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試し読み

ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展でも注目の「チャールズ一世」! 中野京子『怖い絵』シリーズ特別試し読み#3

名画の新しい楽しみ方を提案する中野京子さんが展覧会ナビゲーターとなった「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING & QUEEN展 ―名画で読み解く 英国王室物語―」が開催中です。
展示されている名画と共に中野さんの著作『怖い絵』シリーズから、イギリス王室歴代の肖像作品をご紹介します。

【[KING & QUEEN展]記念試し読み】
>>①ホルバイン『ヘンリー八世像』
>>②ドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』


書影

『もっと知りたい「怖い絵」展』(KADOKAWA)


第三回は、『もっと知りたい「怖い絵」展』(KADOKAWA)より

グッドール
「チャールズ一世の最も幸福だった日々」


1853 年頃 Oil on canvas 99.5 × 153.5 cm
所蔵先:Bury Art Museum & Sculpture Centre, UK


 のどかな船遊びの絵。だが『チャールズ一世の幸福だった日々』というタイトルがおんさをかもし出す。「だった」と過去形なのだから、先には不幸や災難が待ち受けているに違いない。だがどの程度の?
 日本人がヨーロッパ人に比べて英国史にくわしくないのは当然だが、それでも世界史の授業の記憶をたぐれば、チャールズ一世+クロムウェル+ピューリタン革命の三点セットにつながり、イングランド史上ただ一人のしよけいされた王(女王だとジェーン・グレイがいる)だと気づく人は少なくないだろう。その時に浮かぶかんがいは、日本史に置きえるとわかりやすい。
 へいきんだちらが宮廷で花見をするびよう図があり、祖母のいのあまといっしょの幼いあんとく天皇も描かれていたとする。鑑賞者はたちまち「おんしようじやかねの声……」と『平家物語』の一節を思い出す。みやびな花見のうたげからだんうらの戦いまではわずか数年しかなく、じやに笑うこのようていが二位尼に抱かれて海のくずとなった史実がかんされ、「諸行無常のひびき」すら聞こえてくる気がするのではないか。
 つまり歴史を知らなければ、チャールズ一世の船遊びも安徳天皇の笑顔も、ただの日常風景でしかない。知識があって初めて──タイムマシンで過去と未来を行き来したように──運命の非情さ、恐ろしさにりつぜんとするし、つくり手もそれを意図したことがわかる。その意図が成功しているかいないかの判断も、知ってからでなければ難しかろう。

 チャールズ一世はステュアート朝の二代目。先代の父王ジェームズ一世同様、王権神授説(王権は神からさずけられたもの)をほうじ、イングランド政治における重要なシステムたる議会をにもかけず、専制政治を続けようとした。
 しかもきさきむかえたのは、ヘンリエッタ・マリア、フランス国王アンリ四世の娘である(母はイタリアのメディチ家から来たマリー・ド・メディシス)。フランスもイタリアもてつぺきのカトリック国だ。ヘンリエッタは結婚に際し、自らの信仰は捨てないこと、宮殿内にミサ室を造ることを条件にした。これは国民感情をさかでする行為だ。イングランドは先々代のエリザベス一世が血みどろの宗教ないふんをどうにか収めて、国家宗教をプロテスタント(英国国教会)ということでまとめあげてきた。そこへこの新たな火種だ。もしやチャールズ一世はかくれカトリックではないのか(少なくとも息子二人がそうだったことは王政復古後に明らかになる)、再びカトリック国に変えようとしているのではないか、そう疑われ始める。
 王夫妻の人気ていめいと連動するように、国は悪天、きようさくわれ、経済悪化と宗教がらみで暴動がひんぱつしだした。そうなるといっそう横暴な王とぜいたくな王妃のせいだということになり、議会の中心をめるピューリタン(聖書の教えを「ピュア」に推進させようとする教条派)が兵を挙げるに至った。チャールズ一世の治世十八年目の一六四二年のことだ。
 内乱は一進一退しながら長年続き、最後はクロムウェル率いる反乱軍が勝利した。フランス革命より百五十年ほども早い市民革命と言える(ルイ十六世との違いは、妻子を前もって亡命させていたことだろう)。チャールズ王はたいされ、裁判にかけられ、「専制、反逆、殺人、国家への裏切り」の罪で一六四九年、四十八歳でざんしゆ刑となった。その後は共和制が宣言されたが、実質的にはクロムウェル独裁となる。
『レディ・ジェーン・グレイの処刑』を描いた十九世紀フランスの画家ポール・ドラローシュが、『チャールズ一世の遺体を見るクロムウェル』という、文字通りのシーンを描いている。ただし実際にあった出来事ではなく、自分の殺した専制君主の遺体を、新たな専制者が見下ろして物思いにふける姿を、さらに鑑賞者が画面の外から見る、といったけだ。もちろんクロムウェル独裁が実質十年足らずだったこと、ひつぎに横たわる王の首がどうたいと離れているように、彼の首もいずれそうなるとの史実も知った上で見るのだ(クロムウェルは病死だが、王政復古で帰国したチャールズ一世の息子によってその死体はり起こされ、胴体からり離された首は、父のかたきとばかりくししにされてくさり落ちるまでさらされた)。


