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試し読み

【試し読み】大ヒット!『君に選ばれたい人生だった』の著者が紡ぐ、共感必至の"新時代"片想い小説。メンヘラ大学生『君と結ばれる世界でなくても』収録「立場が違う恋って、どう思う」(1/2)

初小説『君に選ばれたい人生だった』が続々重版中!若者から絶大な人気を集め、SNS総フォロワー40万人を誇るメンヘラ大学生さんの連作小説『君と結ばれる世界でなくても』が2025年7月2日に発売します!
好きな人には恋人がいる、先生が好き、恋愛禁止のアイドル、成立しない男女の友情、年の差の恋--。恋愛に正しい・正しくないはあるのかを問う、切なくて、痛い、不器用な8つのラブストーリーです。
今回は刊行を記念して、「立場が違う恋って、どう思う」の冒頭試し読みを公開します!


すべての物事に境界線がある。日なたと陰。友情と恋愛。選ばれた彼氏と、そうでない自分――。
叶わない恋に立ち向かう人に寄り添う、共感必至の物語。ぜひお楽しみください!

メンヘラ大学生『君と結ばれる世界でなくても』収録
「立場が違う恋って、どう思う」試し読み(1/2)



立場が違う恋って、どう思う



 客の持ってきた商品のバーコードをスキャンするだけだし、特別な接客スキルとか必要なさそうだし、なんか俺でもできそうじゃん? コンビニバイトを選んだ理由を得意げに喜村に語っていた三か月前の自分を殺したい。過去に戻れるなら胸倉をつかんでぶん殴ってやりたい。
 シフトは平日の夕方、十七時から二十一時にかけて組んでもらう。六限の終了を知らせるチャイムと同時にグラウンドへ颯爽さつそうとダッシュする喜村を見送って、ロッカーに置いておいた体操服をリュックサックに詰める。机の中に置き勉を仕込み、だらだらとグラウンドの反対側にある駐輪場に向かいチャリンコに十数分またがると、コンビニにはそのくらいの時間に着く。
 お客さんは暇で仕方なさそうな学生とか、仕事終わりのくたびれたサラリーマンとか、あとたぶんこれからが活動時間なんだろうなー、みたいなお姉さんとかが、広くない店内を譲り合うように入れ替わり、レジの列が途切れることはほぼない。
 パリッパリの紺色のスーツを着こなすお兄さんがチキン南蛮弁当を置く。「こちら、温め致しますか」「あ、大丈夫」「ビニール袋はご利用ですか」「ああ、お願いします」「かしこまりました」マニュアル通りのやり取りをこなして、はしも入れ忘れないようにする。セルフ用にも置いてあるけれど、後で文句を言われても面倒だし。
 店内を風景だととらえられるくらいにはようやく業務に慣れてきた実感はあるけれど、最初の頃は選ぶバイトを間違えた、とひたすらに喜村に愚痴っていた。なんとかペイで、と耳にしたことの無い支払い方法を発されると、脇の下が湿った。隣のレジに目を向け「すみません、これ使い方分かんなくて……」と声をかければ先輩は慣れたように対応してくれたけど、あの何もできずに突っ立っているだけの時間はもう死んでも味わいたくない。
 商品の陳列も、覚えたらなんてことはないけど、中腰を続けていると単純に腰がつらい。親の気持ちがほんの少し理解できたような気がして、店長がその業務をしているときはすすんで変わるようにしている。
 客の列が途切れ、することも無く伸びをする。裏にあるコピー用紙にホコリが積もっている。指の腹をすべらせると、すうと真っ白い線ができた。
 いらっしゃいませー。あと十分したら揚げ物の補充。
 上がれるまであと三時間。三時間もあんのか。
 ようやく日が暮れてきた。今頃喜村は部活にいそしんでるんだろう。
 セッタください。かしこまりました。
 セッタ?
「あのー」若い女の人がこちらをじっとにらんでいる。とんとんと机を刻んでいる指は、俺に向けられている。「セッタ、あります? って聞いてるんですけど」
 ぷつぷつと背中に冷や汗が生成されていく。「セッタですね。少々お待ちください」
 やばい。やばい。やばい。
 客の繰り出してくる支払い方法だって一通り覚えたし、レジの応対も問題なくこなせるようになったけど、たばこの銘柄と配置だけはいつになっても覚えられない。なんていうか、興味ないものを覚えなきゃいけないときが、一番無理だ。いつ使うかも分からない数学の公式しかり、英単語しかり、なんだよセッタって。
 いつもならせめてものあがきで「番号でお願いしますう」なんて伺うようにしていたのに、イライラを隠さないお姉さんに頭が真っ白になって聞き返すこともできなかった。お姉さんの耳元にぶら下がる宝石がスローモーションのように揺れる。
 たばこが行儀よく整列する棚を眺めるが非常によろしくない。もう一度番号で言ってもらえるよう聞き返してみる? 今更言っても遅いですよね、分かってます。背中に刺さっている視線が熱を持ち始める。これもう詰んでるな? レジの後ろも並んでるし。
「お待たせしました!」
 香りと言葉が同時に届いた。
「お待たせしちゃってすみませんでした。こちらでお間違いないですか?」
 二、三回はシフトがかぶったことがあった気がする。五十嵐いがらし、というネームを胸に貼りつけた女性が俺とレジの間にずいと小柄な身体をねじ込んで、最初から対応していたみたいに、てきぱきと会計を進める。救世主だ。
西沢にしざわくん」お客さんがスマホの操作をしている間に、俺にしか聞こえないくらいの声で五十嵐さんはささやいた。「こっちは大丈夫だから。レジ出て、休憩がてら店内清掃してきて」
 ありがとうございます、五十嵐さんに届けようとした十文字は店内のラジオにかき消されて、言い直す間もなくレジを出る。どっどっどっと鳴り続けている心臓を落ちつかせようと、客を避けながら、モップの置いてあるスタッフルームにそっと入る。店長がデスクに突っ伏すようにして寝ている。
 ロッカーに立て掛けられたモップを放心状態で握ると、手の汗で滑った。汗をかいていたことにようやく気付く。
 十分ほどしてレジに戻ると、もう五十嵐さんは帰ってしまっていた。



