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試し読み

ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展でも注目の「エリザベス1世(アルマダの肖像画)」! 中野京子『怖い絵』シリーズ特別試し読み#2

名画の新しい楽しみ方を提案する中野京子さんが展覧会ナビゲーターとなった「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING & QUEEN展 ―名画で読み解く 英国王室物語―」が開催中です。
展示されている名画と共に中野さんの著作『怖い絵』シリーズから、イギリス王室歴代の肖像作品をご紹介します。

>>[KING & QUEEN展]記念試し読み①ホルバイン『ヘンリー八世像』


書影

『怖い絵 泣く女篇』(角川文庫)


第二回は、『怖い絵 泣く女篇』(角川文庫)より

ドラローシュ
『レディ・ジェーン・グレイの処刑』


1833年 油彩 246×297㎝
ロンドン・ナショナルギャラリー
©Bridgeman/PPS


 イングランド歴代女王といえば、メアリ一世、エリザベス一世、メアリ二世、アン、ヴィクトリア、エリザベス二世(現女王)の六人とされているが、正確にはもうひとりいる。メアリ一世より先に即位し、イングランド最初の女王を宣言したジェーン・グレイだ。ただし玉座に座ったのはわずか九日間。追われて半年後には処刑されてしまう。まだ十六歳と四ヵ月。花の盛りだった。シェークスピアの生まれるちょうど十年前、一五五四年のことである。
 以来、ジェーン処刑シーンは数多く描かれてきたが、三百年後のロマン主義吹き荒れる中、フランス人画家ドラローシュが異国の歴史画として描いたこの絵が、一番の人気作となっている。ロンドン留学中の夏目漱石も魅了され、小説『ろんどん塔』に反映されたことは広く知られるとおり。

 きわめて演劇的な、計算されつくした画面。
 左に巨大な円柱があり、宮殿の一間とおぼしき場所で処刑が行なわれようとしている。その円柱にすがりつき、背中を見せて泣く侍女と、失神しかける侍女。後者のひざにおかれたマントと宝石類は、直前までジェーンが身につけていたものだ。ざんしゆの際、邪魔になるので脱がねばならなかった。
 若き元女王は真新しい結婚指輪だけをめ、サテンのつややかな純白ドレスは花嫁しようのようでもあり、自己の潔白を主張するかのようでもある。目隠しをされたため、首を置く台のありかがわからず手探りするのを、中年の司祭が包み込むように導こうとしている。台には鉄輪がめられており、動かないように鎖で床に固定されている。ジェーンの身分を考慮した房付きの豪華なクッションが足もとにあり、ここにはらいとなって首を差し出すのだ。床には黒い布が敷かれ、その上に血を吸うためのわらいてあるのが、その先を想像させて胸をく。
 右には赤い帽子、赤いホーズといった派手ななりの死刑執行人が立つ。大きなおのは刃が分厚く、日本刀の「斬る」というイメージと違って、いかにも「たたつぶす」という感じが伝わってきて恐ろしい。彼は腰にロープとナイフも用意している。ロープは手を縛るためのものとして、ナイフはいったい何のためだろう? これも実は首の切断に必要だったのだ。
「人道的な」ギロチンが発明される以前の斬首には、はなはだ失敗が多かった。髪の毛で刃先が滑ったり(だからジェーンは髪を束ねてうなじを出している)、処刑人の腕が未熟だったり(一撃で終わらせるにはかなりの技量を要した)、精神集中がうまくゆかないこともある(衆人環視のもと、処刑人にかかるプレッシャーは相当のものだった)。
 十七世紀後半のジャック・ケッチの例が有名で、彼はほんを企てたモンマス公爵の首を斬る際、弱腰のせいで一撃目は首に傷をつけただけだった。公爵はいったん身を起こし、ケッチをにらみつけたというから、よくよく力足らずだったのだろう。再び腹這いになった公爵の首めがけてケッチは二打、三打と振り下ろしたが、相手を苦しませるだけで絶命させられず、斧を放り投げて泣き出したという(泣きたいのは公爵の方だったろうに……)。見物していた群集にとうされたケッチは再び斧を取り、さらに二打を浴びせたがまだダメで、ついにナイフでごりごり首を削り落としたのだった。
 ぞっとする話だが、何もケッチだけが特別に無能だったわけではなく、エリザベス一世の命で処刑されたエセックス伯の場合も似たりよったりだったし、首の細い女性なら大丈夫かと思えば、メアリー・スチュアートがいたずらにもんぜつ死させられたことは知る人ぞ知るである。そう考えると、いかにもなまくらそうな斧とともに、ナイフの存在も怖い。ナイフの出番がないことを祈るのみである。せめて女性は別のやり方で処刑すればいいのに、と思うのは現代人の感覚で、当時は斬首は高貴な死であり、絞首されるのはしもじもの者であった。
 それにしても、この絵に描かれた処刑人には違和感を覚える。こんな仕事は気が進まないと言わんばかりに、あわれみのまなしを前女王へ投げかけているわけだが、そんなことより一撃で終わりにするぞという気迫を示してくれた方がよほどありがたい。大仕事を前にしているというのに、この気の抜けたポーズは何なのか。腕のほどまで疑われるではないか(幸い実際のジェーンの斬首は、長引くことなく終了した由)。
 全体に本作は、感傷におぼれすぎているのが難である。ふたりの男性の醸し出すれんびんの情だけで十分なのに、侍女たちのオーバーアクションが目立つ。演劇的道具立てと人物配置があつらえごとめいた雰囲気を漂わせているところへもってきて、彼女らが叫んだりうめいたりするものだから画面がやたらと騒がしい。へたな俳優が声張り上げ腕ふりまわし、そこへ大音量で弦楽器のすすり泣きを入れるようなもので、せっかくの作品の質を落としてしまった。せめてもっと後方の薄暗がりでひっそりなげいているか、いっそこのふたりを塗りつぶし、ジェーンのマントだけを脇に添えたらどうだったろう。
 だがが目立つにもかかわらず、この絵には一度見たら忘れがたい力がある。脇役はどうでも、主役の圧倒的存在感で成功する舞台のように、ジェーン・グレイの大きな魅力が全てを決している。残酷な運命を前に抵抗するでなくおびえるでなく、周りの悲嘆に耳をかさず、覚悟を決めてしようようと死につこうとしているジェーン・グレイ、彼女のそのはかない一輪の白い花のような姿、散る直前の匂い立つ美しさが、見る者の胸を揺すり痛みを与える。
 若々しくせいな白い肌のこの少女は、一瞬後には血まみれの首なし死体となって、長々と横たわっているのだ。そこまで想像させて、この残酷な絵は美しくせんりつ的である。

