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試し読み

【試し読み】あなたの家は大丈夫?――夢見里龍『奇妙な家についての注意喚起』第一の家・第二の家を全文公開(2/2)

奇妙な家についての注意喚起』は作家・夢見里龍さんが収集した「家」の体験談を小説の形に書き起こしたものです。
生活に不便はなく、欠陥住宅というわけでもない、でも明らかにおかしい――これらの家で、本当は何が起こっているのか?
刊行を記念して、第一の家と第二の家の体験談を公開します。
あなたの家にも当てはまるところはありませんか? ぜひ注意深くお読み下さい。

▼『奇妙な家についての注意喚起』試し読み「第一の家」(1/2)はこちらから
https://kadobun.jp/trial/kimyounaie/entry-120721.html

夢見里龍『奇妙な家についての注意喚起』試し読み
「第二の家」

第二の家
新婚の夫による個人ブログ



□注意□
本書を読んでいる時、するはずのない音が聴こえたら、直ちに読書をやめてください。読み進めることはおすすめできません。


2019年5月12日
 長野県きたづみ郡、はくに家を購入した。二階建て。二十三坪。築三年。
 中古物件だが、新築のにおいがする。いいね。
 俗に言う未入居物件というやつだ。わざわざ建築家に依頼して建てたが、結局別荘として使う事もないうちに売却してしまったらしい。もつたいない話だが、おかげで新築と変わらないピカピカの家が破格の値段で購入できた。本当に幸運だ。
 妻もうれしそう。良かった。
 これで十三年暮らしていたホテルの寮とお別れして、妻と二人きりで暮らせる。結婚して二ヵ月我慢したがあった。
 新婚生活を満喫するぞ。
 
2019年5月13日
 新居に引っ越して一日。まだホテルの寮にいるつもりで目を覚ました。まぶたを開けるとモスグリーンの天井がある。続けて寝返りを打ち、モダンなモルタル壁を見て、新しい家に来たんだ! と実感する。
 一緒に眠ったはずの妻はいなくて、代わりに珈琲コーヒーの香りがした。
 リビングに降りたら、妻が珈琲をれてくれていた。
 きたてのグァテマラに角砂糖を一つ。さすが、よく私の好みを覚えてくれている。こういうのって嬉しい。教えたわけでもないのに。愛だな(隙あらばのろける笑
 穏やかで良い朝だ。良い朝は良い家から生まれる。あ、なんか、そういうコマーシャル、ありそう。
 実際、良い家だ。
 デザイナーズハウスという事もあって、独創性のある造り。特に北欧風の材の外壁にモルタル壁の内装という組みあわせは奇抜かつモダンで、男心をくすぐられる。床は天然石風のトラバーチン模様だ。これがまたおしゃれなんだよな。
 家の周辺は森だから静かで、趣味でマンガを書いている妻にとっても落ちつく環境らしい。私はマンガはよく分からないが、なんか、夢を追いかけて? はつらつとしている彼女は可愛い。この前は感想がついたと喜んでいた。専業主婦って暇だろうから、良い暇つぶしにもなってるんじゃないかな。
 私は三十五歳まで仕事一徹だったから、趣味がある人ってキラキラしててあこがれる。妻と結婚したのもそういうところにれたからだしなあ。
 某チェーンレストランに行った時、キャラグッズが欲しいからって、割高なメニューを頼まされたっけな。よくよく考えたら、あれが妻の初めてのおねだりだったな。真っ赤になっちゃってさ。ほんと、可愛かった。
 十歳年下という事もあってか、妻は何をしてても可愛い。背も低いし。
 そうそう、この家には一つ、変なところがある。
 ドアノブだ。
 出勤しようと思って、リビングから廊下につながるドアのノブをつかんで下げた。なのに、ノブが固まってるみたいに動かなかった。建てつけが悪いのかなと思ったら、妻が「ぷっ」と噴きだした。
「あっ、やっぱり、やってる。違うの、動くのはもう一つのほうだよ」
「もう一つ?」
 あらためて見たら、ドアの右側と左側にそれぞれノブがついてた。どちらもレバーハンドル型、いわゆる下げて開けるタイプ。ちようつがいのある方についているノブは飾りなのか、動かない。そもそも、蝶番で壁に固定されているのだから、ひらくはずもなかった。
 内見の時も引っ越しで荷物を運び込んでいた時も、リビングのドアは開けっぱなしにしていた。だから気づかなかったのか。
「実は私もさっき郵便物を取りにいった時、やっちゃった。ここってデザイナーズハウスでしょ? こういうのがオシャレなんだろうね。私にはよく分かんないけど」
 開かない飾り物のドアノブ。ドアノブは開けるための物、という認識があるせいか。なんか、こう、落ちつかない気持ちになる。
 そんな事あるわけないけど、あっち側にひらいたらどうなるんだろう。なんてついつい想像してしまった。
 こんなドアノブ、皆さんはどう思いますか?
 
