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【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』 vol.63

【第223回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。

【第223回】柚月裕子『誓いの証言』

 乙部は両側にいるふたりの裁判官に、小声で意見を求めた。顔を佐方に戻し、言う。
「異議を却下します。弁護人は尋問を続けてください」
 佐方は乙部に一礼し、晶に向き直った。
「質問を続けます。店を出て被告人と一緒にバーへ行ったのは、あなた個人の判断ですね」
 晶は俯いたまま、目だけを佐方に向けた。その目は鋭く、敵意のようなものが浮かんでいる。晶は目を床に戻し、答えた。
「はい、店からはなにも言われていません」
「バーでお酒を飲んだのも、あなたの判断ですね」
 少しの間のあと、晶が頷く。
「そうです」
 佐方は遠くに目をやった。
「そこで、どうしてカクテルを頼んだのでしょうか」
「異議あり」
 一度目より強い声で、岩谷が言う。
「弁護人の質問は、本件に関係ありません」
 法廷のなかがざわついた。岩谷と佐方のやり取りに、ただならない空気を感じたのだろう。
 岩谷は、探るような目でじっと佐方を見ている。
 この裁判は久保が不利だ。久保は実際に、晶と関係を持ったことは認めている。そして、晶の身体からは睡眠導入剤の成分が検出されているのだ。久保が同意のうえの行為だったと主張しても、既婚者でありながら不貞を働いたことは事実だ。そして世間は、一方的な形で身体も心も傷つけられたと主張している女性に加担している。
 岩谷は原告の勝ちを疑っていない。それなのに、弁護人である佐方は、落ち着き払っている。それが、腑に落ちないのだろう。
 乙部は岩谷の異議を、今回も却下した。今回の事件は、双方の言い分が食い違っていることにある。原告の心情を知ることは、絡み合った事件をひも解くことになるかもしれない、それが乙部の意見だった。

(つづく)

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連載小説『誓いの証言』は毎日正午に配信予定です(日曜・祝日除く)。更新をお楽しみに!
https://kadobun.jp/serialstory/chikainoshogen/

第1回~第160回は、「カドブン」note出張所でお楽しみいただけます。

第1回はこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/n/n266e1b49af2a
第1回~第160回の連載一覧ページはこちら ⇒ https://note.com/kadobun_note/m/m1694828d5084

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