 現実は、しかしさらにむごいものだった。
 ジェーン・グレイは反逆者として裁かれたので、処刑は宮殿どころか屋内ですらなく、ロンドン塔の広場で貴族たちに公開で行なわれた。胴から離されたジェーンの首は、処刑人に髪をむんずとつかまれ、みんなによく見えるよう高々と掲げられたし、遺体はその場に四時間も放置されたままだった。
 いったい彼女はなぜ死刑になったのだろう? どんな責任があったのか?
 火種はあのこわもてのヘンリー八世(『怖い絵』参照)にまでさかのぼる。ジェーン・グレイはヘンリー八世の妹の孫なのだ。彼の血を引いて生まれたところに、ジェーンのやくさいは始まっていた。
 八世が後継者の男児ほしさに、次々きさきを殺したり離縁したりしたことは上述書に詳しく書いた。けっきょく願いかなって三人目の妻ジェーン・シーモアとの間に男児(後のエドワード六世)をもうけたのだが、そこで問題となったのは、最初の妻との間に生まれたメアリと、二度目の妻アン・ブーリンとの間に生まれたエリザベスの扱いである。八世は規則破りの結婚を重ねたため、いっときとはいえ、このふたりの娘を庶子、つまり王位につく権利のない子どもと見なしたことがある(ここに陰謀家のつけ入る隙があった)。
 最終的には八世はふたりの娘にも王位継承権を与え、遺言を残してあの世へ旅立つ。それによれば継承順位は、一位エドワード、二位メアリ、三位エリザベス、四位ジェーン・グレイとなっていた。エドワードが長生きして息子を成していれば問題は生じなかったのだが、病弱で長くは持たないのは誰の目にも明らかだったので、早い時期からクーデターは準備されていた。誰によって?──ジェーン・グレイのしゆうとによってだ。
 権力志向の舅ジョン・ダドリーは、ジェーンが幼いころから後見人として名乗り出て、最終的には自分の四男ギルフォードと結婚させた。エドワード亡きあとジェーンを即位させ、メアリとエリザベスは庶子のため権利がないとして抹殺し、全てを自分でぎゆうるつもりだったのだ。エドワードが十五歳で早世するや、計画は実行され、ジェーンの王位が宣言された。
 ことここに至るまで、ジェーンは何も知らされていなかったので、ただただきようがくするばかりだったといわれている。それが本当なら、彼女の責められるべきところは、そこだろう。自分の身分への警戒心が、あまりになさすぎた。その点、父(ヘンリー八世)に母(アン・ブーリン)を殺され、その後もつらい思いを幾度も味わい、命の危機もくぐり抜けてきたエリザベス(後のエリザベス一世)は、王位継承順位が低いにもかかわらず万が一の用心を怠らなかったし、苦労ゆえの人間観察も身につけていた。両親がそろい、ぬるま湯的プリンセス生活を送ってきたジェーンとは好対照である。
 ダドリーの陰謀が失敗した最大原因だが、それはメアリを逮捕できなかったことに尽きる(メアリも苦労人だったから、風のように逃走した)。メアリとエリザベスを亡き者にさえしていれば、ジェーンの女王の座は──単なるかいらいといえども──かなり長くった可能性がある。しかし逃げたメアリは民衆の人気をうしだてにたちまち反撃、九日後にはダドリー一族をいちもうじんにして王位についた。
 ところでメアリ女王だが、このころの人気は春の淡雪のようにたちまち消えて、「ブラッディ・メリー(血まみれメリー)」とあだ名され憎まれるようになる。また、ジェーンの夫ギルフォードは処刑されたが、弟のロバート・ダドリーだけはまだ若くて何も知らなかったとしてゆるされる。このロバートが、後にエリザベス一世の恋人として名高い「わたしのお目々ちゃん」になるのだから、歴史は面白い。
 さて、首謀者ダドリーの首は即時飛ばされた。だが血縁であるジェーンの処遇についてはメアリ一世にも迷いがあったので、ロンドン塔に幽閉だけして放っておいた。この時点では命だけは救うつもりだったらしい。ところがメアリがカトリック国スペインのフェリペ二世との結婚を決めたとき、それにはんぱつしたプロテスタントたちが反乱を起こし、あろうことかその首謀者に、今度はジェーンの実父グレイが関与していたから致命的だ。ジェーンの命運はここに尽きる。彼女はふたりの父に殺されたと言っていいだろう。
 死刑直前、ジェーンはカトリックに改宗するなら命を助けてやってもいいとの申し出を受けるが断った。たとえ今の嵐をやり過ごしたとしても、いつなんどき誰かがまた自分をかつぎ出そうとして反乱を起こすやも知れず、そうでなくとも一生ロンドン塔に閉じ込められたきりなら、先にみまかった夫のもとへ早く行きたいと考えた、といわれている。
 いずれにせよ、字義どおり血で血を洗う政争の時代に、強烈な意志と力で突き進むだけのエネルギーの持ち主──エリザベスのような──でない限り、生きのびることはできない。ジェーンがこの絵のとおりのたおやかな女性だったとしたら、なおさらそれは困難であったに違いない。しかしまたジェーンがこの絵のとおりに、取り乱すこともなく決然と首を差しのべたのだとしたら、あと数年生き永らえさえすれば、真の女王として君臨できた可能性も否定できない。