 人目を気にすることなく一人きりになれる場所って意外とどこにもない。自分の部屋にこもっても親の気配はするし学校に行けば大抵喜村とつるむし、まあ誰かがいつも傍にいてくれるってすごいありがたいことなんだけど、なんかやらかした時は、いったん一人にしてくれ、って思う。特に最近。
 迎えた高校生活二年目は、なんというか生活と呼んでやるのもおこがましいくらい明るくない。グレー寄りの無色。無色寄りのグレー。無味無臭。み始めて十分のガムくらいの味はあるかも。無数の「こんなはずじゃあ、なかったんだけどなあ」が集まって出来上がったのが俺。
 授業はもっぱら流し聞きして学校中の噂についてあれこれ考えを巡らせるのが最近の日課だし、それ以外は大概喜村とつるんでエロい話をしている。勉強もまったくできないってレベルではないけれど、平均よりは全然下だ。中学校から続けていたハンドボール部は去年の暮れにやめた。元チームメイトと廊下ですれちがうときのあまりによそよそしい態度には思わず笑ってしまう。
 でも、もしかしたらよそよそしいのは俺かもしれないとも思う。すれ違った後に背中に届く笑い声は、なんとなく俺のことを言っている気がして、反射的にぎゅっと目をつむってしまう。
 喜村は野球部で新キャプテンを任されたらしい。大学に行っても続けるんだ、と歯を見せる喜村は、すげえかっこいいな、と思う反面とてもまぶしい。隣でる俺は、なんもしていない。勉強も部活も恋も将来に向けても。高校生って、もっときらきらしたイベントが起こると思っていた。その受け身な姿勢が今の俺を作っているんだと思い直しいざ始めたコンビニバイトでは客ににらまれ身をすくめている。やってらんないよ!
 住宅街をチャリンコで駆け抜ける。建ち並ぶ一軒家の一つ一つから明りが漏れ出していて、なんかいいなって思う。一人になりたいって思うのはきっと帰る場所があるからで、普段支えてくれる人がいるからだというのも、ちゃんと分かっている。
 かっとばしたおかげで十分とかからず八幡はちまん神社に着いた。森とまではいかないが重なり合うように木が植えられていて、ふぁさふぁさと葉っぱ同士がこすれる音がする。相変わらず不気味だ。
 昼間は小学生やら犬を散歩する人やらでにぎわうけど、夜になるとぱったり人がいなくなって、一人になるにはもってこいの空間ができる。その実態はほこらの裏。
 少し入ると、たよりなく月光に照らされた鳥居が出迎えてくれた。鳥居の脇にチャリを置こうとして、身構える。祠の裏に、いつもはない影がゆらゆらと揺れている。

