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【「極上の一章」とは?】
「この一章を読んでもらえれば、買わせる自信あり!」という一章を担当編集者がセレクト。その作品への熱い思いも込めてお薦めさせて頂きます。まずはこの「一章」から、ご一読下さい。
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【担当編集からひとこと】

本書のカバー絵の女性は、権力闘争に巻き込まれ16歳という若さで処刑された初代イングランド女王、ジェーン・グレイ。改宗すれば助かったのに、改宗しなかった理由がせつない! この名画《レディ・ジェーン・グレイの処刑》は、兵庫県立美術館で開催中の「怖い絵」展の目玉として日本初公開中。彼女に魅せられた観客は、8月20日現在すでに11万人超え。全体図は会場か本書でご覧ください。読んでも、観ても、怖い物語です。

作品1

ドラローシュ

『レディ・ジェーン・グレイの処刑』

1833 年 油彩 246 × 297cm
ロンドン・ナショナルギャラリー©Bridgeman/PPS
 イングランド歴代女王といえば、メアリ一世、エリザベス一世、メアリ二世、アン、ヴィクトリア、エリザベス二世(現女王)の六人とされているが、正確にはもうひとりいる。メアリ一世より先に即位し、イングランド最初の女王を宣言したジェーン・グレイだ。ただし玉座に座ったのはわずか九日間。追われて半年後には処刑されてしまう。まだ十六歳と四ヵ月。花の盛りだった。シェークスピアの生まれるちょうど十年前、一五五四年のことである。
 以来、ジェーン処刑シーンは数多く描かれてきたが、三百年後のロマン主義吹き荒れる中、フランス人画家ドラローシュが異国の歴史画として描いたこの絵が、一番の人気作となっている。ロンドン留学中の夏目漱石も魅了され、小説『倫敦(ろんどん)塔』に反映されたことは広く知られるとおり。
 きわめて演劇的な、計算されつくした画面。
 左に巨大な円柱があり、宮殿の一間とおぼしき場所で処刑が行なわれようとしている。その円柱にすがりつき、背中を見せて泣く侍女と、失神しかける侍女。後者の膝におかれたマントと宝石類は、直前までジェーンが身につけていたものだ。斬首の際、邪魔になるので脱がねばならなかった。
 若き元女王は真新しい結婚指輪だけを嵌め、サテンの(つや)やかな純白ドレスは花嫁衣装のようでもあり、自己の潔白を主張するかのようでもある。目隠しをされたため、首を置く台のありかがわからず手探りするのを、中年の司祭が包み込むように導こうとしている。台には鉄輪が嵌められており、動かないように鎖で床に固定されている。ジェーンの身分を考慮した房付きの豪華なクッションが足もとにあり、ここに腹這いとなって首を差し出すのだ。床には黒い布が敷かれ、その上に血を吸うための藁が撒いてあるのが、その先を想像させて胸を衝く。
 右には赤い帽子、赤いホーズといった派手ななりの死刑執行人が立つ。大きな斧は刃が分厚く、日本刀の「斬る」というイメージと違って、いかにも「叩き潰す」という感じが伝わってきて恐ろしい。彼は腰にロープとナイフも用意している。ロープは手を縛るためのものとして、ナイフはいったい何のためだろう? これも実は首の切断に必要だったのだ。
「人道的な」ギロチンが発明される以前の斬首には、はなはだ失敗が多かった。髪の毛で刃先が滑ったり(だからジェーンは髪を束ねてうなじを出している)、処刑人の腕が未熟だったり(一撃で終わらせるにはかなりの技量を要した)、精神集中がうまくゆかないこともある(衆人環視のもと、処刑人にかかるプレッシャーは相当のものだった)。
 十七世紀後半のジャック・ケッチの例が有名で、彼は謀叛を企てたモンマス公爵の首を斬る際、弱腰のせいで一撃目は首に傷をつけただけだった。公爵はいったん身を起こし、ケッチを睨みつけたというから、よくよく力足らずだったのだろう。再び腹這いになった公爵の首めがけてケッチは二打、三打と振り下ろしたが、相手を苦しませるだけで絶命させられず、斧を放り投げて泣き出したという(泣きたいのは公爵の方だったろうに……)。見物していた群集に罵倒されたケッチは再び斧を取り、さらに二打を浴びせたがまだダメで、ついにナイフでごりごり首を削り落としたのだった。
