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特集

【対談】円城塔賞受賞作 『レモネードに彗星』刊行記念! 円城塔×灰谷魚 特別対談  司会・文=渡辺祐真(スケザネ)

第9回カクヨムWeb小説コンテストでは、短編小説部門の特別賞として、作家・円城塔が選ぶ「円城塔賞」が設置されました。現状、今回限りの特別なものです。
エントリーされた2168作品すべてに円城さんが目を通した結果、大賞に輝いたのは灰谷魚「レモネードに彗星」。
同作は円城さんいわく不思議な作品。灰谷さんは、カクヨムやWebを中心に活動してきた書き手で、これまでは知る人ぞ知る存在でした。
この記事は、受賞を記念して開催された、円城さんと灰谷さんとの対談の模様を、司会を務めた書評家の渡辺祐真がまとめたものです。
レモネードに彗星』、作家・灰谷魚についてはもちろん、Web小説の未来、紙とWebの違いなど、小説好きなら楽しんでいただける話題が満載です。

司会・文=渡辺祐真

円城塔賞受賞作『レモネードに彗星』刊行記念!
円城塔×灰谷魚  特別対談

『レモネードに彗星』とは

対談に先立って、簡単に『レモネードに彗星』という作品集について軽く紹介しておきます。
この作品集には、表題作「レモネードに彗星」を含めた七つの短編小説が収録されていますが、どれも全く読み味が違うし、読んでいく中でだいたいこんな展開かなあと予想した地点から二つも三つも軽々と超えていきます。
語り手の死後、窓を通して叔母と語らう「レモネードに彗星」。人と違った価値観を持っていることを誇りに生きていた女子高生が、本当に個性的な同級生と出会ったときの憧れと嫉妬を描いた「純粋個性批判」。怪物の出現と浮遊しはじめた友人という奇妙な取り合わせを悪魔的に結びつける「かいぶつ が あらわれた」。輝くほどに美しくも、接触の一切を嫌悪する女性との十数年にわたる交際を描く「新しい孤独の様式」。そして、第3回ショートショート大賞に輝いた「スカートの揺れ方」などなど。

ごく簡単なあらすじだけですが全く個性が異なるし、読後感は予想の遥か斜め上をいくでしょう。
『レモネードに彗星』は、7月1日にKADOKAWAより刊行されました。この対談が面白ければ、ぜひお手にとってみてください。

出版直前で出版社が倒産した過去


――灰谷魚さんの「レモネードに彗星」が第9回カクヨムWeb小説コンテストの円城塔賞を受賞され、さらに短編集が刊行されることを記念して、円城さんと灰谷さんの対談をはじめます。司会を務めます書評家の渡辺祐真です。本日はどうぞよろしくお願いします。

円城:よろしくお願いします。まずは灰谷さん、おめでとうございます。

灰谷:ありがとうございます。


――円城さんから、今回の「円城塔賞」についてお話しいただけますか。

円城:この企画はライト文芸と一般文芸の両方を盛り上げたいというお話がスタートにあり、カクヨムで募集がありました。
最終的には2000作(1万字以内の短編)を超える応募があり、全ての作品に目を通しました。数は多かったけど、楽しかったですね。
選考基準ですが、「純粋に一番面白いと思ったもの」というのはもちろんのこと、雑誌「小説 野性時代」に載せていただけるということだったので、「Webだけではなく紙を想定したレイアウトでも面白く読めそうだと思ったもの」、そうした観点から「レモネードに彗星」に決定しました。


――灰谷さんがこの賞にかけた意気込み、そして受賞の喜びなどを聞かせてください。

灰谷:円城先生が全ての応募作を読むと聞いて、それにかけて応募しました。
実は過去に、書籍化が決まっていたのに、刊行の直前に出版社が潰れるという経験を何回もしているんです。だから、書籍化前提でない賞には応募しないようにしていました。「円城塔賞」も書籍化前提ではなかったのですが、円城先生に読んでもらいたい一心で応募しました。円城先生のことは勝手に師匠だと思っていたので。
だから受賞できて、そのうえ書籍化までしてもらえるとのことで、とても嬉しいですね。


――今回収録されている作品の中でも最も古いものが2014年の「スカートの揺れ方」で、そこから2015、2017、2019年と幅広く発表されていますよね。灰谷さんの創作歴を伺ってもよろしいでしょうか?