「……っとに、息止まるかと思った。何してんの、西沢くん」
 スマートフォンのブルーライトで照らされた白と黒のジャージには見覚えがあった。
「そっちこそ、なにしてんすか」
 地べたで体育すわりをした五十嵐さんがいて、足元にはコンビニの袋がある。
「なにって……見たら分かるでしょ、晩酌よ」
「まったくもって分からないし、第一こんなところで晩酌しないでください」
「そういう西沢くんは、何しにここに?」
「そりゃあ、少し考え事がしたくて」
「こんなところで、しないでください」
 二人とも不審者過ぎるねと五十嵐さんが笑う。奇妙な状況過ぎて、俺も笑う。
「はあ、ちょっと笑いつかれた。とりあえずこっちきて座ったら?」手招きする五十嵐さんの腕が俺を誘う。ハンドルを握る手のひらがじっとりと汗ばんでいる。

 今言うことじゃないんですけど、さっきレジのとき、本気で助かりました、本当にありがとうございました。練った相当丁寧かつ渾身こんしんのお礼は「ああ、私たばこ吸ってるから分かるだけ。気にしないで」と、彼女の持つチューハイと一緒に軽く胃の中へ流された。レジのときの不健康な香りの正体が腑に落ちる。
「たまーにいるんだよね、ああいうお客さんが。普段から吸ってなかったら番号で言ってくんないと分かるわけないし、私も最初は慌ててたよ」彼女のブリーチされた襟足が揺れた。
「セッタとか、初めて聞いたワード過ぎて、パニクりました」
「セブンスター、の略称」お酒をすする音がする。「昔、吸ってたんだよね」
「結構たばこ、吸うんですか」
「うん。始めたら完全にやめられなくなっちゃった。最近の値上げにはお手上げ」
「そういうもんなんですか……あれ? 五十嵐さんって二十歳越えてるんでしたっけ」
「こら、乙女に年齢なんて聞かないの」彼女の小さいこぶしが俺の肩を揺らす。「もう今年で二十四だよ」
「……正直、二十歳いってないかと思ってました」
「身長でそう言われること多いんだよなあ。困っちゃう」
 穏やかな五十嵐さんの声は、落ち着いていて、溶かしたチョコレートみたいな甘ったるさがあって、もっと聞いていたくなる不思議な感覚があった。
「……たばこ、吸ってみたいです」五十嵐さんの小さな手に握られたたばこの箱をみる。
「西沢くんも、そういうのにあこがれる歳かな」意地悪そうに俺の顔をのぞき込む。
「憧れとかそういうのじゃないですけど。……五十嵐さんがすげえおいしそうに吸うから、そんなにいいものなのかなって」
「じゃあ、私のせいにして、一本だけ吸ってみる?」
 箱の中から器用に一本だけ取り出して、手渡してくれる。反射で受け取ると、ざらついた紙の感触がある。「あ、それ逆だよ」言われ、向きを直す。「火つけてあげるから、その間だけしっかり吸い込んでみて。むせるかもしれないけど」
 親指の腹がライターの金属部分をこすった。れいに整えられた爪が見える。期待と不安で満ちた胸がばくばくと騒いでいる。五十嵐さんがライターにともった火を俺の方に近づけて、おそるおそるたばこの先を合わせ、ジジと先端の紙が燃えたのに合わせて息を吸おうとする。
「……なんてね。ダメだよ、未成年なんだから」
「……え、マジですか」五十嵐さんが俺の指の間からたばこをひょいと取り上げた。
「うん、ダメ。たばこなんて、吸わない方が良いに決まってるんだから」
「俺、今かなり覚悟してたのに」
 五十嵐さんがけらけらと笑う。「二十歳になってからだねえ」
 身体が熱くなってきてワイシャツのそでを雑にまくる。いつも通りの風景が見える。右手にはとてもカラフルな滑り台があり、左手には夜も閉鎖されない公衆トイレがある。そして、いつもなら一つしかないシルエットが、二つ混ざるようにゆらゆらと揺れる。五十嵐さんのより、俺の影の方が大きい。