 ポール・ドラローシュ(一七九七~一八五六)の生きた時代、フランスは一種のイギリス崇拝熱にうかされており、彼もイギリス史を題材にいくつも作品(『チャールズ一世のひつぎの前のクロムウェル』『エリザベス一世の死』『エドワードの息子たち』etc.)を発表している。生前は大きな人気を博したドラローシュだが、今では同時代人ドラクロワの陰に隠れてしまった。

「KING&QUEEN展」では


《レディ・ジェーン・グレイ》作者不詳 1590-1600年頃
Lady Jane Grey by Unidentified artist (c. 1590-1600) ©National Portrait Gallery, London


ヘンリー8世の妹の孫娘。ヘンリー8世の息子エドワード6世が15歳で亡くなった後、イングランド最初の女王を宣言するが、君臨したのはわずか9日間だけであった。
王位継承を主張したメアリーに敗れた彼女は投獄され、1554年2月12日に16歳で斬首された。

「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵
KING&QUEEN展―名画で読み解く 英国王室物語―」とは

作品の魅力と併せ、美しく気品に満ちた肖像画のモデルである王室の面々が辿った運命、繰り広げられた人間模様に肉迫します。背景を知って観覧することでより深い鑑賞体験ができる画期的な展覧会です。

会期:開催中~ 2021 年 1 月 11 日(月・祝)   ※会期中無休
会場:上野の森美術館
住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2
開館時間:10:00~17:00 (1月1日を除く金曜は10:00~20:00)
※入館は閉館の30分前まで
※日時指定制を導入しております。※入場・チケット購入方法ほか新型コロナウイルス感染防止対策及び最新運営情報などを公式HPで必ずご確認ください。

公式ホームページ:www.kingandqueen.jp

中野京子が贈る名画の新しい楽しみ方 角川文庫「怖い絵」シリーズ

『怖い絵』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000707/
『怖い絵 泣く女篇』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000708/
『怖い絵 死と乙女篇』
https://www.kadokawa.co.jp/product/201012000710/
『新 怖い絵』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000205/


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