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連載

椰月美智子「ミラーワールド」 vol.22

【連載小説】「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ!」 椰月美智子「ミラーワールド」#3-6

椰月美智子「ミラーワールド」

※本記事は連載小説です。

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 理容室SUMIDA。午後二時。ようやくお昼がとれる。いつもは三階の自宅で残り物を食べるのだが、今日はなにもなかった。隆司は義父に断って、近くのコンビニに出向いた。買ってきて家で食べようかと思ったが、気分転換にイートインスペースで食べていくことにした。サンドイッチとコーヒーとスポーツ新聞を持って、小さなカウンター席に移動する。
 ものの三分でサンドイッチを食べ終わり、隆司はコーヒーを飲みながらスポーツ新聞を広げた。「イケメンパパさん選手、世界で大活躍!」と、一面に大きな見出しがあった。読んでみれば、エアロビックの世界大会で、日本人のパパ選手が準優勝したと書いてある。
──このたび見事、エアロビックの世界大会で準優勝した田原新一さん(29)は、愛知県に住むパパさん選手だ。二歳の男の子と、つい先日生まれたばかりの女の子の二児のパパ。子どもの面倒は誰がみるんですか? という記者の質問に、「妻さんが協力してくれます。本当に感謝しています。妻さんのおかげで準優勝することができました」と、田原選手は目をうるませて答えた。
「へえー」
 隆司は小さく声を出した。あまり見たことのないスポーツだったが、パパさん選手で、世界第二位とはすばらしいではないか。
 田原選手の全身写真も掲載されていた。これ以上の笑顔はないだろうと思われる、さわやかな顔だ。
──立派なイチモツも世界二位!?
 写真の下のキャプションにそう書いてあった。確かに、モノクロ写真でもわかる立派なものをお持ちのようだ。
 どこを読んでも、肝心のエアロビックの内容については触れられていなかった。田原選手の顔立ちと全身の筋肉を褒めちぎり、ついでといったふうを装って、イチモツについて冗談めかして書いてある。
──堂々としたイチモツで、審査員のおばさんたちをノックアウト!
 と、下半身だけの写真もあった。いくらなんでも、ちょっとやりすぎじゃないかと隆司は思う。とはいえ、このスポーツ新聞はゲスいことで有名で、隆司もそれを知っていてあえて購入したのだから文句はいえない。主な購買層は五十代以上のおばさんだ。
 新聞をめくっていくと、小さい枠ながらもアダルトコーナーがあった。その紙面に掲載されている漫画を読む。職場の給湯室で年配の上司に命令され、パンツを脱がされて性器を写真に撮られる新人男性社員の話だった。最初は嫌がっていた新人くんも、いつしかおばさん上司の仕事ぶりと博識さに徐々に惹かれていき、不倫関係になるというストーリーだ。
「んなわけねーだろ」
 と、独りごちて笑った。ほんと、おばさんだけに都合のいいように描いてある。
 グラビアアイドルたちのきわどい水着写真もいくつかあった。
──Eカップの男優志望、ヒカルくん!
──Fカップの童顔少年、和也くん!
──レオン王子驚異のGカップ! 女性陣が喜びのむせび泣き!♡
 げんなりして隆司は新聞を閉じたが、理容室で女性客が読むかもしれないと思い、持ち帰ることにした。追加のデザートのプリンを食べてから、隆司は理容室SUMIDAに戻った。
「ただいま帰りました」
 とドアを開けたが、店には誰もいなかった。隆司は大きなため息をつく。ほんの二十分程度留守番してくれたっていいだろうに。なんて不用心なんだ。
 義父の予約表を見る。今日これからの予約は入っていないようだった。どこかに出かけたのだろうか。
 今日は、飛び込みのお客さんはまだ一人も来ていなかった。まあ、こんな日もあるさ、とつぶやく。次の隆司の予約は四時だ。まだ時間がある。トイレ掃除でもしようと、ドアを開けた瞬間、短い悲鳴が出た。
「おさんっ!」
 義父が倒れていたのだった。
「どうしたんですかっ! お義父さんっ!」
 息はあるようだったが、意識がない。隆司はいそいで119番に通報した。身体を動かしていいのかどうかもわからない。とりあえず毛布をかけて、救急車の到着を待った。その間に義母の携帯に電話を入れるも、どこにいるのかつながらない。
 隆司は今日の予約のお客さんに電話を入れ、キャンセルしてくれるよう頼んだ。顔見知りの人たちばかりだったので、そういう理由ならと皆心配しながら了解してくれた。
 そうこうしているうちに救急車が到着した。ちょうどともかが帰ってきて、「どうしたの!?」と、びっくりした表情で聞く。
「おじいちゃんが倒れたんだ。これから病院に行く。お父さんが一緒に救急車に乗っていくから、まひるにもそう伝えておいてくれ。お母さんには、お父さんから連絡する。おばあちゃんが帰ってきたら、すぐにお父さんの携帯に電話をくれるように言ってくれ。店はとりあえず閉めるから。よろしくな、ともか」
 そう言って頭に手をやると、ともかは真剣な表情でうなずいた。
 救急車内では、救急隊員による心臓マッサージが行なわれている。隆司は、隊員に問われるまま質問に答えていった。倒れてからどのくらい経っているかと聞かれ、今日に限ってコンビニに出向き、そこで食べてきたことがひどく悔やまれた。

▶#3-7へつづく
◎全文は「小説 野性時代」第207号 2021年2月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第207号 2021年2月号

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