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特集

著者自ら生解説。「怖い絵」展の夜間鑑賞会に行ってきた!

 上野の森美術館で12月17日(日)まで開催中の「怖い絵」展。東京に先立ち、兵庫県立美術館で開催された同展は、同館歴代3位の記録となる27万人の入場者数を記録した。東京でも連日大盛況で、SNS上の口コミをきっかけに若い世代にもファンが急増している。そんな中、「怖い絵」シリーズの著者であり、同展の特別監修を務めた作家・ドイツ文学者の中野京子さんによる生解説付きの夜間鑑賞会が11月3日(金・祝)に開催された。
 閉館後の18時からと19時15分からの二部制で定員は各80名。発売されるとすぐにソールドアウトになったというプレミアムチケットを手にした観客は、中野さんの肉声が聞けるとあって、ワクワクした面持ち。「こんなに少人数でご覧になるのは、なかなか機会がないと思います。どうぞ楽しんで行ってくださいね」と中野さん。さっそく解説が始まった。

美人の勧める酒を男は断れないもの

 まず、「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」(ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス)の前へ。魔女キルケーに魔酒を飲まされ、豚に変えられてしまった部下たちを探しにきたオデュッセウス。彼とキルケーの出会いのシーンが描かれている。中野さんは「豚が何頭いるかわかりますか?」と質問したり、「知人男性が、展覧会の中でこの絵が一番怖いと言っていました。豚に変えられるとわかっていても、美人に勧められたら絶対に飲んでしまうから、ですって!」とエピソードをはさんだりしながら、軽快に解説を続ける。
 すぐ横に「オデュッセウスとセイレーン」(ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー)が飾られている。これは「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」の対となる一枚。「キルケーが住む島を離れる際、オデュッセウスはキルケーから、魔物であるセイレーンから身を守るには彼女たちの歌声を聞いてはいけないとアドバイスされるのです。蜜蝋で耳栓をしておきなさい、と。部下たちは言われた通りにしたけれど、好奇心旺盛なオデュッセウスは耳栓をしなかったの。奇行に走らないように自らマストにくくりつけさせたんだけど、暴れたのでしょう。部下が結わえなおしているのがわかると思います。目もいっちゃってますよね?(笑)」と中野さん。

セイレーンのモデルはハーピーイーグル!?

 セイレーンを描いたもう一枚の絵「飽食のセイレーン」(ギュスターヴ=アドルフ・モッサ)では、上半身が女性、下半身が鳥の姿をしている。中野さんによると、セイレーンは鳥バージョンと魚バージョンの2パターンで描かれることがあるのだという。「飽食のセイレーン」は1905年に描かれた作品ながら、現代美術のようなポップさがある。唇は鮮血で染まり、毛皮のマントのような大きな羽にも血がついており、中野さん曰く「美とグロテスクが融合した作品」とのこと。「ある方に、この絵で描かれている鳥がハーピーイーグルとよく似ていると教わって、ネットの動画を見てみたら本当にそっくりで驚きました。ナマケモノをさらって飛んでいくんです。その動画を見たあと、この絵を観たら二倍怖いですよ。ぜひ探して見てください!」と中野さんは嬉々と語る。
 その後、「そして妖精たちは服を持って逃げた」(チャールズ・シムズ)や、「切り裂きジャックの寝室」(ウォルター・リチャード・シッカート)の説明を経て、いよいよ、ポスターにも使われている「レディ・ジェーン・グレイの処刑」(ポール・ドラローシュ)の絵の前に移動。縦2.5m×横3mの巨大な絵に、「こんなに大きい絵だったんだ!」と驚きながら見入る観客も多かった。

展覧会のシンボルとなった一枚

「レディ・ジェーン・グレイの処刑」

「展覧会はシンボル的な作品がないと成功しないものです。この絵は怖いけれど美しく、謎に包まれている。ひと目見た瞬間、老若男女が惹きつけられる絵です。シンボルにするならこの絵しかないと思いました。でもなかなか貸し出しの許可が下りなくて、担当者がかなり苦労した絵でもあるんです。でもどうしても諦められず、『この絵が来ないならもう展覧会はやめる!』と言って、担当者を困らせてしまったこともありました……。無事に来てくれて本当によかったです(笑)。
 この絵のモデルであるイングランドの初の女王ジェーン・グレイは、権力闘争に巻き込まれて1554年に処刑されました。その短い在位期間から、「9日間の女王」という異名もあります。実際には、黒いドレスを着ていて目隠しもしていなかったそうです。白いドレスにしたことで彼女の純粋さや無垢さが際立っていますよね? ぎこちない手つきの白い腕からは、彼女がまだ16歳だったという事実が伝わってきますし、実物を見ると、左手の薬指に結婚指輪をしていることもよくわかると思います。処刑の際、二人の侍女と司祭ともジェーンの近くにはいませんでしたが、このように脚色して描いたのは画家の計算。ジェーンの無垢さ、無実であることを伝えたいという画家の思いが伝わりますし、まるでオペラの一幕のようにドラマティックですよね」
 中野さんがこの絵についての熱い思いを語り終えると、会場から割れんばかりの拍手が起こった。そしてその熱気のなか、参加者たちは閉館ギリギリまで夜間鑑賞会を楽しんでいた。

>>「レディ・ジェーン・グレイの処刑」解説 連載/極上の一章
 

 本展の元となった「怖い絵」シリーズは、『怖い絵』『怖い絵 泣く女篇』『怖い絵 死と乙女篇』(すべて角川文庫)『新 怖い絵』(角川書店)と全4冊、さらに「怖い絵」と「怖い絵」展の見どころが凝縮された『怖い絵のひみつ。 「怖い絵」スペシャルブック』(角川書店)が刊行されている。展覧会のおさらいとして読むもよし、また展覧会では観ることができない絵についても数多く紹介されているので、ぜひ手にして西洋美術の新しい“読み解き方”を堪能していただきたい。

 
 
文:高倉 優子/写真:後藤 利江
 
 

会期:2017年10月7日(土)~12月17日(日) ※会期中無休
会場:上野の森美術館
住所:東京都台東区上野公園1-2
時間:毎日9:00~20:00 
※入場は閉館の30分前まで。
料金:一般 1,600円、大学生・高校生 1,200円、中学生・小学生 600円
※20名以上の団体割引料金あり。
※小学生未満は無料。
※障がい者手帳提示の方、およびその介護者1名は無料。
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
「怖い絵」展公式HP:http://www.kowaie.com/


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