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レビュー

死が身近だからこそ、眼の前の勝負にがむしゃらだった――早世した天才棋士の人生を描く『聖の青春』

【カドブンレビュー×カドフェス最強決定戦2017】

 今年、プロデビュー後29連勝という大記録を打ち立てた中学生、藤井聡太四段に日本中が沸いた。将棋界はいま、注目の的だ。
さとしの青春』は、かつて羽生善治と並ぶ天才と謳われながら29歳で早逝した棋士、村山聖の人生を描いたノンフィクション小説だ。
 2016年に松山ケンイチ主演で映画化。その役作りが話題になったので見聞きした人も多いはずだ。藤原竜也主演でテレビドラマにもなった。
 この本を読んで連想したのは、深い闇とそれを切り裂いて進む光の矢だ。
 村山聖は5歳にして腎臓病を患う。体は常にむくみ、少し無理をするとすぐに発熱する。
 しかし、腕白だった聖は、外で走り回って遊んでは入院することを繰り返し、病が悪化。ついには長期入院を余儀なくされる。入院中は、常に死が身近にあった。同室で仲が良くなった友だちが、夜中に隣のベッドで発作を起こしても何もできない。翌日、いつの間にか友だちはおらず、空のベッドがあるだけだ。
 その無力感の中で出会ったのが将棋だった。
 この純粋な勝負の世界は奥が深く、またいくら強くなっても上には上がいる。聖は小学1年にして、たちまち将棋にのめりこんだ。まずは病院内、続いて外出許可を得ての将棋教室…将棋を通して聖の世界は大きく広がっていく。
 そして病を薬で抑え込めるようになり、ようやく入院先から実家に戻ることができた13歳。将来プロになり名人になることを心に決める。
 そこから同世代の羽生を始めとした将棋界のライバルたちとの死闘と友情、師匠・森信雄との分かちがたい絆、献身的に支える家族の物語が始まる。
 若くして一生をかけて極めるべきものに出会える人はごく稀だ。そういう人は常に同じ方向を向いて進む1本の矢になる。
 病いは無情にのしかかり、時に聖の気力と体力を奪う。しかし、聖は病気を自分の一部と考え、そこに将棋にとってのプラス面があると考える。病気だからこそ将棋だけに一途になれる。常に死が身近だからこそ目の前の勝負にがむしゃらになれる。
 彼の抱える困難は常人には窺い知れないが、それをも力にする彼の放つ光は、どこまでも純粋でまぶしい。
 そんな聖を前にして放っておける人がいるだろうか。時に自力では起き上がれなくなる程体調が悪化した時には、師匠の森が聖の下着まで洗って面倒をみる。近くに住む電気工事屋のおやじさんは、勝負の場である将棋会館までの道のりで聖が行き倒れないかと、常に軽自動車をスタンバイする。
 聖の放つ言葉は飾らないが故に辛らつで、場が険悪になることもあったが、そんな聖に対し、相手も正面から向き合わざるを得ない。
 短いが、あまりにドラマチックで凝縮された一生がこの本の中に詰まっている。
 人間は、29年間でこれだけのことができる。死を目の前にしても、人間はこれだけ前を向くことができる。どんな人の胸にも、灯を与えてくれる一冊だ。


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