ドラローシュ『チャールズ一世の遺体を見るクロムウェル』
1846 年 Oil on canvas 38 × 45.8 cm
所蔵先:Hamburger Kunsthalle, Hamburg, Germany


 チャールズ一世の顔は、ヘンリー八世と同じくらいよく知られている。目鼻自体にさほど特徴はないものの、上へぴんとね上げたくちひげあごから逆三角に垂らした山羊やぎひげのセット(チャールズひげではなく、ヴァン・ダイクひげと呼ばれる)が印象的だからだ(ヒトラーやヴィルヘルム二世を思い浮かべれば、ひげの効果は自明だ)。しかもそうしたたいそうなひげを生やしたほそおもての顔は、りゆうれいな絵筆で四十数点も後世に残された。チャールズ一世がフランドルからさんの礼で宮廷画家に迎えたヴァン・ダイクの仕事である。ドラローシュが参考にしたのは間違いない。
 ヴァン・ダイクこそがチャールズ一世のイメージを決定づけた。げんはありながらもどこか影が薄く、メランコリックでロマンティックなふんを持ち、芸術愛好家の側面ともあいって、絶対君主というよりは線の細いがくしやはだの王のイメージ。悲劇的なさいに似つかわしい顔、あるいは歴史画に登場させやすい顔、と言っていいかもしれない。
 ただヴァン・ダイクはモデルをせいだいに美化することで知られ、彼の絵のとおりならチャールズ一世の宮廷は上から下まで美男美女であふれかえっていたことになる。口の悪い同時代人のドイツ貴族が、実際の王妃を見て、絵とは似ても似つかないので驚いた、と手紙に書いているほどだ。
 子供を描く際も同じなので、どれも皆、愛くるしい。一六三七年に制作した『チャールズ一世の子供たち』〔*〕は、左から長女メアリ、三男ジェームズ(まだ幼いので少女服を着ている)、次男で王太子のチャールズ、次女エリザベス、三女アン。再登場するので覚えておいてほしい。
「怖い絵」展出品作『チャールズ一世の幸福だった日々』にもどろう。描いたのは、ドラローシュより二十五歳下のイギリス人画家フレデリック・グッドール。彼はステュアート朝二代目の家族像を描くにあたり、ウィンザー城などを訪れて一連のヴァン・ダイク作品を熱心に研究したという。画中の子供たちの年かっこうから、時は一六三七、八年ころに設定されているのがわかる。
 ちょうどこの直後、側近のカンタベリー大主教ウィリアム・ロードの助言を受けたチャールズ一世が、スコットランドをごういんにイングランド化しようとして、反発したスコットランドで大暴動が起きる。そのカンタベリー大主教も乗船している。画面左、くつたくありげな表情でとも(船尾)に座る黒い平帽の初老の男だ(ヴァン・ダイクが描いた彼の肖像画とそっくり)。大主教はもうすぐ始まるピューリタン革命のさなか、処刑される運命にあった。
 横には黒人のじゆうがかしこまって立っている。各国の宮廷同様、イングランドにも小人症や肌の色の違うれい、道化などのなぐさみ者たちが仕えていた。彼らは王妃が抱いている小型犬キャバリア同様、あいがん用であり、またステイタスシンボルでもあった。
 遊覧船は贅沢好きの王夫妻にふさわしく優美な曲線を描き、船べりにもかじにも金の装飾がほどこされている。前者のうきぼりには、ふたまたに分かれた海のじよセイレーンも見える。船上には赤いどんちようを垂らしたてんがいが設けられ、長いオールの先も赤くられている。さきには、国王船であることを示す旗をかかげる臣下と、よろいやりで武装した兵士が二人立つ。
 ここはテムズ川だ。白スイレン(花言葉の「信仰」は意味深である)がく中、船はロンドン郊外のハンプトンコート宮殿へ向かう。この宮殿はかつてチャールズ一世の父ジェームズ一世がピューリタンの代表者たちと会談し、けつれつした場であり、またヘンリー八世妃ジェーン・シーモアやキャサリン・ハワードの幽霊がしゆつぼつするとうわさされていた場所でもある。
 宮廷人らが水門前で出迎えているが、王一家は艫にいて、前は見ていない。最終的に夫妻は四男五女をもうけるが、この時点では子供は六人、ただし長男は死産だったし、三女のアンはまだ乳児なので連れてこなかったから、ここにいるのは二人の王子と二人の王女だ。彼らも父王ほどではないが、おだやかな人生とはゆかない。
 ヴァン・ダイクの『チャールズ一世の子供たち』で、大きなマスチフ犬の頭を撫でていた王太子チャールズ(父と同名。後のチャールズ二世)は、はばびろの平襟レースにオレンジがかった赤の上下服といういで立ちだった。それがそっくりそのままグッドールによって船遊びの画面に移し替えられている。船上の天蓋の横、オールをぐ男たちの前方、ややかげになったところに立ち、黒い帽子を左手で持って水面を見ている少年がそうだ。
 その王太子のすぐ前に座り、船べりにほおづえついているのは長女のメアリ。彼女は父親の処刑前にオランダのオラニエ公にとつぎ、ピューリタン革命の亡命者をおおぜいすることになる。夫の死去後はイングランドへ帰り、ホワイトホール宮殿で病没した(父親が処刑されたのはこの宮殿のバンケティング・ハウス前)。二十九歳と若死にだったので、息子ウィリアム三世と弟ジェームズ二世のバトル(めい革命)は見ずに済む。
 ヴァン・ダイク作品では少女服を着せられていたジェームズ(後のジェームズ二世)は、ここでは男性服を着て、黒人侍従の手前に座っている。彼が王位にいたのは、兄王チャールズ二世と正妃との間にぎがいなかったからだ。しかしせっかく王になったのにカトリックであることを公言したため、兄の晩年の不人気を上回る不人気ぶりで、わずか三年足らずのうちに名誉革命によって王冠を奪われる。
 奪ったのは、先述したメアリの息子ウィリアム三世と、その妃で、つジェームズ二世の娘メアリだった(夫婦の共同統治となる)。実にややこしい話だが、要するにジェームズ二世は実の娘とおいに追放されたわけだ。名誉どころか不名誉きわまりない話とはいえ、首はねられなかったので亡命先で六十八歳まで生き永らえ、きようだい姉妹しまいのうち一番のちよう寿じゆだった。
 ヴァン・ダイクの肖像画で乳児だったアンは、三歳で病死した。アンをあやしていた青いドレスの次女エリザベスは、やはり青いドレスで船遊びの絵に登場する。帽子はかぶっていないので金髪が輝く。この愛らしい少女と優美な母ヘンリエッタ・マリアが、乗船者たちの中で真っ先に目をくよう明るいが当たり、背後の黒ずくめのチャールズ一世に見守られている。母娘ともいかにも宮廷人らしいてんな様子で、白鳥にえさをやる。野生の白鳥の寿命は長くて十五年。エリザベスも十五歳で病死する定めだった。
 ヘンリエッタ・マリアは革命前に亡命したので、マリー・アントワネットのような悲劇の王妃にはならなかった。だから歴史からはほとんど忘れられている。五十九歳でくなるが、死因はへんじようせつしゆという。
 ──幸福「だった」船遊びの絵。グッドールの意図はる者に伝わるだろうか。伝わるだろう。なぜなら船上の誰ひとり笑みを浮かべている者はいないから。

