近づけすんと鼻を動かしてみる。
そういうもので終わらせてよいのか。
志乃は己の手が、掃除というよりなにかを探し回る手つきになっていることにふと気づいた。気づいたならば、こりゃもう開き直りで、部屋のあちらこちらをかき回す。と、つんと
飯を捨て、洗った椀が乾く頃合いに、燕弥の帰りを告げる声が格子戸の外に聞こえてきて、志乃は肩を張る。皐月狂言の幕開きが近いためか、稽古終わりの燕弥はご機嫌が悪い。板間に上がって、志乃の差し出した
「なぜ捨てやがった!」
(つづく)
作品紹介・あらすじ
おんなの女房
著者 蝉谷 めぐ実
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年01月28日
『化け者心中』で文学賞三冠。新鋭が綴る、エモーショナルな時代小説。
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。
私はなぜこの人に求められたのか――。
芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。
女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。
いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。
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