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特集

【対談】『渡辺信一郎の世界』刊行記念 おおすみ正秋×渡辺信一郎 『ルパン三世』から『カウボーイビバップ』、そして『LAZARUS ラザロ』へ 受け継がれるハードボイルド

世界が注目するアニメ監督、渡辺信一郎。2025年6月26日、全監督作を振り返った書籍『渡辺信一郎の世界 『カウボーイビバップ』から『LAZARUS ラザロ』まで』が発売された。
刊行に合わせて、渡辺監督が心の師匠と仰ぐ演出家・おおすみ正秋氏との対談が実現。
おおすみ氏が演出した初代『ルパン三世』『ムーミン』から受けた影響、渡辺監督最新作『LAZARUS ラザロ』とアニメのこれからを語る。

取材・文/傭兵ペンギン

『渡辺信一郎の世界』刊行記念
おおすみ正秋×渡辺信一郎対談

おおすみさんからの影響

渡辺信一郎(以下、渡辺):自分が子供の頃に見て影響を受けた作品が、おおすみさんが監督してた頃の『ルパン三世(以下、ルパン)』最初のシリーズなんですけど、よく考えるともうひとつ、『ムーミン』からもだいぶ影響を受けてるなと思い出したんですよ。特にスナフキンってキャラが、世捨て人みたいに孤高な存在で、コミュニティと離れた所にいるんだけど、時にいいアドバイスをくれたりする。しかも音楽を伝える手段に使う、っていうところがすごく良かった。これが同じおおすみ監督作だと知ったのは、大人になってからですけど。

おおすみ正秋(以下、おおすみ):『ムーミン』が好きだという人は、ちびのミイかスナフキンが特に好きだと言ってくれる人が多いですね。そんなファンの人をがっかりさせちゃうかもしれないんですが、実はスナフキンにギターを持たせたのは、私なんですよ。原作ではハーモニカを吹いてるんですが、ハーモニカを吹きながら会話なんかできないだろうと悩んで、作曲の宇野誠一郎さんからギターなら作曲もしやすいという話を聞いて、ギターにしました。とにかく『ムーミン』はスタッフみんなで楽しくやりながら、作ることができました。『ルパン』はその対極で、とにかく辛かった。ほとんど一人で大人向けの企画を考え、原作のモンキー・パンチさんと相談しながら、なんとか形にしていった。原作にあるギャグをどう映像にいれるかとか、大人向け作品とはどういうものにするかに悩み、第5話までは、胃袋の中からかきむしられてるみたいな思いで作っていました。『ルパン』ではずっと悩んでいたのですが、その辛さは、周囲にはなかなか理解してもらえなかった。

渡辺:やっぱり、何か新しいものを作ろうとした時、監督はだいたい孤独ですよね(笑)。自分が『カウボーイビバップ』を作った時にも、最初はなかなかスタッフに理解してもらえなくて。やっぱりフィルムっていうのは、簡単に言葉で説明できるようなものじゃないし、簡単に説明できる作品なんて大したモンじゃない(笑)。それこそ『ルパン』みたいな感じで作ればいいのか、とも言われたけど、これは新しいことをやるんだから、違うんだと。シリーズ中盤ぐらいに、ようやくみんな分かってくれた感じです。

おおすみ:『ルパン』を作っていく中で編み出したのが、実は説明を最小限にした“省略”でした。大人向けの漫画やアニメは当時はいわゆる「艶笑」的なものしかなくて、『ルパン』もそんな作品を目指してるのかなんて言われたんですが、もっとクールな色気を目指していました。それを考えた先に、説明を無くしちゃえばいいんだという気付きがあったんです。

渡辺:なるほど。自分はその省略にすごく影響を受けたんです。こんな省略していいんだって。だから自分のアニメでもだいぶ途中を飛ばしちゃってますね。

おおすみ:『カウボーイビバップ』を見た時に『ルパン』の影響があるなと思った。あの頃、まだ100パーセント完成してるわけではないが、この人は省略、飛躍をしようとしている、珍しい演出家だなと思いました。アニメ業界にはそういうタイプの演出家がなかなかいなかったんですよ。初めて会った時に、言っときゃよかったね。

