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連載

椰月美智子「ミラーワールド」 vol.21

【連載小説】「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ!」 椰月美智子「ミラーワールド」#3-5

椰月美智子「ミラーワールド」

※本記事は連載小説です。

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第六話

 塾が終わって自転車で帰ろうとしたら、大きな男の人が急に飛び出してきた。自転車を倒されて転ばされて、肩にかつがれた。女の人が公園で待っていて、トイレに連れて行かれた。声を出したら殴られた。女がぼくにズボンをおろせと言った。ぼくは大きな声でわめいて、手足を思い切り動かして抵抗したけれど、男にぶたれただけだった。やり返したけど、男はビクともしなかった。
 女が男に命令して、男は言われた通りのことをした。女はずっとスマホをぼくに向けていた。無我夢中で抵抗したけど、気が付いたときには裸になっていた。男が笑いながらぼくの背中を押した。ぼくは倒れた。次の瞬間、ものすごい激痛が走った。身体を火のかたまりに貫かれたような熱さに、意識がもうろうとした。
「どうもありがとうね。あなた、そこの道よく通るわよね。ずっと気になってたのよ。すごくかわいいわ。わたしのタイプよ」
 立ち去るときに女が言い、「よかったぜ」と男が笑った。
 服を着て、ぼくはトイレから出た。公園の外灯が切れかかって、いたり消えたりを繰り返していた。身体中が痛かった。道路に、ぼくの自転車が倒されたままで置いてあった。
 大変なことがぼくの身に起こったということは、わかっていた。でも、いつかこんなことが起こるんじゃないかとも思っていた。いや、思っていた、なんて意識はなかったのだ。こういう結果になった今、その不安が自分のなかにあったことに、ようやく気付かされたのだ。
 ぼく自身が招いてしまった出来事なのかもしれない。ぼくがAくんのことばかり考えているから、こんなことが起こったのかもしれない。これはきっとぼくのせいだ。
 汚れたぼくは、Aくんのことを好きでいていいのだろうか。ぼくは許してもらえるのだろうか。ぼくは一体どうすればいいのだろう……。

    *****

澄田隆司

「お父さん、これどう思う?」
 夕食後、たまたまリビングでまひると二人きりになったタイミングで、スマホを見せられた。ツイッターの画面だ。
──トウヤくんのフォーサイズを発表しちゃいます。上から86、69、85、10!
 と、書いてある。トウヤというのは、子どもたちに人気のバーチャル男子高校生で、主に子ども層のファンが多い。大手菓子メーカーのマスコットボーイで、最初はネットのなかだけの存在だったが、テレビコマーシャルに出たところ火がついた。
 まひるも、トウヤくんのファンで、ノートや下敷きやクリアファイルなどのトウヤくんグッズをいくつか持っている。フォーサイズというのは、胸囲、ウエスト、ヒップ、弛緩時の男性器の四ヶ所のサイズのことだ。
「これがなんだ?」
 まひるに問い返すと、無言で画面をスクロールして、あごをしゃくった。その前の一連の流れを読めということらしい。
──もうすぐトウヤくんの誕生日。トウヤくんの好きなものを買ってあげたいなあ。
──プレゼントしたら、おばさんとデートしてくれるかな?(笑)
──トウヤくんの好きな絶叫系マシーンに乗ろうね。怖かったら抱きついていいからね。
──昨日、トウヤくんがおばさんに大事な秘密を教えてくれました。トウヤくんが大好きなフォロワーの皆さまにも、特別に教えちゃいますね。
 このあとに、くだんのフォーサイズのツイートをしたらしい。
「このツイートをしている人は、トウヤくんファンのおばさんで、トウヤくんとは知り合いっていう設定なんだよ」
 大手菓子メーカーの社員が書いているらしい。
「へえ。まあ、おばさんが言いそうなセリフだよな。よくいるよ、こういうおばさん。いいんじゃないの?」
 りゆうが言うと、まひるははんにやのような顔をして、はああああ!? と耳をつんざくような声を出した。
「お父さんみたいな人がいるから、ダメなんだよ! トウヤくんの気持ちになってみなよ! 同性だからわかるでしょ!」
 隆司は、トウヤの気持ちを想像してみた。
「どうよ」
「うーん、べつになんとも思わないけどなあ。お父さんが若いときなんて、道を歩いてるだけでフォーサイズを聞かれたもんだよ。それがモテの証拠だったから」
「バッカじゃないの! どんな時代よ! 呆れてものが言えないっ!」
 まひるは顔を真っ赤にして怒っている。なにが悪いのか、隆司にはサッパリわからない。
「トウヤくんは高校一年生だよ。このおばさんは、男子高生を性的搾取してるのよ」
「セイテキサクシュ?」
「んもうっ! こんなことを、大手菓子メーカーの社員が平然とツイートするなんて、頭がおかしい! ショタコン女たちを擁護してるだけじゃない!」
 ショタコンというのは、少年や幼男を性愛の対象とする心理のことで、一般的にそういう感情を持っている女性のことをさす。
「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ!」
 隆司はまひるの顔をじっと見つめた。
「……まひるって、すごいな。女の子なのに、同性の立場から女社会にメスを入れるなんてさ」
「はああああ!? 女も男も関係ないでしょ! ダメなもんはダメなのよ! お父さんたち世代が声をあげないから、世の中が変わらないんだよ。男の子にフォーサイズ聞くおばさんなんて絶滅しろっ! 死滅だ、死滅!」
「……絶滅……死滅……」
「お母さんに言っても埒があかないと思ってお父さんに言ったのに、お父さんも全然ダメじゃん!」
 まひるは叫ぶように言って、自分の部屋へ行ってしまった。
 お風呂から出てきたともかが、「もしかして、お姉ちゃんとケンカしてたの?」と目を輝かせる。
「ケンカなんてしてないよ」
「そう?」
「なんで残念そうな顔するんだ」
 隆司が言うと、へへへー、と上目遣いで笑った。
 隆司は、ぼんやりとトウヤくんに関する一連のツイートに思いをはせる。確かに高校生のフォーサイズを、公の場で暴露するのはいかがなものかと思う。しかも、ツイートしているのは「おばさん」という設定だ。そう考えると、セイテキサクシュとも言えなくはない。
 けれど、しょせんはバーチャルだ。実在の人物ではない。実際、トウヤくんのフォーサイズを知りたい人は大勢いるだろう。会社側の戦略としては、間違っていないのではないか。これで、トウヤくんがマスコットボーイを務めているガトーショコラネオの売り上げも伸びるだろうし。
 それにしても、まひるは一体誰に似たんだろうかと隆司は思う。いろんなことをよく考えていて、偉いし賢いではないか。

▶#3-6へつづく
◎全文は「小説 野性時代」第207号 2021年2月号でお楽しみいただけます!


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