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連載

綾崎 隼「盤上に君はもういない」 vol.2

史上初の女性プロ棋士になるのは誰か?棋士を目指す者たちの静かで熱い青春譜‼ 綾崎 隼「盤上に君はもういない」#1-2

綾崎 隼「盤上に君はもういない」

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 凜の勧めに従い、軽い気持ちで将棋について勉強を始めた私が、深遠なる九×九マスの宇宙に夢中になるまでに、さしたる時間は必要なかった。
 将棋とは盤上でおこなわれるボードゲームだ。その面白さの真髄は、縦横無尽な駒の動きにある。将棋で生じ得る棋譜の総数は、十の二百二十乗と言われており、対局が始まれば偶然の要素が入る余地はない。ふたぜろ有限確定完全情報ゲームであり、マインドスポーツの王様だ。
 とはいえ駒の動きを知った程度では、勝負の妙など分からない。私が何に感動したのかと言えば、勝負を通してあらわれる人間模様の悲喜こもごもと、情熱の純度の高さだった。
 日本将棋連盟の説明によれば、現存する最古の駒は、奈良県のこうふく境内から発掘された十六点だという。五角形の木簡には、確認出来るだけでも玉将、金、銀、桂、歩が存在しており、平安時代の書『新猿楽記』にも、将棋に関する記述が見られるという。
 この盤上遊戯には千年近くの歴史があるのだ。それにもかかわらず、棋士には女性が一人もいない。
 近年の歴史をひもくと、男女のパワーバランスは、より正確に理解出来る。
 女流棋士による公式戦への参加が初めて認められたのは、一九八一年二月十九日の新人王戦のことだ。初勝利はそこからさらに歳月が流れ、一九九三年十二月九日のりゆうおう戦となる。それほどまでに男女の間を隔てる壁が高かったということだ。
 そして、私の胸を熱くしたのは、そこから先の物語だった。
 奨励会で戦う彼女たちは、当然、それらの事実を知っている。絶望的な統計を理解してなお、敢然と棋士を目指して戦っているのである。
 彼女たちはどうやって、頭の奥でささやく臆病や恐怖を振り払っているんだろう。
 私は気付けば、彼女たちの心を追いたいと願うようになっていた。好奇心の対象は女流棋士ではない。彼女たちに含むところはないが、私が知りたいのは、徹頭徹尾、棋士を目指している戦士の心だった。
 棋士になるには奨励会に入会し、四段に昇段するしかない。条件が改正されることもあるし、例外も存在するものの、基本的にはシンプルなルールである。
 奨励会にはシビアな年齢制限が存在しており、満二十一歳までに初段、満二十六歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段になれなければ、強制的に退会となる。最後の三段リーグで勝ち越せば延命出来るが、それも満二十九歳のリーグ終了時までだ。
 私が諏訪飛鳥を知った二年前、彼女は既に奨励会の初段だった。満二十一歳までという昇段条件を余裕でクリアして、有段者となっていた。
 半年後には八連勝で二段に、一年の時をけみして十四勝五敗の成績を収め、三段への昇段を決めたのが一ヵ月前の出来事である。棋士への登竜門、最後の難関にして最大の魔境、『三段リーグ』に、彼女は辿たどり着いたのである。
 私は諏訪飛鳥の戦いを通して、奨励会の実状を理解していった。そして、十全に理解した今なら、はっきりと分かる。二段までの戦いと三段での戦いは、完全に別物だ。
 三段を目指す者には、昇段する方法が五つある。八連勝、良いところ取りで十二勝四敗、十四勝五敗、十六勝六敗、十八勝七敗、いずれかの条件を満たせば昇段が決まる。人数制限はなく、仮に連敗を喫しても、次の対局から気持ちを切り替えて、すぐに昇段への戦いを再開することが可能だった。
 しかし、三段リーグでは、一局一局に半年分の命がかかっている。なら、年に二回開催されるリーグ戦は、全員が十八局を戦い、上位の二名だけが昇段出来るというレギュレーションになっているからだ。
 序盤に黒星を重ねれば、いやおうなく半年を無駄にすることになる。しかも、どれだけ才能ある者がそろっても、棋士になれるのは年に四人だけなのだ。
 三段リーグの現行制度は、一九八七年に始まっている。それまでは十三勝四敗が四段への昇段規定だったが、昇段者が増え、将棋連盟の財政を圧迫するとの結論が出たタイミングで、現行のルールに改正された。
 十七人で始まった第一回の三段リーグから人数は徐々に増え、現在の在籍者は三十人を優に超えている。三段リーグというダムが、棋士の誕生に対して産児制限の役割を果たしているのだ。
 将棋にすべてを賭けた若者たちは、棋士になれなければ、学歴も職歴もないまま、二十代半ばで世の中に放り出されることになる。
 やり直しはきかない。路頭に迷ってしまってもおかしくはない。
 全国各地で天才、神童と呼ばれた人間たちが、今日も年齢制限という死神の鎌におびえながら、戦いに身を投じているのである。