灰谷:「灰谷魚」という名前を使い始めたのは2014年、noteがサービスを開始した頃でした。ちょうど、小説の刊行が決まっていたのに、出版社が倒産して白紙になってしまったんです。だから、自分で売ってやろうと思い、noteで活動を始めました。
それからnoteを中心にWebで小説を発表していると徐々に依頼をもらえるようになって、朗読会の原稿とか、展示の壁に飾る短い文章を書いたりしていましたね。文学フリマにも誘われて2冊ほど寄稿しました。
おかげでまた何度か出版の話が持ち上がったんですが、その度に潰れてしまった。合計すると3回くらい。
だから、そろそろさすがに本を出したいと。ここ数年は半ば意地でしたね(笑)

『レモネードに彗星』の円城塔評


――円城さんは『レモネードに彗星』全体を通して、どういった印象を持たれましたか?

円城:正直、「もうとっくにデビューしてる人でしょ?」というのが第一印象です。文章は文法的に破格なところもあるんですが、コントロールされていて、むしろ情感や詩情を喚起するために機能している。「擦れてるように見えるけど新しい」。書き慣れてるのか、そうじゃないのか、最後まで判断がつかないという意味でも非常に興味深かったです。

灰谷:「アマチュアっぽさ」は意図的に残してるところがあります。説明しすぎない、雰囲気に委ねるような書き方が好きなので。

円城:「スカートの揺れ方」なんかはまさにそうでしたね。普通あの感じでオチはつけられない。でも、それが自然に成立してしまうのが面白かった。


――固有名詞の使い方は特徴的ですよね。「火星と飴玉」ではヒコロヒーとか、時事的で具体的な固有名詞が次々と出てくる。Web的とも言えるんですが、むしろそれが紙を突き破っていく力にもなっていて、Webと紙をつなぐ装置のようにも見えました。

灰谷:実は、もっと固有名詞を並べたかったんです(笑)。ページ数や価格の制限もあるので今回は控えめにしたんですけど、本当はあと30人くらい入れたかったですね。

円城:でも、それがうまく作品世界に溶け込んでいて、悲しさにも繋がっている。不思議な処理がされているなと感じました。

Webだからできる小説


――Webと紙の違いは、灰谷さんご自身もかなり意識されているんですよね。

灰谷:はい。Webに載せるときはスクロールを意識しますし、逆に紙では改行のリズムやデザインも含めて構成したい気持ちがあります。
それと、円城先生の『烏有此譚』みたいな、本文と脚注が上下に分かれた本。ああいうのは本当にかっこいいなと思ってます。今回は無理でしたけど、いつかはそういう紙ならではのデザインにも挑戦したいですね。


――今回の賞のように、Webから紙への橋渡しを担う場にはどんな意義があるでしょうか。

円城:この対談自体がWeb媒体に載るわけですから、あまり紙至上主義みたいなことは言えない(笑)。本をめぐる現在の状況には、正直思うところもあります。
例えば、文芸賞の審査のあり方自体が古いなとずっと思っています。いまだに紙で回して、最終候補数作だけを審査員が読むっていう形式って、今の時代に即しているのか疑問です。もっと早い段階から電子データで共有してもいいし、とりあえず統計的な処理をして結果を見てみるとか。新人賞の形式は、もっとアップデートできる余地があると思ってるんです。
さらに言えば、スマートフォンやPCで読まれる文章と、紙の本で読まれる文章ってやっぱり違うんです。Webは即時的でキャッチーなものが求められがちだけど、紙には紙の読み方がある。そのどちらにも通用する文章が書けたら面白いなと思って今回の審査にも臨んでいました。