 フレデリック・グッドール(一八二二~一九〇四)は、イギリス人画家。ロイヤルアカデミー会員。父エドワードは版画家、兄エドワード・アンジェロも画家として名を知られている。
 アンソニー・ヴァン・ダイク(一五九九~一六四一)は、イギリス肖像画の基礎を作ったと言われる。代表作は『狩り場のチャールズ一世』。


ヴァン・ダイク『チャールズ一世の子供たち』
1637 年 Oil on canvas 163.2 × 198.8 cm
所蔵先:Royal Collection Trust


「KING&QUEEN展」では


《チャールズ1世》ヘリット・ファン・ホントホルスト 1628年
King Charles I by Gerrit van Honthorst (1628) ©National Portrait Gallery, London


ジェームズ1世とアン・オブ・デンマークの次男で、1612年の長男ヘンリー没後に王位を継承した。彼は国王として、英国の王族の中でも最も活発に芸術を支援し蒐集した人物となった。議会を解散して自ら統治に乗り出し、課税と宗教の統一を求めようとしたので、最終的には内戦を引き起こしてしまった。堅苦しくない、親しみやすさのあるこの肖像画は、さらに大きなサイズの集団肖像画の習作として制作された。

「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵
KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―」とは

作品の魅力と併せ、美しく気品に満ちた肖像画のモデルである王室の面々が辿った運命、繰り広げられた人間模様に肉迫します。背景を知って観覧することでより深い鑑賞体験ができる画期的な展覧会です。

会期:開催中~ 2021 年 1 月 11 日(月・祝)   ※会期中無休
会場:上野の森美術館
住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2
開館時間:10:00~17:00 (1月1日を除く金曜は10:00~20:00)
※入館は閉館の30分前まで
※日時指定制を導入しております。※入場・チケット購入方法ほか新型コロナウイルス感染防止対策及び最新運営情報などを公式HPで必ずご確認ください。

公式ホームページ:www.kingandqueen.jp

中野京子が贈る名画の新しい楽しみ方 角川文庫「怖い絵」シリーズ

『怖い絵』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000707/
『怖い絵 泣く女篇』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000708/
『怖い絵 死と乙女篇』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000710/
『新 怖い絵』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000205/


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