【第224回】柚月裕子『誓いの証言』〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』を毎日連載中!(日曜・祝日除く)
大人気法廷ミステリー「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【第224回】柚月裕子『誓いの証言』
「原告は、できる範囲でいいので、弁護人の質問に答えてください」
乙部に促されて、晶は口を開いた。
「質問の意味がわかりません。もう少しわかりやすくお願いします」
顔を佐方に向けて、聞き返す。
佐方は言葉を区切るように、改めて訊ねた。
「あなたは、酒に弱く店でも飲まないと言いましたね。では、バーでも酒ではなく、ノンアルコールのものでもよかったのではないですか。どうして、苦手な酒を飲んだのでしょう」
それまでしっかりと定まっていた晶の視線が、はじめて泳いだ。検察官との打ち合わせで、この質問は想定していなかったのだろう。しかし、泳いだ視線はすぐに落ち着いた。佐方から前方へ目を移し、答える。
「バーに来て、お酒を飲まないのは、お店に悪いように思ったからです」
「被告人に、無理にお酒を勧められたわけではないのですね」
晶の口元が、わずかに歪んだ。そして、短く答えた。
「はい」
佐方は乙部を見て言う。
「反対尋問を終わります」
佐方が席に着くと、乙部は晶に話しかけた。
「まだ証人尋問が続きますが、原告は退室しますか」
乙部は晶の心身を気遣っているのだ。
晶は首を横に振った。
「ここに、います」
傍聴席から、感嘆ともとれる息が漏れる。晶にとって法廷にいることは、自分を襲った相手と向き合うだけでなく、辛かった出来事を想起することに繋がる。その苦痛に耐えてでも被告人と闘う覚悟なのだ、そう多くの傍聴人は感じているのだろう。
(つづく)
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