名画の新しい楽しみ方を提案する中野京子さんが展覧会ナビゲーターとなった「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING & QUEEN展 ―名画で読み解く 英国王室物語―」が開催中です。
展示されている名画と共に中野さんの著作『怖い絵』シリーズから、イギリス王室歴代の肖像作品をご紹介します。
【[KING & QUEEN展]記念試し読み】
>>①ホルバイン『ヘンリー八世像』
>>②ドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』
第三回は、『もっと知りたい「怖い絵」展』(KADOKAWA)より
グッドール
「チャールズ一世の最も幸福だった日々」
のどかな船遊びの絵。だが『チャールズ一世の幸福だった日々』というタイトルが
日本人がヨーロッパ人に比べて英国史に
つまり歴史を知らなければ、チャールズ一世の船遊びも安徳天皇の笑顔も、ただの日常風景でしかない。知識があって初めて──タイムマシンで過去と未来を行き来したように──運命の非情さ、恐ろしさに
チャールズ一世はステュアート朝の二代目。先代の父王ジェームズ一世同様、王権神授説(王権は神から
しかも
王夫妻の人気
内乱は一進一退しながら長年続き、最後はクロムウェル率いる反乱軍が勝利した。フランス革命より百五十年ほども早い市民革命と言える(ルイ十六世との違いは、妻子を前もって亡命させていたことだろう)。チャールズ王は
『レディ・ジェーン・グレイの処刑』を描いた十九世紀フランスの画家ポール・ドラローシュが、『チャールズ一世の遺体を見るクロムウェル』という、文字通りのシーンを描いている。ただし実際にあった出来事ではなく、自分の殺した専制君主の遺体を、新たな専制者が見下ろして物思いに

ドラローシュ『チャールズ一世の遺体を見るクロムウェル』
1846 年 Oil on canvas 38 × 45.8 cm
所蔵先:Hamburger Kunsthalle, Hamburg, Germany
チャールズ一世の顔は、ヘンリー八世と同じくらいよく知られている。目鼻自体にさほど特徴はないものの、上へぴんと
ヴァン・ダイクこそがチャールズ一世のイメージを決定づけた。
ただヴァン・ダイクはモデルを
子供を描く際も同じなので、どれも皆、愛くるしい。一六三七年に制作した『チャールズ一世の子供たち』〔*〕は、左から長女メアリ、三男ジェームズ(まだ幼いので少女服を着ている)、次男で王太子のチャールズ、次女エリザベス、三女アン。再登場するので覚えておいてほしい。
「怖い絵」展出品作『チャールズ一世の幸福だった日々』にもどろう。描いたのは、ドラローシュより二十五歳下のイギリス人画家フレデリック・グッドール。彼はステュアート朝二代目の家族像を描くにあたり、ウィンザー城などを訪れて一連のヴァン・ダイク作品を熱心に研究したという。画中の子供たちの年かっこうから、時は一六三七、八年ころに設定されているのがわかる。
ちょうどこの直後、側近のカンタベリー大主教ウィリアム・ロードの助言を受けたチャールズ一世が、スコットランドを
横には黒人の
遊覧船は贅沢好きの王夫妻にふさわしく優美な曲線を描き、船べりにも
ここはテムズ川だ。白スイレン(花言葉の「信仰」は意味深である)が
宮廷人らが水門前で出迎えているが、王一家は艫にいて、前は見ていない。最終的に夫妻は四男五女をもうけるが、この時点では子供は六人、ただし長男は死産だったし、三女のアンはまだ乳児なので連れてこなかったから、ここにいるのは二人の王子と二人の王女だ。彼らも父王ほどではないが、
ヴァン・ダイクの『チャールズ一世の子供たち』で、大きなマスチフ犬の頭を撫でていた王太子チャールズ(父と同名。後のチャールズ二世)は、
その王太子のすぐ前に座り、船べりに
ヴァン・ダイク作品では少女服を着せられていたジェームズ(後のジェームズ二世)は、ここでは男性服を着て、黒人侍従の手前に座っている。彼が王位に
奪ったのは、先述したメアリの息子ウィリアム三世と、その妃で、
ヴァン・ダイクの肖像画で乳児だったアンは、三歳で病死した。アンをあやしていた青いドレスの次女エリザベスは、やはり青いドレスで船遊びの絵に登場する。帽子はかぶっていないので金髪が輝く。この愛らしい少女と優美な母ヘンリエッタ・マリアが、乗船者たちの中で真っ先に目を
ヘンリエッタ・マリアは革命前に亡命したので、マリー・アントワネットのような悲劇の王妃にはならなかった。だから歴史からはほとんど忘れられている。五十九歳で
──幸福「だった」船遊びの絵。グッドールの意図は
フレデリック・グッドール(一八二二~一九〇四)は、イギリス人画家。ロイヤルアカデミー会員。父エドワードは版画家、兄エドワード・アンジェロも画家として名を知られている。
アンソニー・ヴァン・ダイク(一五九九~一六四一)は、イギリス肖像画の基礎を作ったと言われる。代表作は『狩り場のチャールズ一世』。
「KING&QUEEN展」では

《チャールズ1世》ヘリット・ファン・ホントホルスト 1628年
King Charles I by Gerrit van Honthorst (1628) ©National Portrait Gallery, London
ジェームズ1世とアン・オブ・デンマークの次男で、1612年の長男ヘンリー没後に王位を継承した。彼は国王として、英国の王族の中でも最も活発に芸術を支援し蒐集した人物となった。議会を解散して自ら統治に乗り出し、課税と宗教の統一を求めようとしたので、最終的には内戦を引き起こしてしまった。堅苦しくない、親しみやすさのあるこの肖像画は、さらに大きなサイズの集団肖像画の習作として制作された。
「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵
KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―」とは
作品の魅力と併せ、美しく気品に満ちた肖像画のモデルである王室の面々が辿った運命、繰り広げられた人間模様に肉迫します。背景を知って観覧することでより深い鑑賞体験ができる画期的な展覧会です。
会期:開催中~ 2021 年 1 月 11 日(月・祝) ※会期中無休
会場:上野の森美術館
住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2
開館時間:10:00~17:00 (1月1日を除く金曜は10:00~20:00)
※入館は閉館の30分前まで
※日時指定制を導入しております。※入場・チケット購入方法ほか新型コロナウイルス感染防止対策及び最新運営情報などを公式HPで必ずご確認ください。
公式ホームページ:www.kingandqueen.jp
中野京子が贈る名画の新しい楽しみ方 角川文庫「怖い絵」シリーズ
『怖い絵』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000707/
『怖い絵 泣く女篇』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000708/
『怖い絵 死と乙女篇』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000710/
『新 怖い絵』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000205/