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連載

椰月美智子「ミラーワールド」 vol.17

【連載小説】息子は身長も体重もぐんと増えた。食べている姿を見るだけでうれしくなる。 椰月美智子「ミラーワールド」#3-1

椰月美智子「ミラーワールド」

※本記事は連載小説です。

前回までのあらすじ

男は男らしく、子育てに励み家事をする。女は女らしく、家族のために稼ぐ。それが当たり前の日常世界。池ヶ谷辰巳は学童保育で働きながら専業主夫をこなし、中林進は勤務医の妻と中学生の娘と息子のために尽くし、澄田隆司は妻の実家に婿入りし義父とともに理容室を営んでいた。息苦しい毎日のなかで、彼らは妻と子を支えようと奮闘してきた。しかし、それぞれの家庭に少しずつひびが入っていく……。

第五話

 ぼくは、みんなと少し違う。だって、男子はたいてい女子を好きになる。
 一年生のなかでも、付き合っているカップルは何組かいる。みんな男と女だ。一緒に帰ったり、たまに手をつないでいるところも見かける。
 こないだ「学年活動」の時間に、LGBTについての講義があった。講義しにきてくれた先生は、生まれたときの性は男性だったけれど、小学校低学年の頃から自分の性に違和感があったそうだ。そのことを誰にも言えなかった中学高校時代は、地獄だったと言っていた。大学生のときに両親に気持ちを伝え、そこからは女性として生きることに決めたらしい。
 LGBTのGは、ゲイのGだ。ゲイというのは、自分のことを男性として認識していて、かつ男性を好きなセクシャリティのことだ。きっとぼくは、これに当てはまるんだと思う。
 LGBTの人は、十三人に一人いるという統計があるそうだ。三十六人のこのクラスだと、二~三人はいることになる。でも、誰もそんなそぶりは見せない。ゲイの人はいるのだろうか。だとしたら、誰だろうか。
 Aくんと、堂々と手をつないで一緒に帰れたらいいなあと想像する。相思相愛になって、キスをしたいと思う。裸で抱き合いたいと思う。
 と、そこまで考えて、自分の考えていることのいやらしさに泣きたくなる。そんならちなことを考えたらバチが当たる。
 Aくんの髪に手を入れたり、耳たぶを触ったり、固くて薄い背中に口づけたり……。ああ、まただ。なんでぼくは、こんなことばかり考えてしまうんだろう。誰かに頭のなかをのぞかれてたらどうしよう。恥ずかしくて消え入りたくなる。

    *****

中林進

 もうすぐ三階というところで、すでにももが痛い。息があがる。運動不足だ。ジムにでも通うかと、すすむは真剣に考える。
なかばやしさん、こんにちは!」
 階段の途中で足を止めたところ、後ろから声をかけられた。
「ああ、すみさん。先日はお疲れ様でした」
「いえいえ。こちらこそです」
 つい先週、PTA総会でのお茶いれで会ったばかりだ。ペットボトルを机に置いて、袋菓子を紙皿にのせて出すだけの簡単な仕事。面倒なことはひとつもなく、あっという間に終わった。
「四階まで息が切れますよね。子どもたち、毎日ここを上り下りしててすごいなあ。やっぱり若さですかねえ」
 と言いつつ、澄田は足どり軽く上っていく。進も気合いを入れてついていった。
「じゃあ、うちは一組なので」
 澄田が会釈して、階段脇にある一組の教室に入っていった。今日は一、二年生の授業参観だ。受験生の三年生は、来月別途、授業参観と説明会がある。今日はれんのほうだけなので、集中できて助かる。
 蓮は三組だ。進は息を整えながら、一番奥の教室まで廊下をゆっくりと歩いた。三組の廊下に絵画が貼り出されていた。美術科の課題だろうか。絵の内容は自由らしく、静物もあればアニメキャラクターもあり、風景画もあった。進は、蓮の絵をさがした。
──無題 中林蓮──
 抽象画だった。薄い水色を基調として、ピンクや黄色のドット模様がところどころ入っている。「水の世界」というタイトルでもよかったんじゃないか、と進は思う。とても幻想的で、今にも人魚が泳いできそうな雰囲気だ。
 蓮の絵はすばらしく、一人だけ格段に目立っていた。進は鼻が高かった。蓮は美術部に所属しており、小学生の頃は絵画教室に通っていた。
 教室では、すでに授業がはじまっている。腰をかがめて教室に入る。父親の姿ばかりで、母親は一人だけだ。中学生ともなると、保護者の人数もかなり少ない。小学校の頃は親の出番も多かったため、パパさんと子どもの名前と顔が一致していたが、はらすぎ中学校は三校の小学校が集まっているので、他校出身の生徒や親の顔はほとんどわからなかった。
 クラス全体を見渡し、ほどなく蓮を見つけた。小柄で、少し茶色がかった髪。うつむき加減で頰杖をついている。数学の授業。中学一年とはいえ、なかなかむずかしいなあと思う。高校の数学になったら、自分にはもうお手上げだろう。
「あ、どうも」
 ふいに声をかけられ目をやると、遅れて入ってきたいけが進の隣に立った。進は軽く会釈するにとどめた。あなたが駄々をこねたPTA総会のお茶いれ、滞りなく終わりましたよ、と言ってやりたかった。女男平等、男性の権利などとグダグダ言っていたら、日々のことがまったく進まないですよ、と。
「……方程式ですかあ」
 池ヶ谷がひとりごとを言う。数学は苦手です、と続ける。進に話しかけているわけではなさそうだったので無視した。
「あ、しゆんの後ろが、蓮くんですね」
 今度は進に顔を寄せて、耳打ちするように話しかけられた。どうやら蓮の前にいるのが、池ヶ谷の息子の俊太くんらしい。
「そうなんですね。わたしは子どもたちの顔がさっぱりわからなくて。池ヶ谷さんはよくご存じですね」
「ほら、入学式のときに蓮くんが挨拶したでしょ。聡明そうなお子さんだなあと思って、印象深かったですから」
 どうもありがとうございます、と進は礼を言った。入学式のとき、蓮が新入生代表で挨拶をした。二年前は、姉のりんも代表だった。我が家の誇らしい二人の子どもたち。
「はい。では、この問題を前に出て解いてもらいますね。ええっと、じゃあ、誰にしようかな。はい、じゃあ今、目を伏せた池ヶ谷くん」
 数学の教師が言うと、教室は笑い声に包まれた。池ヶ谷の息子が頭をかきながら、前に出る。クラスメイトが笑顔で注目している。俊太くんは黒板の前で少し考えたあと、問題を解いた。席に戻るまで、多くの生徒が俊太くんを目で追っていた。
 ああ、池ヶ谷の息子の俊太くんは、クラスの人気者なんだろうなと、進は思った。見た目もいいし、口数は少ないようだけれど誠実そうな印象だ。バスケ部だと言っていたから、スポーツも得意だろう。目立ちたがり屋というわけではなく、自然と目立ってしまうタイプのようだ。女生徒からも人気があるのではないだろうか。
 数学の先生は厳しいと、前に蓮から聞いたことがあったが、保護者が見ているせいか、今日の授業は終始穏やかな雰囲気のまま終了となった。

▶#3-2へつづく
◎全文は「小説 野性時代」第207号 2021年2月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第207号 2021年2月号

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