渡辺:『ルパン』の中でも、第2話『魔術師と呼ばれた男』が格別に好きなんです。もしかしたら、TVアニメの中でこれが一番好きなんじゃないかという位で(笑)。たとえば、野っ原にアンニュイに寝転がってたり、ヒマを持て余して拳銃の試し打ちをしてたり、みたいな所も好きだし、最小限の言葉で構成されてる台詞なんかも好きですけど、何より(峰)不二子と白乾児(パイカル)の関係とか、ほんの少し匂わせるだけで、お互いに多くは語らない。ルパンもそこを深く聞いたりはしない。すごい省略が行われていて、そこが好きなんです。

おおすみ:こういう種明かしをするとがっかりしちゃう人がいると思うのであんまり言わないようにしてるんだけど、実は説明が足りないのではと不安になってナレーションを後で入れようと思ってギリギリまで考えてたら間に合わなくなり、ナレーション自体を入れるのを忘れちゃったんですよ。『魔術師と呼ばれた男』でも、パイカルが落ちた場所を見てる次元と不二子とルパンがシルエットで、口がどう動いてるか分かんないから、セリフはアフレコ現場で色々考えようとしたのですが、結局なしにしました。しかし、そうやって省略できることに気づいたおかげで『ルパン』をやることができたんです。

『LAZARUS ラザロ』

おおすみ:『LAZARUS ラザロ(以下、ラザロ)』に関してまず聞きたかったのは、TVシリーズとしてやれるクオリティじゃないじゃないですか。個人の頑張りではどうしようもないし、一体どうやって実現したんですか?

渡辺:まず、アメリカのカートゥーンネットワークがスポンサーで全額出資してるんですけど、やっぱりマーケットの規模が違うので、大きいバジェットをかけられた。あとは、放送日に追われるような作り方じゃなくて、時間をかけて作ることができたという部分が大きいですね。それ以外は、何も特別な事はやってないんです。キャラ部分には3DCGもモーションキャプチャーも使ってないし。今のアニメ業界は人手不足で大変なんですけど、そこは地道に声をかけ続けて、1年ぐらい待ってようやく参加してもらったり。普通は1年も待ってたら放送終わっちゃいますからね(笑)。

おおすみ:手描きの人間を集めて、これだけの成果を上げたのはすごい。

渡辺:『ラザロ』で絵コンテをいちばん多く描いてくれた山下明彦さんは、近年はずっと宮﨑駿さんの所にいた人なんですよ。さらに、第4話の作画監督の青山浩行さんはテレコム(・アニメーションフィルム)出身で、『ルパン』の作画監督の大塚康生さんのところでやってた人なんです。そういった事もあって、おおすみさんに『ラザロ』を見てみてほしいなと思ったんです。いろいろ受け継がれているぞと(笑)。

おおすみ:本当にすごいクオリティのものができてますよ。『カウボーイビバップ』を見てても思ったけど、ここまでやるかって何度も思った。TVシリーズなのに、やりすぎですよ。

渡辺:スミマセン(笑)。いや、他の作品でもアクションをこんぐらいやんなきゃならなくなるから、困るって言われた事はあるけど、そんな他の人の事とか考えて作ってないですからね(笑)。でも、この『ラザロ』は簡単に作ったわけではなくて、ホント大変な思いをして、山のような困難を経て何年もかかってようやく完成にこぎつけたんです。

手描きアニメへのこだわりについて

渡辺:おおすみさんが2017年に書かれたブログを拝見して、そこでは「手描きアニメは2017年に終わる」みたいなことをおっしゃってましたね。

おおすみ:終わってほしいという気持ちがありましたね。手描きのプロダクション毎に画が違うとか色々言ってるようなオタクに媚びるような状態になっていて、だからアニメは3DCGでいいんじゃないかと思っていました。私は結構早い段階に3DCGアニメを作ったこともあるのですが、3DCGアニメであれば、例えば日本のどこでやっても、海外でやっても画としては変わらないものが出てくる。そしてモーションキャプチャーなんかを駆使すれば、もう手描きアニメをする必要はないんじゃないかと思ったのです。

渡辺:今の現場を見ていると、2方向に分かれているんじゃないかと思います。確かにキャラを含めて3Dという作品は増えているけど、それが手描きアニメを駆逐したかというとそうでもない。両者は共存していくんじゃないかな。むしろ、手描きアニメの良さが日本だけじゃなく海外でも見直されてきてる感じがします。

おおすみ:私の知ってる限りでは、手描きのアニメを残そうなんていう人は海外にはいないイメージだったから、もう話が変わっちゃってますね。そういう本も出そうとしてたんだけど、根底が変わってしまう。もうちょっと研究しときゃよかったな。アニメーターはどうやって集めたの?

