小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その参』(角川文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!
小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その参』文庫巻末解説
解説
――漆原さんは「営繕かるかや怪異譚」シリーズの装画を単行本第一巻から担当されています。装画を手がけることになった経緯と、オファーを受けた際のお気持ちを教えていただけますか。
漆原 編集の方からご依頼いただきました。その時は、
――第一巻の装画を手がけるにあたって、編集部から「こう描いてほしい」という要望はあったのでしょうか。
漆原 一巻の時は特にはなかったように思います。いくつかのモチーフを組み合わせて描いていくうちに楽しくなってきて、ここにこれも入れよう、あれも入れよう、となっていったと思います。
――漆原さんの装画は一枚の絵としても美しいですが、よく見ると収録作に登場するモチーフがさりげなくちりばめられていますね。たとえば「奥庭より」の
漆原 そうなんです。それを受けて二巻の時も、一巻同様に絵解きの要素を入れるようにリクエストしていただきました。
――第一巻では白い手が描かれていたり、第二巻では鳥居の上の方に少年が見えたりと、“よく見るとぞっとする”という構図になっていますね。このさりげない恐怖表現が絶妙です。
漆原 個人的に、お化けがバーンと出てくるよりも何だか得体の知れないものがチラチラ見える方が、底が知れず怖いです。「営繕かるかや怪異譚」シリーズも、怪異の正体の全てが分かるわけではなく、だからこそ想像をかきたてる怖さがあると思います。
――装画で描かれているような古い建物や町並みは、漆原さんにとって馴染み深いものですか。また古い建物を描くうえで、気をつけていることはあるでしょうか。
漆原 祖母の家が城下町の古い日本家屋で、子供の頃からよく遊びに行っていました。その影響か城下町や古い家には心惹かれます。古い家の持つ独特の暗さや匂いや存在感などが伝わればと思って描いています。
――漆原さんの装画には毎回、中央に
漆原 最初に浮かんだイメージは、ごく普通の落ち着いた物腰柔らかな青年という感じでした。編集の方に「もう少しだけイケメンに!」とご指摘いただき、少し前髪を長めにしたり切れ長な目にしたり、私なりにシュッとさせてみました(笑)。
――たしかに、装画の尾端は黒髪のイケメンですよね(笑)。陰影に富み、淡くてしっとりした色使いも物語の雰囲気にとてもマッチしています。色を塗る際にはどんなことを意識されていますか。
漆原 怖さが伝わるよう黒を多めに使いました。水彩で黒を使うと独特のにじみで、何かいそうな嫌な気配が出るように思います。あとは植物のモチーフもよく登場するので、闇の対比として美しく描くよう心掛けました。
――ちなみに使用されている画材は?
漆原 不透明水彩、アクリルガッシュです。
――漆原さんが「営繕かるかや怪異譚」シリーズで特に好きなエピソード、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
漆原 一巻の「雨の鈴」が特に好きです。細い路地や袋小路が好きなのでまずときめき、逃げ道のなさ、ジワジワ近づいてくる怖さにハラハラし、雨の中の喪服の女と鈴の音というイメージの美しさにうっとり。解決法も何だかちょっと面白くて、後味も好きな話です。
――『営繕かるかや怪異譚 その参』の装画では、どんな点に工夫をされましたか。個人的には西洋風のガラス窓が大きく描かれていて、その中にいくつかの怪異が映っている、という構図が素晴らしいと思います。
漆原 洋館やガラス窓が初めて出てきたのが印象的でしたし、魅力的なモチーフなので使いました。窓枠ごとに別の話の絵をはめ込むのに、どんな桟の形がいいかなど、バラバラになりすぎないようバランスに悩みました。
――『その参』には川沿いのレストランの二階に若い女が現れる「待ち伏せの岩」から、庭の小屋にまつわる秘密を描いた「茨姫」まで、六篇が収録されています。漆原さんが心惹かれたエピソードはどれですか。
漆原 やはり、洋館など洋風なモチーフも出てきて、舞台となっている城下町のイメージがさらに広がった点で「待ち伏せの岩」。「骸の浜」の、海と川の境目の干潟の描写も恐ろしくも幻想的で心惹かれました。
――ところで漆原さんご自身は怪談的な体験をされたことがありますか。「営繕かるかや怪異譚」シリーズに登場するような物件に住まれたり……。
漆原 そういう体験をしたいと思っている人間には起こらないのか、残念ながらありません。先述の祖母の家であちこち写真を撮っていたら、仏間でだけ大量の丸いものが写ってびっくりしたとかそれくらいです。
――えっ!? それはかなり気になるお話です。やはり古い日本家屋にはドラマがありますね。では最後に、漆原さんが考える「営繕かるかや怪異譚」シリーズの魅力をあらためて教えていただけますか。
漆原 城下町の閉鎖的な空気の重苦しさと、町並みの美しさの対比が互いを引き立てているように思います。古い家にこびりついた人の想いやおぞましい怪異を、
取材・文/
「怪と幽」11号(2022年8月)より
作品紹介
書 名:営繕かるかや怪異譚 その参
著 者:小野不由美
発売日:2025年06月17日
建物で起こる怪異を解くため、営繕屋は死者に思いを巡らせる。
怖ろしくも美しい。哀しくも愛おしい――。これぞ怪談文芸の最高峰!シリーズ第3弾。建物にまつわる怪現象を解決するため、営繕屋・尾端は死者に想いを巡らせ、家屋に宿る気持ちを鮮やかに掬いあげる。
恐怖と郷愁を精緻に描いた至極のエンターテインメント。全6編収録。
「待ち伏せの岩」
渓谷で起きた水難事故で若者が亡くなる。彼は事故の直前、崖上に建つ洋館の窓から若い女に手招きされていた。一方、洋館に住む多実は、窓の外に妖しい人影を見る。
「火焔」
イビリに耐えて長年介護してきた順子には、死後も姑の罵詈雑言が聞こえる。幻聴だと思っても、姑の携帯番号から着信を受け、誰もいない家の階段で肩をつかまれ……。
「歪む家」
温かい家庭を知らない弥生は、幸せな家族を人形で再現しようとする。しかしドールハウスを作り込むうちに些細なきっかけで「歪み」が生じ、やがて異変が起こる。
「誰が袖」
典利は戸建てを新築し、第一子の出産を控えた妻と母親が暮らしている。以前に住んでいた屋敷には幽霊がいた。当時を思い返した典利はふと、あることに気付く。
「骸の浜」
河口付近の家にひとりで暮らす真琴。荒れ果てた庭の向こうには、低い垣根越しに海が見える。この街の沖で水難に遭った死体は、靄と共にこの庭にやってくるのだ。
「茨姫」
死んだ姉を偏愛していた母親が他界し、響子にとって辛い思い出が募る実家が残った。荒れ果てた家を整理するため、ツルバラで覆われた庭の小屋に入ると……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322411000550/
amazonページはこちら
作品特設サイト
https://kadobun.jp/special/ono-fuyumi/karukaya/