 頰を赤くさせた五十嵐さんのコンビニバイトの愚痴を皮切りに、初めて知る情報が頭の上を飛び交う。
 五十嵐さんは近所にある大学の四年生だといい、浪人と留年を一つずつしているらしい。単位もほぼ取り終えて、暇な時間をバイトにあてているが、就活は調子がよくないみたいで「……もうこのままコンビニに永久就職しちゃおうかな」初めて五十嵐さんの落ち込んだ声を聞いた。
 質問をすると、心底ラリーを楽しむように五十嵐さんが答えてくれる。出身は? だよ。吸ってるたばこの銘柄ってなんでしたっけ? きんマルってやつ。好きな食べ物は? 無難に焼肉。好きなタイプとかあるんですか? 身長が高いひとかなあ。好きな人には合わせる方? 相手に合わせて、いろいろ真似しちゃう方かも。LINE交換しません? このタイミング? 別にいいけど。
 恐ろしいほどに彼女の情報はスッと頭に入った。たばこの銘柄はあんなに覚えられなかったのに。
 横顔がすごく綺麗だった。鼻筋が通っていてなんとなく近寄りがたい印象を醸し出しているけれど、なんだかひまわりみたいに笑う。空を見上げる五十嵐さんは、ため息をついて酒の缶のプルタブに指をかける。
 五十嵐さんと過ごす時間は、到底現実感がなくて、まるでドラマの一節みたいで、頰をつねってみる。しっかり痛いから、やっぱり夢じゃない。俺の高校生活は、こんなところに落ちていたんだ。このチャンスは、逃したくない。
「……五十嵐さんは、歳の差の恋愛ってどう思いますか?」
「お、面白い質問だね。それは、一般論的に聞いてる?」
「いや、世間がどうというよりかは、五十嵐さん的に」
「……私は、歳なんて、恋をするには関係ないと思う」捉えどころのない表情で、薄い唇を缶の口先にあてる。九パーセントのお酒って、どんな味がするんだろう。
 五十嵐さんが俺の方を向いた。
「たまには私からも質問させて」五十嵐さんのビー玉みたいなひとみがこちらをみる。
「立場が違う恋って、どう思う?」
「それってたとえば、先生と生徒、みたいなことですか?」彼女はうなずく。
 立場の違う恋。先生と生徒。令嬢と執事。高校生と大学生。あ。俺と五十嵐さん。
「……ありだと、思います」
 ちりちりと心臓が切なさを持つ。五十嵐さんの目が優しく俺を捉えている。

(つづく)

続きは7月6日(日)正午公開です。

作品紹介



書 名:君と結ばれる世界でなくても
著 者:メンヘラ大学生
発売日:2025年07月02日

『君に選ばれたい人生だった』の著者による新時代の共感必至“片想い”小説
すべての物事に境界線がある。
日なたと陰。
友情と恋愛。
選ばれた彼氏と、そうでない俺――


好きな人には恋人がいる、先生が好き、恋愛禁止を守れないアイドル、
成立しない男女の友情、年の差の恋……
SNSで若者から支持を集める著者が、恋愛に正しい・正しくないはあるのかを問う、
切なくて、痛い、不器用な8つのラブストーリー

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322502000947/
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