 けいちよう新聞社の文化部から委託を受ける観戦記者。それが私の現在の肩書きだ。
 将棋の観戦記者には、新聞社や雑誌社の記者と、フリーの記者がいる。
 幾つかの棋戦は新聞社などのマスメディアが主催者となっており、対局料や賞金も彼らが支払っている。その見返りとして対局の棋譜が掲載されるというわけだ。新聞記者は主に自分の会社が主催する棋戦の観戦記を執筆し、私のようなフリーの観戦記者は、様々な棋戦、大会に自己流で切り込んでいくことになる。
 私は元々、大手新聞社に勤めていたし、何より観戦記者として女性は珍しい。幾つかの記事を持ち込んでいる内に、やはり大手と言って良い新聞社に委託契約を結んでもらえることになった。
 芸は身を助く。人生は何が、で、どうつながっていくか分からない。
『インタビューって明日だったよね。お土産は、またプレスバターサンドが良いな!』
 目覚めて携帯電話を確認すると、飛鳥からのメールが届いていた。
『オッケー。サイトを見たら、抹茶味が店舗限定で販売されていたから、二種類買って行くね。今回のインタビューは長時間になるかも。何しろ決戦直前だから。』
 出会ってから一年半という時を経て、私は飛鳥とすっかり仲良くなっていた。
 将棋界注目のニューカマーである彼女が、観戦記者としては新人である私を受け入れてくれた理由は、大きく三つある。
 将棋界には珍しい女性の記者だったこと。七年間の記者生活でつちかった筆力を、彼女の祖父である永世飛王が評価してくれたこと。そして、彼女が二段になる以前、世間の関心が高まるより前に声をかけていたことである。三つ目の点に関して言えば、本当に凜と、その上司のけいがんに感謝しかない。
 兄弟子たちに囲まれ、男社会で育った飛鳥は、超がつくほどに強気な少女だが、一人っ子である彼女は、いつしか私のことを姉のように慕ってくれるようになった。
 諏訪飛鳥は取材対象である。女流棋士としての彼女にも、奨励会で棋士を目指す姿にも、等分に敬意を抱いている。当然、敬語で話しかけていたわけだけれど、取材を重ねる内に、他人行儀な口調はやめて欲しいと言われてしまった。
 あくまでも私は取材をお願いしている立場だ。彼女に請われたなら、従わないわけにはいかない。そんなわけで、今では私たちはお互いに敬語を使っていない。
 飛鳥は十代で私は三十代。立場だけでなく、年齢も大きく違う。それでも、私は飛鳥にインタビューしている時間が一番好きだった。
 勝負師のさがなのか、飛鳥は十六歳とは思えないほどに、世界をかんしている。時には大人の私でも理解し難い、深遠なことを話す。
「ねえ、飛鳥に今更な質問をしても良いかな」
「改まって何? 好きな人がいるかとか聞いてこないでよ」
「そういう話じゃないよ。飛鳥は将棋の家に生まれた、将棋の子じゃない? 棋士を目指すのは自然なことだったと思うけど、迷いはなかったのかなって。ほら、少女が抱きがちな夢ではないでしょ」
「んー。迷いはなかったし、今もないかなぁ。私、男に負けたくないんだよね。スポーツみたいに男女が区別されているところで戦うのは、何となくしやくだったって言うか」
「将棋にも女流棋士の制度があるけど」
「それは女が男に勝てなかったから作られたカテゴリーでしょ。棋士は男にしかなれない職業じゃないもん。将棋には男も女も関係ないんだって証明したいんだよね」
「なるほど」
 飛鳥の自信は、過信でも、無知でも、まして傲慢でもない。自分の実力を把握し、出来得る限りの努力を積み重ねた上での思いだからだ。
「迷っていないことは分かったよ。でも、もう一つ疑問がある」
「あれ。今ってもう取材中?」
「違うよ。雑談中。記事にはしない」
「雑談か。亜弓さんになら別に何を書かれても良いけどね。もう一つの質問は何?」
「男と対等に戦える頭脳ゲームって意味なら、チェスも、囲碁も、オセロも、バックギャモンもそうだよね。世界的な知名度で言えば、チェスやバックギャモンの方が有名だし、ポーカーなんかでもプロは目指せたわけじゃない。諏訪家に生まれていなかったとしても、飛鳥は将棋を選んだのかな」
「選んだよ。仮に親が別のゲームのプロでも、私は絶対に将棋を選んだと思う。だって盤上遊戯の王様は将棋だから」
「そう思うのはどうして?」
「チェスでは二十世紀のうちに、コンピューターが人間の世界チャンピオンを破っているの。オセロもとっくの昔に、コンピューターの方が強くなってしまった。でも、将棋はまだ完璧に打ち負かされたわけじゃない。私は将棋が盤上遊戯の王様だって信じてる。そうであって欲しいという願望じゃなくて、きちんと理由があってそう思ってる」
「その理由っていうのは?」
「将棋だけが、奪った敵の駒を味方として使えるからだよ」
 言われてみれば確かに……。
 チェスは将棋と動きが似ているゲームだけれど、奪った駒を使うことは出来ない。オセロにも囲碁にもバックギャモンにもそういう要素は存在しない。
「運の要素で勝負するのが嫌いなんだよね」
 分かるような気がした。私は宝くじを買わない。あらゆるギャンブルに興味がなく、パチンコや競馬といったものには嫌悪感さえ覚えている。飛鳥の話を聞き、初めてその理由を自覚することが出来た。きっと、私も運の勝負が嫌いだったのだ。
 天は自ら助くる者を助く。私も、飛鳥も、そうやって生きてきた。
「ポーカーにもマージヤンにも興味はない。将棋に存在する運の要素は、先手番を選ぶ瞬間だけでしょ。対局が始まれば、運命はもういたずら出来ない。だから将棋が王様なんだよ」
 私は女性棋士の誕生を心待ちにしている。勝てそうもない世界に、勇者のように挑もうとしている女たちを全員、尊敬している。強く応援している。
 だが、やっぱり一番は、この一年半、見守り続けた飛鳥だ。
 史上初の女性棋士は、飛鳥であって欲しい。彼女にこそ、その栄光は相応ふさわしい。