 ぞっとする話だが、何もケッチだけが特別に無能だったわけではなく、エリザベス一世の命で処刑されたエセックス伯の場合も似たりよったりだったし、首の細い女性なら大丈夫かと思えば、メアリー・スチュアートがいたずらに悶絶死させられたことは知る人ぞ知るである。そう考えると、いかにもなまくらそうな斧とともに、ナイフの存在も怖い。ナイフの出番がないことを祈るのみである。せめて女性は別のやり方で処刑すればいいのに、と思うのは現代人の感覚で、当時は斬首は高貴な死であり、絞首されるのは下々の者であった。
 それにしても、この絵に描かれた処刑人には違和感を覚える。こんな仕事は気が進まないと言わんばかりに、憐れみの眼差しを前女王へ投げかけているわけだが、そんなことより一撃で終わりにするぞという気迫を示してくれた方がよほどありがたい。大仕事を前にしているというのに、この気の抜けたポーズは何なのか。腕のほどまで疑われるではないか(幸い実際のジェーンの斬首は、長引くことなく終了した由)。
 全体に本作は、感傷に溺れすぎているのが難である。ふたりの男性の醸し出す憐憫の情だけで十分なのに、侍女たちのオーバーアクションが目立つ。演劇的道具立てと人物配置が(あつら)えごとめいた雰囲気を漂わせているところへもってきて、彼女らが叫んだり呻いたりするものだから画面がやたらと騒がしい。へたな俳優が声張り上げ腕ふりまわし、そこへ大音量で弦楽器のすすり泣きを入れるようなもので、せっかくの作品の質を落としてしまった。せめてもっと後方の薄暗がりでひっそり(なげ)いているか、いっそこのふたりを塗りつぶし、ジェーンのマントだけを脇に添えたらどうだったろう。
 だが瑕疵が目立つにもかかわらず、この絵には一度見たら忘れがたい力がある。脇役はどうでも、主役の圧倒的存在感で成功する舞台のように、ジェーン・グレイの大きな魅力が全てを決している。残酷な運命を前に抵抗するでなく怯えるでなく、周りの悲嘆に耳をかさず、覚悟を決めて従容と死につこうとしているジェーン・グレイ、彼女のそのはかない一輪の白い花のような姿、散る直前の匂い立つ美しさが、見る者の胸を揺すり痛みを与える。
 若々しく清楚な白い肌のこの少女は、一瞬後には血まみれの首なし死体となって、長々と横たわっているのだ。そこまで想像させて、この残酷な絵は美しく戦慄的である。
 現実は、しかしさらに惨いものだった。
 ジェーン・グレイは反逆者として裁かれたので、処刑は宮殿どころか屋内ですらなく、ロンドン塔の広場で貴族たちに公開で行なわれた。胴から離されたジェーンの首は、処刑人に髪をむんずと掴まれ、みんなによく見えるよう高々と掲げられたし、遺体はその場に四時間も放置されたままだった。
 いったい彼女はなぜ死刑になったのだろう? どんな責任があったのか?
 火種はあの強面のヘンリー八世(『怖い絵』参照)にまで遡る。ジェーン・グレイはヘンリー八世の妹の孫なのだ。彼の血を引いて生まれたところに、ジェーンの厄災は始まっていた。
 八世が後継者の男児ほしさに、次々妃を殺したり離縁したりしたことは上述書に詳しく書いた。けっきょく願いかなって三人目の妻ジェーン・シーモアとの間に男児(後のエドワード六世)をもうけたのだが、そこで問題となったのは、最初の妻との間に生まれたメアリと、二度目の妻アン・ブーリンとの間に生まれたエリザベスの扱いである。八世は規則破りの結婚を重ねたため、いっときとはいえ、このふたりの娘を庶子、つまり王位につく権利のない子どもと見なしたことがある(ここに陰謀家のつけ入る隙があった)。
 最終的には八世はふたりの娘にも王位継承権を与え、遺言を残してあの世へ旅立つ。それによれば継承順位は、一位エドワード、二位メアリ、三位エリザベス、四位ジェーン・グレイとなっていた。エドワードが長生きして息子を成していれば問題は生じなかったのだが、病弱で長くは持たないのは誰の目にも明らかだったので、早い時期からクーデターは準備されていた。誰によって?ーージェーン・グレイの(しゅうと)によってだ。