渡辺:もちろん、伝統的な知り合いに声をかけるパターンは今でも同じですけど、それに加えてネットとかSNSも増えましたね。毎日地道にSNSをチェックして、日本に限らず、うまい絵を上げてる人を探して、本当に大丈夫な人かどうか検証したりして(笑)。結局、ネットという新しいツールを使って探してるだけで、作業としてはそんなに変わってない気もするんですけどね。あとは、『カウボーイビバップ』とか『サムライチャンプルー』を見て育ったような若い人たちが、ぜひやりたいと言ってくれたり。

おおすみ:だから人が集まるわけですね。でも、手描きのアニメーターなのに年齢的に年寄りではないんだ?

渡辺:もちろんベテランもいますけど、けっこう若い子もいますね。海外のアニメーターには、20代前半の子とか、学生さんなんかもいます。要するに、原画の描き方とかアニメの作り方が、インターネットの普及で手軽に見られるようになったのが大きい。ある程度そういう知識を得て、あとは自己流というか、独学の人もいますね。

おおすみ:独学でマスターできるもんなのかね?

渡辺:もちろんアニメの現場を通ってないわけだから、流派の違いはあります。例えば、中割りってものをよく分かってなくて、全部原画で描いてくる人が多い。彼らは最初からそうやって描いてるから、当たり前だと思ってる。でもこんなにたくさん原画があると作画監督が直すのも大変、っていう問題も発生するし。

おおすみ:趣味のレベルとしては分かるけど、そんな感じで食べていけるの?

渡辺:もちろん人によるけど、中にはすごい売れっ子アニメーターになった人とかもいますよ。

おおすみ:
いろんな人を集めて、絵を統一するのは大変だったんじゃないの?

渡辺:そこはもちろん厳選してるんで全然作風の違うものは少ないけど、時々カートゥーンみたいなデフォルメした感じの上がりがきて、頭を抱えた事も多少あります(笑)。

おおすみ:いろんな才能を掘り起こしていったんだね。突拍子もないたとえに聞こえるかもしれないけど、インターネットを利用して、まるで劇団員たちが自分で切符を売って、広めていったみたいに、手描きのアニメに参加したいという人を集めてるというわけだ。そういう人たちが今も集まれるというのは聞けてよかった。

渡辺:今でも手描きのアニメは死んでいないし、自分もこれからも手描きアニメをつくり続けていきたいなと思ってます。

作品紹介



書 名:渡辺信一郎の世界 『カウボーイビバップ』から『LAZARUS ラザロ』まで
著 者:渡辺 信一郎
発売日:2025年06月26日

カウボーイビバップ・サムライチャンプルー・LAZARUS ラザロ
アクション、演出、キャラクター、音楽 
30時間を超えるインタビューと絵コンテや資料で紐解く、世界が注目するアニメーション監督・渡辺信一郎のすべて。

『マクロスプラス』/『カウボーイビバップ』/『カウボーイビバップ 天国の扉』/『サムライチャンプルー』/『Genius Party』/『坂道のアポロン』/『スペース☆ダンディ』/『残響のテロル』/『キャロル&チューズデイ』/『A Girl meets A Boy and A Robot』/『Flying Lotus-More (feat. Anderson .Paak) 』/『LAZARUS ラザロ』

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322502001272/
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電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら

『LAZARUS ラザロ』ついに最終回!



2025年6月29日(日)夜11時45分よりテレ東系ほかにて放送
夜12時15分よりU-NEXT、DMM TV、アニメ放題にて最速配信開始
https://lazarus.aniplex.co.jp/


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