      4

 諏訪飛鳥、十六歳。高校一年生の十月。
 奨励会の歴史上、最も注目を浴びることになった三段リーグが開幕した。
 これから約二週間ごとに各自が二局ずつ戦い、半年かけて全員が合計十八局をおこなうことになる。その結果、三月に新四段が二人、誕生するのだ。
 今期の三段リーグに注目が集まった理由は、大きく二つあった。
 一つ目はもちろん、永世飛王の孫、諏訪飛鳥が三段リーグに初挑戦することになったからだ。高校一年生での三段昇格は、男性と比べても十分過ぎるほどに早い。女性としては歴史上、五人目の三段昇格だが、当然、最速である。
 多くの若者が年齢制限に怯える中、飛鳥はこれから実に二十回も四段昇段に挑戦出来る。じっくりと棋力を磨くことも出来るだろう。多くの有識者たちが焦る必要などないと述べていたけれど、飛鳥はストレートでの昇段を狙っていた。彼女の目標は、棋士になることではなく、祖父が長く戴冠した飛王のタイトルを取ることだからだ。
 二つ目の注目ポイントは、飛鳥の直後に昇段した十三歳の少年がいることだった。
 たけもりりよう。中学二年生で二月生まれの彼は、今回、昇段を決めれば、十四歳一ヵ月という、史上最年少の棋士となる。
 史上初の女性棋士と最年少棋士。今回の三段リーグには、将棋界の歴史を変え得る二つの大記録がかかっていたのだ。