 権力志向の舅ジョン・ダドリーは、ジェーンが幼いころから後見人として名乗り出て、最終的には自分の四男ギルフォードと結婚させた。エドワード亡きあとジェーンを即位させ、メアリとエリザベスは庶子のため権利がないとして抹殺し、全てを自分で牛耳るつもりだったのだ。エドワードが十五歳で早世するや、計画は実行され、ジェーンの王位が宣言された。
 ことここに至るまで、ジェーンは何も知らされていなかったので、ただただ驚愕するばかりだったといわれている。それが本当なら、彼女の責められるべきところは、そこだろう。自分の身分への警戒心が、あまりになさすぎた。その点、父(ヘンリー八世)に母(アン・ブーリン)を殺され、その後も辛い思いを幾度も味わい、命の危機もくぐり抜けてきたエリザベス(後のエリザベス一世)は、王位継承順位が低いにもかかわらず万が一の用心を怠らなかったし、苦労ゆえの人間観察も身につけていた。両親がそろい、ぬるま湯的プリンセス生活を送ってきたジェーンとは好対照である。
 ダドリーの陰謀が失敗した最大原因だが、それはメアリを逮捕できなかったことに尽きる(メアリも苦労人だったから、風のように逃走した)。メアリとエリザベスを亡き者にさえしていれば、ジェーンの女王の座はーー単なる傀儡といえどもーーかなり長く保った可能性がある。しかし逃げたメアリは民衆の人気を後ろ楯にたちまち反撃、九日後にはダドリー一族を一網打尽にして王位についた。
 ところでメアリ女王だが、このころの人気は春の淡雪のようにたちまち消えて、「ブラッディ・メリー(血まみれメリー)」とあだ名され憎まれるようになる。また、ジェーンの夫ギルフォードは処刑されたが、弟のロバート・ダドリーだけはまだ若くて何も知らなかったとして赦される。このロバートが、後にエリザベス一世の恋人として名高い「わたしのお目々ちゃん」になるのだから、歴史は面白い。
 さて、首謀者ダドリーの首は即時飛ばされた。だが血縁であるジェーンの処遇についてはメアリ一世にも迷いがあったので、ロンドン塔に幽閉だけして放っておいた。この時点では命だけは救うつもりだったらしい。ところがメアリがカトリック国スペインのフェリペ二世との結婚を決めたとき、それに反撥したプロテスタントたちが反乱を起こし、あろうことかその首謀者に、今度はジェーンの実父グレイが関与していたから致命的だ。ジェーンの命運はここに尽きる。彼女はふたりの父に殺されたと言っていいだろう。
 死刑直前、ジェーンはカトリックに改宗するなら命を助けてやってもいいとの申し出を受けるが断った。たとえ今の嵐をやり過ごしたとしても、いつなんどき誰かがまた自分を担ぎ出そうとして反乱を起こすやも知れず、そうでなくとも一生ロンドン塔に閉じ込められたきりなら、先にみまかった夫のもとへ早く行きたいと考えた、といわれている。
 いずれにせよ、字義どおり血で血を洗う政争の時代に、強烈な意志と力で突き進むだけのエネルギーの持ち主ーーエリザベスのようなーーでない限り、生きのびることはできない。ジェーンがこの絵のとおりのたおやかな女性だったとしたら、なおさらそれは困難であったに違いない。しかしまたジェーンがこの絵のとおりに、取り乱すこともなく決然と首を差しのべたのだとしたら、あと数年生き永らえさえすれば、真の女王として君臨できた可能性も否定できない。
 ポール・ドラローシュ(一七九七~一八五六)の生きた時代、フランスは一種のイギリス崇拝熱にうかされており、彼もイギリス史を題材にいくつも作品(『チャールズ一世の棺の前のクロムウェル』『エリザベス一世の死』『エドワードの息子たち』etc.)を発表している。生前は大きな人気を博したドラローシュだが、今では同時代人ドラクロワの陰に隠れてしまった。
(この続きは本編でお楽しみください)

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「怖い絵」展 www.kowaie.com/
~9月18日(月・祝)兵庫県立美術館
10月7日(土)~12月17日(日)上野の森美術館

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