――灰谷さんの作品は、まさにその「どちらでも読める」文章だったという印象があります。

灰谷:本当は紙で出したい。でも、紙では何年待っても読まれないことがある。だから、Webに載せる。「結果発表まで1年、そして落ちたら誰にも読まれない」というのが、僕にとっては本当にきつくて……。フィードバックも何もないって、寂しいですよね。
Webで公開すれば、良くも悪くも何かしらの反応が返ってくる。だからこそ、「最初から書籍化が前提じゃない賞」に応募したことは、自分の中では一種の逆転の発想でした。読んでくれる保証がある、という点に賭けたかった。

円城:すごく大事な視点だと思います。書き手がいて読み手がいて、フィードバックの中で書くという。

灰谷:そうですね。しかも、Webに載せるようになってから、もう以前のような文章は書けない感覚があります。文体が変わりました。説明的なものを避けるというか、リズムや音、感覚で読ませるスタイルに自然と変化していったんです。


――紙で読んできた人、Webで育った人、両方の読者に訴える文章になっている。今回の短編集『レモネードに彗星』は、その橋渡しになるような本になったと思います。

灰谷:はい。紙とWebでは見え方がまるで違うから、そのあたりはちゃんと意識したいんですよね。

円城:電子ならではの表現も模索したいですね。Kindleは自由度がまだあまり高くないけれど、たとえばテキストアドベンチャーやゲームブック的な形式も、本当はもっとできるはず。

灰谷:僕は書店員として働いているので、紙へのこだわりはありましたけど、それは出版の話が何度も潰れたからという事情もあります。今は「こだわりゼロ」になってきた感じです。

円城:そもそも紙の小説の長さ自体、媒体の制限に合わせて決まってきたわけですね。僕自身、ウェブで公開する場合は、2000字くらいを基本にします。紙はまとまった量が要りますけどね。

灰谷:それはありますね。読者の読書体験も変わってきてるし、マーダーミステリーとか、読む順番で意味が変わる短編集とか、インタラクティブな要素が今後の鍵になる気がします。

紙だからできる小説


――Web優勢になってしまいましたが(笑)、『レモネードに彗星』は紙の書籍としてまとまります。こだわった点を教えてください。

灰谷:作品の並び順ですね。最初の構成からかなり順番を変えていって、まるでアルバムを作るような感覚で並べました。

円城:ネットだとシングルカットで読まれて終わる感じがあるけど、紙だと「最初から読んでくれる」という期待がありますよね。

灰谷:そうなんです。だから最後の一編にはすごくこだわりました。書き下ろしの「新しい孤独の様式」のあとに、「レモネードに彗星」その後「スカートの揺れ方」で軽やかに締めたくて。
担当の方とは結構議論したんですけど、押し切らせてもらいました……。

円城:短編集の終わり方って、意外と印象に残りますからね。

灰谷:まさに。読後感を軽くしたくて、何度も順番を考え直しました。

円城:『レモネードに彗星』は、短編集として通しで読むことで、また印象が変わる。そういう点で、紙ならではの良さが出ている。

さいごに


――最後に円城さんから一言お願いします。

円城:『レモネードに彗星』という作品、読んでいただければびっくりすると思います。
最初に読んだときの印象から、どんどん超えていくような構成になっている。ぜひ読んでみてください。

灰谷:ありがとうございました。

作品紹介



書 名:レモネードに彗星
著 者:灰谷 魚
発売日:2025年07月01日

円城塔賞受賞作を含む、少し不思議でハイパーポップな傑作短編集!
「あなたが今思ったよりも、全然すごいよ」 円城 塔(作家)
新時代の才能、発掘! 円城塔賞受賞作「レモネードに彗星」を含む 少し不思議でハイパーポップな傑作短編集!
美しい叔母とは大きな窓ごしにしか対面できない。もう15年も。私が死んでからの15年。「レモネードに彗星」/世界への軽蔑を共有することで結ばれた二人の、数奇な運命。「純粋個性批判」/触れることのできない、破滅的に美しい彼女との予測不能な愛の物語。「新しい孤独の様式」など7篇収録
「安心して。私だって千年も生きるわけじゃない」

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322503000311/
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