 三段リーグの対局は、それまでの例会日に奨励会員が戦っていた部屋ではなく、プロの対局に使われる将棋会館の特別対局室、通称『特対』でおこなわれる。
 誰もがその将来に夢を託す二人の新星は、期待通りの船出を見せた。
 三段リーグは持ち時間九十分で、午前と午後で二局を戦う。
 三日目の対局日が終わった時点で、飛鳥と竹森三段は無傷の六戦全勝だった。
 今期の三段リーグには、もう一人、女性がいたけれど、彼女は早くも三勝三敗と崖っぷちの成績になっている。このリーグで五分の勝率というだけで凄いことだが、昇段者は上位二人のみというルールに鑑みれば、事実上の脱落だろう。
 三段リーグには、実力が同じなら格下の者は格上の者にまず勝てないという法則があるらしい。その格とは年齢で決まり、若ければ若いほどに高いのだという。
 年齢制限のある奨励会では、年齢が上がるほどに自分の寿命が気になってくる。昇段を逃し続けることで、自信も失われてしまう。
 そういった年長者の三段と、恐れを知らない若年の三段が戦えば、たとえ実力が同じでも盤上では如実に違いが生まれてしまう。年齢制限という見えない影に怯える年長者は、我慢すべき時に暴発し、踏み込むべき時に萎縮して、自滅してしまうからだ。
 十代半ばの飛鳥と竹森三段が、初挑戦の序盤で快進撃を見せたことも、三段リーグにおいては、不思議な話ではなかったのである。