2019年5月17日
 引っ越しの片づけが終わった。
 といっても私の荷物なんかはほとんどなかったので、大半は妻の私物。リビングに大きなクローゼットがあってよかった。
 いつもどおりに零時過ぎに帰ったら、かなり張りきったかんじの夕食ができていた。妻の料理は毎日豪勢なんだけど、夏野菜ととりの甘酢いためをメインに玉ねぎの煮物とか南瓜かぼちやサラダとか、十品くらいあった。京都を旅した時に食べたおばんざいみたい。
 妻を専業主婦にしてあげられているからこその特権だよな。これからも頑張るぞ。
 あ、そうそう、なんか妻の絵がバズったとか。
 嬉しそうに報告してくれた。可愛い。
 
2019年6月3日
 窓を見てて、ずっと違和感があったんだけど、今朝になってその理由が判明した。
 網戸が、窓ガラスの内側に取りつけられているからだ。なんでも今時は利便性を考えて、インナー網戸というものがあるらしい。妻が調べてくれた。白馬は夏が短くて冬が長い。網戸の時期はあっという間に過ぎる。だから夏が終わったら網戸を取りはずせば傷まないし、眺望の良い窓も楽しめるんだとか。
 さすがはデザイナーズ。
 でも外側にあるべきものが内側にあるって、ちょっと落ちつかない。私だけかな。

2019年7月2日
 白馬山麓では毎年7月1日から8月31日まで「白馬Alps花ざんまい」という観光イベントが開催される。シャトルバスが出て夏の山野草を観るウォーキングイベント等が実施され、観光客でにぎわう。ホテルの予約は埋まっていて夏の繁忙期に突入する。
 そんなわけで今晩は一時に帰宅。
 帰宅が遅くなっても待っていてくれた妻へのお土産として、コンビニで新作スイーツを買って帰る。「わあ、嬉しい」と声をあげて喜んでくれた。可愛い女は甘い物が好き。
 ちなみに今晩の晩ご飯はハヤシライスだった。妻のハヤシライスはしゃらうまい。酸味強めの味つけで私の好み。
 家で妻が待っていてくれる暮らしはやっぱり幸せだ。

2019年7月10日
 変な事があった。
 寝ぼけてたんだろうか。取りえず、書き残しておく。
 夕食時にビールを飲んだせいか、早朝の四時頃、猛烈にトイレに行きたくなった。寝室がある二階にはトイレがない。面倒臭いが、朝まで我慢できそうにないので、側で眠っている妻を起こさないよう、そっとベッドを抜けだした。
 階段をおりて廊下を進む。リビングの前を通り掛かった時、あれ? と思った。
 リビングのドアがちょっとだけ、ひらいていた。たぶん、十センチくらい。
 私はドアの隙間というのが好きじゃない。向こう側からのぞかれているような、いやな想像を働かせてしまうからだ。
 だから閉め忘れたとしたら妻だ。まあでも、わざわざ注意するほどの事じゃない。夫婦というのは補い合うものだ。私が気になる事は私がすればいいし、私が気づく前に妻がやってくれている名もなき家事もたくさんある。私が閉めておいたらいいだけ。手を伸ばしかけた時、ある事に気がつき、ドキリと心臓が跳ねた。
 ドアは右側からひらいていた。
 右には蝶番がある。ひらくはずがない。
 慌てて寝ぼけまなこをこすった。
 もう一度確認すると、ドアはきちんと閉まっていた。
 全部夢だったんだろうか。うん。たぶん。そう。
 でも、視線を外した時、確かに聞こえたんだよな。がちゃ。って。

2019年7月21日
 妻から相談された。なんか、ネットに投稿していたマンガを読んでくれた編集者? から「書籍化を目指して、相談しながら更新を続けていきませんか?」と打診がきたらしい。妻は警戒して何度も確認したらしく「大手の出版社で詐欺じゃないみたい」「迷惑とか掛けないから」と繰りかえす。評価されて嬉しいが踏みだすのが怖い。そんなかんじだ。
「へえ、良かったじゃん。やってみたら?」
「でも、なんか、私なんかにできるのかなって」
 妻はこういうところがある。思いつめやすいというか。会ったばかりの時も妻は職場で色々あって、落ち込んでばかりいた。
 職場で、というか、うちのホテルだ。
 妻とは職場恋愛だった。相談に乗って、ついでに食事に連れていったりしているうちに親しくなって、ついに辞めるという時に「だったら俺と結婚する?」と声を掛けた。
 交際が始まって一年後、入籍。現在に至る。
「ずっとやりたかった事なんだろう? だったらやりなよ。そんなに重く考える事ないって」
 そう言ったら、妻はあんしたように「うん」とうなずいた。
「やってみる」
 そもそもマンガだ。よっぽどの変わり者(オタク笑)じゃないかぎり、大人が読むようなものじゃないし、遊びの延長なんだからそこまで緊張する事もないのに。

2019年8月3日
 眠っている時、聞こえる音って意外と気になるものなんだな。
 いきなり何かというと、昨晩、一階の冷蔵庫を閉める音で目が覚めてしまったからだ。
 ぱたんっ
 寮にいた時は一日中騒音に囲まれていたからか、音には鈍感だったのに、静かな一軒家という環境に引っ越して、かすかな音でも気になるように変わりつつある。
 隣に視線をやる。妻はいない。飲み物でも飲んでいるのか? あ、また、ぱたんって聞こえた。静かに開け閉めしてくれないかなあと思いながら眠りに吸い込まれていく。
 朝になって「昨日、夜中に冷蔵庫の飲み物、飲んでた?」と尋ねる。
「え、普通にトイレに行っただけだよ?」
 妻はきょとんとしていた。
 怒られると思って誤魔化したのかな。そんな嘘つかなくても別に怒らないのに。


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