 四日目の対局が終わると、飛鳥と竹森三段の二人のみが八戦全勝となっていた。
 その頃、彼らを取り巻く世界の空気が、もう一段階変わった。
 普段から将棋会館に出入りしている記者以外のマスコミも増え始め、全国ネットのニュース番組やワイドショーでも、二人の活躍が取り扱われ始めたのだ。
 前世紀に比べ、視聴者も影響力も減ったとはいえ、テレビの力は偉大だ。二人のことを将棋界以外の人間たちも認識し始める。
 千年の歴史がある将棋の世界に、初めて誕生するかもしれない女性のプロ棋士だ。
『千年に一人の棋姫』などという、まるでセンスを感じられない二つ名を与えられた飛鳥の戦いは、連日、テレビや新聞をにぎわすようになっていった。
 竹森稜太は飛鳥よりも二学年下であり、彼にも偉大な記録の達成が見え始めていたが、マスコミが大きく扱うのは常に飛鳥の方だった。男社会に敢然と切り込む少女の方が、ニュースとしてキャッチーなのだろう。
 三段リーグは魔境である。
 四段昇格後に戦うC2リーグよりも厳しい舞台だと語る者もいるほどだが、二人はそんな言葉をものともせずに快進撃を続けていた。
 三段リーグも折り返し地点まで来ている。
 五日目の前夜、私は飛鳥にSNSでシンプルなメッセージを送った。
『明日は最初の山場だね。頑張って。応援しているよ。返信は不要です。』
 余計なことに時間を使わせたくない。返信はいらないと書いたのに、
『明日だけは絶対に勝つよ。二歳も年下に負けられない。一位で棋士になりたいもん。』
 前半戦の最終局、運命の第九局は、諏訪飛鳥と竹森稜太の全勝対決となっていた。
 今リーグ戦は、二人を除く全員が既に三敗以上を喫している。頭一つ抜け出した二人の内、直接対決で勝った方が、先に四段昇格を決めるだろう。そんな予感があった。
『この前、竹森君に話を聞けたんだけど、飛鳥との対局が一番楽しみだって言ってたよ。初段で当たった時は、歯が立たなかったからって。』
 二人は最近まで二段だったが、そこでは最後まで対局が組まれなかったらしい。
『覚えてるよ。あの時は圧勝したからね。正直、こんなに短期間で追いつかれるなんて思っていなかった。』
『竹森君。飛鳥と再戦出来ることが嬉しくて仕方ないって感じだった。』
『相変わらず生意気なやつだな。明日は調子に乗ってる中坊を、ぶちのめすわ。』
 飛鳥が描いていくだろう軌跡を、同時代に生きる女として見届ける。それは、この上なく幸せなことだろう。
 直接対決のその日、将棋会館はマスメディアのカメラであふれ返っていた。
 タイトル戦でも、ここまで報道陣が集まることは珍しい。まして、今日実施されるのはプロの戦いではなく、三段リーグである。それも最終日ではなく中盤戦だ。異例中の異例と言える出来事だった。
 諏訪飛鳥を中心に、将棋界は新しい時代に入っていく。そんな未来が、一足早く来たような気がした。
「あれで顔もわいければな。アイドルにも勝てたんだが」
「まあ、特集記事の売り上げも倍は変わってくるな」
「天才って言っても将棋だけじゃ、キャラクターがちょっと弱い」
 対局が始まる直前、ごった返したフロアで聞こえてきた軽口に、思わず拳を強く握り締めてしまった。生まれて初めて誰かを殴りたいと思った。
 この男どもは最低だ。身勝手だ。
 数ヵ月前まで飛鳥の名前も知らなかったくせに、飯の種になりそうだと群がってきて、容姿を茶化すなんて、最低最悪だ。
 祖父譲りのぼってりとした体型を持つ飛鳥は、確かにアイドルとはほど遠い容姿をしている。化粧もおしやもせずに、やりたいことも我慢して、すべてを将棋に賭けて、今日まで戦ってきたのだ。
「私、普通の子どもの幸せを知らないんだよね。兄弟子たちに聞いたんだけど、棋士になるような人って、子どもの頃は幸福な時代を過ごすんだって。将棋クラブや地方大会では敵なしだから、周りから天才だってもてはやされるみたい。でも、私は小さな頃から、自分より強い人たちとばかり指してきた。大会で何度優勝しても、自分が強いなんて思えなかった。いつもどうしてこんなに弱いんだろうって、悔しくて泣いてばかりだった」
 飛鳥は色んなことを私に話してくれた。
 弱い部分も、お茶目な部分も、包み隠さずに見せてくれた。
「だけど良いの。私は将棋を愛しているから。それに、最近、ようやく強くなったかもって思えるようになったんだよね。やっと納得のいく将棋が指せるようになってきたって言うか。まあ、それも十数局に一局だけど」
 誰がどう見ても天才なのに、彼女は決してそうは思っていない。このステージまで努力と執念で上り詰めたと考えている。
 覚悟一つを胸に抱き、飛鳥は今日まで戦ってきた。
 お前らのような低次元のマスコミに、飛鳥を無防備に晒すものか。
 私が誰よりも早く記者として信頼される存在になれて、本当に良かった。

 将棋に正解はない。
 最強の戦術などというものは存在しない。
 千人いれば千人の得意な型があり、飛鳥はその強気な性格を反映するように、攻撃的な将棋を指す人間だった。
 対戦相手をみ殺さんばかりの気を放ち、圧倒的に強気な指し手で敵陣をじゆうりんしていく。
 飛鳥が戦う姿は気高く、美しい。この日も、それは変わらなかった。
 後世に語り継ぐに相応しい三段リーグの戦いは、ほかにもあるだろう。ドラマは最終日にこそ生まれるものだし、五日目の戦いで何もかもが決まるなんて事は有り得ない。
 それでも、二人の戦いは、最後の瞬間まで光を放ち続ける。
 将棋ファンのみならず、日本中の人間が注目したその一戦。
 勝利したのは、十三歳の竹森稜太だった。
 中盤までは飛鳥が優勢に進めていた。誰が見ても優勢だったのに、終盤で竹森が周到に仕掛けたわなにはまり、秒読みに追い込まれた飛鳥は、最終盤で力尽きてしまった。

#1-3へつづく
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